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第78話


 俺が再び、張さんの愛人である冬子と関係を持ってしまった為に、沙紀は『妻』としてキムさんの元へ行ってしまった。
 二人は、これまでも変態カップルとして卑猥なショーを見せてきたのだろうが、今は正式な夫婦として初夜を衆人に披露していた。
 その姿は俺が間近にいるというのに、羞恥心と呼べるものを感じさせなかった。自分達だけの世界に入り込んで、性のショー芸人のごとく卑猥な絡みを見せ付けていたのだ。
 客の男達も、最初こそ沙紀達を囃し立てていたが、今は二人の熱量に引き釣り込まれて、その痴態に魅入られているのだ。


 沙紀の目には熱気が走り、キムさんの手管に歓喜の声を繰り返した。
 周さんは二人の絡みを見ながら『逝くのは早い』等と、時折り呟いていた。
 張さんを窺えば、この人こそ俺に怒りを向ける立場なのに、冷静にショーの出来映えを観察しているようだった。
 当の俺は、完全にエロスの世界に迷い込んだ哀れなただの傍観者に成り下がっていた。そう、俺の精神は無意識に自己逃避を選択していたのだ。


 「ほら、ほらッ!」
 腰を打ち付けながら、キムさんがズボズボと肉棒の抜き挿しを続ける。
 「オラっオラっ!」
 煽りの声が繰り返され、牡の象徴が膣の再奥を襲う。そして沙紀は、何度も達し始める。
 そして沙紀は、何度も達し始める。
 「ハァっ、い、逝きそう!」切れ切れの声が放たれる。
 その声を遮るように、キムさんが沙紀の腰にムチを入れる。『まだ逝くな』という合図なのか、それに頷く沙紀。
 二人には阿吽の呼吸が生まれている。俺が入り込む余地など、既に無いのかもしれない。
 俺の思考などお構いなしに、二人の交わりは形を変えて続く。
 まさか、身に付けた決まり手を全て披露する気なのか。
 汗みどろになりながら二人は、時おり口付けを交わす。その仕草さもまた、互いを想う合図に観えた。


 椅子に座ったままの俺は、立ち上がって逃げ出す事も出来ない。情けなさを自覚しながらも、『妻』の痴態を見届けたい気持ちが芽生えていたのだ。
 額にすうっと汗が流れ落ちてきた。そこにぷぅんと、覚えのある香水の香りが漂った。
 ギリリと首を捻ると見覚えのありすぎる顔、冬子がいた!
 冬子の視線と俺の視線が重なった、と思ったが向こうはふっと鼻で嗤った。そして、布団の二人に目を向け直す。


 俺と冬子の間は、互いの臭いが嗅げるほどの距離だ。
 冬子の横顔を覗いてから張さんの様子を探る。二人には互いを確認し合う素振りは見えない。
 その時だーー。
 「沙紀!」冬子がハッキリとした口調で言葉を発した。
 布団の二人を除く全員の顔が、俺の方…隣の冬子に向いた。
 「沙紀、今の貴女の心にある嫌いなもの、憎いものを正直に告いなさい、罵りなさい。口汚く、下劣に!」


 突然の冬子の言葉。それはこれまで聞いたてきた片言のイントネーションではなかった。ハッキリとした力強い日本語だったのだ。
 犬の格好で突かれる沙紀が、冬子の言葉を受けて虚ろな瞼を少し開けた。そしてーー。
 「あ…そ、それは」と、小さく声を零して、視線を冬子に、それから俺に向けた。
 「せ、聖也…夫の聖也です」
 その瞬間、俺の背骨の中央が熱くなり、そして寒気へと変わっていった。
 俺は怖々と冬子の横顔に目をやった。冬子の口が滑らかに動く。
 「沙紀、貴女は自分が憎しみを抱いたもの、それを改めて口に出して分かったでしょ。貴女は無自覚でいようとしたかもしれないけど、今の言葉に偽りはないのよ」
 冬子がスラスラと口にした言葉が、俺の身体中に染み渡っていく。
 それにしても冬子…その流暢な日本語は何なのだ。本当に未成年の中国人なのか。


 「沙紀、貴女は今の言葉を否定する必要はないわ。貴女が憎しみを抱いた対象こそが汚らわしくて下等であるのが事実なのだから」
 云い終えると同時に、一瞬冬子が鋭い視線を俺に向けた。そして、フフっと鼻で嗤う。
 「さあ沙紀、遠慮なくそのまま交尾を続けなさい。キムの牡としての力はこんなものじゃないわ」
 冬子の言葉を受けたキムさんの唇が、嬉しげに歪んだ。そして沙紀の尻を一打ちしたかと思うと、突き上げに激しさを加えた。
 「ヒィーーッ、いいッ凄ッくぅ!」沙紀が白目を剥いて、咆哮を上げた。
 「逝ぐッ逝ぐッツ」


 息の詰まる俺の横で、冬子が笑みを深める。
 張さんや周さんも冬子の口舌に満足の表情を浮かべている。唯一、冬子の日本語が理解出来ない客達が、こちらを見ていたが、それでも直ぐに目の前の痴態に好奇の眼差しを向け直した。
 男達が視線を浴びせる舞台は、布団が乱れに乱れていたが、その生めかしさは一層の隠微さを浮かび上がらせていた。その中でキムさんは何手目かの形を披露し始めた。そして沙紀の身体は、その試みに身を任すように従順に従うのだ。


 キムさんが仰向けになり、その上に沙紀が跨る。
 両足を踏ん張って男の股間に腰を落とす様は、先ほど放尿を披露したシーンと同じウンチングスタイルだ。
 騎乗位で腰を振る沙紀。
 紅い唇からアヘアヘと奇妙な声を吹きごぼし、涎が止めどなく流れ落ちて行く。
 フフン、冬子の鼻を鳴らす音が聞こえた。
 「沙紀、貴女、避妊薬は飲んでないわよね」
 避妊薬!突然のその響きは、俺に衝撃を与えた。
 「どうなの!」
 沙紀の瞼が拡がっていく。そしてーー。
 「は…はい、昨日…夫の不貞を知ったので…飲んで、ません」
 切れ切れに吐き出された言葉は、俺を完全に打ちのめした。それは死刑宣告そのものだった。
 冬子が又もフフフと小さく嗤う。
 「そうね、それは知っていたわ。そして、さっき貴女に与えたドリンクには我が国で開発された誘発剤が入っているのよ」
 「!!!…」ゆ、誘発剤って妊娠の誘発をか…。


 「さあ、たっぷりとキムの牡精を生で受け取りなさい。嬉しいでしょ!」
 冬子の言葉に、沙紀は一瞬躊躇した…ように観えたが…。
 涎を垂らしながら、それでも沙紀は答える。
 「は、はい、嬉しい…です」
 冬子が黙ったまま満足げに頷く。
 「そうよそれでいいのよ。たっぷり請けて身籠りなさい。いいわね!」
 「は、はい!」
 あーーーッ、俺は悲鳴を上げて、その場で無意識に立ち上がった。そして目は、キムさんの上で腰を振る沙紀を見詰める。
 しかし身体は、金縛りにあったように、一歩も足を踏み出す事が出来なかった。
 そんな俺の肩に手が置かれた。右に勝野さんが、左には百合子さん。
 彼等は黙ったまま俺を見詰めると小さく首を振った。何故か身体から力が抜けて、俺はストンと腰を落とした。


 「さあキム、そろそろ中にタップリ出して上げなさい」
 冬子の声に、仰向けのキムさんが身体を起こし始めた。そして密着する下腹部をそのままに半回転して動きを止めた。二人は正常位の体勢になったのだ。
 「さて、沙紀は子供が出来たらどうするの」
 冬子の冷たく落ちついた声。俺は探るように沙紀を窺った。
 沙紀がキムさんの肩口から顔を向ける。視線が向くのは声の主か、それとも夫の俺か。
 朱い口唇がパクパクと動いた。必死に何かを云おうとしている。
 「…な、なり…」
 俺の全神経が耳に集中する。沙紀は何を告おうとしているのだ。
 「…り…ます」
 「………」
 俺はゴクリと唾を飲み込む。
 その時だーー。
 「な、なります…」
 うッ!?
 「…なります。子供が出来たら、砺波聖也と離婚してキムさんと一緒に…なり、ます」
 「ワーーーーッ!!」




 ・・・・・・・・・・
 あの瞬間、天地がひっくり返っていた。その後の事は殆ど思い出せない。
 微かに記憶にあるのは、逝き狂って嘉悦の声を上げる沙紀の恍惚の表情…それと、客の男達の喚き声だった。
 『○○○!』
 『○○○!』
 奴等は…。
 『連中は元嫁が逝くところを見ながらマスをかけと云ってるんだよ』と、誰かが俺の耳元で囁いた記憶があるだけだった…。