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第37話


 俺は沙紀を抱きしめ、唇を重ねた後は、身体中の匂いを嗅ぐように鼻と唇で貪り始めていた。
 沙紀の体臭には嗅いだ事のない香水の匂いを感じたが、そんな事は気にならないくらい蕩けていく我が身を意識した。
 朦朧とする意識は、なぜ二人が裸なのかも分からなかった。
 下腹部の硬直は痛いほどで、ソレを嫐る沙紀の口技は荒々しかった。
 沙紀は狭いベッドの上で巧みに身体をクネらせ、刺激的な格好を表現した。その度に俺のソレは跳ね上がり、果てる事なく泥濘を求めて抜き刺しが続いた。
 やがてやって来た快楽の頂点は、沙紀が犬の格好から突っ伏した時だった。俺はその肢体の上に身体を重ね、眠るように崩れ落ちたのだった。


 それからどのくらい眠っていたのか分からない。
 俺の目がゆっくりと開いた。一瞬自分のベッドかと思ったが、見慣れない雰囲気にそこが別の何処かである事を理解した。
 のっそりと身体を起こせば、隣に白い肢体が横たわっていた。
 ボォっとする頭は徐々に回り始め、沙紀に介抱されながら、二人で求め合った記憶が蘇ってきた。自分の身体は、確かに一糸も纏わない全裸姿だ。そこまで気付いたところで、下腹部に倦怠も感じた。布団を捲れば、残り香の染みがシーツにポツンポツンと跡を残している。
 俺は隣の沙紀に手をやろうとした。
 ところがだ。
 目をいくら擦ってみても、隣で寝ている…いや、震えているのは黑髮の女だ。
 血の気が引いていく気がして、急に背中が冷たくなってきた。
 俺は怖々と女の肩に手を掛けた。その瞬間、女はビクンと身体を震わせ、我が身を守るようにベッドの端に身を寄せた。そしてユックリとこちらを向いた。


 「き、君は…」
 布団の端で口の辺りを隠して、怯えの目を向けるのは、コンパニオンの冬子だった。
 「ど、どういう事…」
 口から漏れた呟きは、自分に向けたものだった。
 しかし、この状況は誰にも否定できるものではなかった。俺は瞬時にそれを理解して、寒気が増して来るのが分かった。


 「あ、あの、冬子…ちゃん」まさか、と続けようとしたが声が出ない。
 そんな俺は、ベッドの上に正座すると項垂れてしまった。
 チラチラ冬子を覗き見れば、彼女の震えは続いている。ベッド脇の時計を見れば、もうすぐ夜の9時だ。
 俺は何時酔い潰れて…と考えたところで、あのスペシャルドリンクの事を思い出した。アレを飲んでからの記憶が曖昧だ。アルコールは入ってないと言いながら、本当はキツい酒だったのではないのか。しかし今更、冬子を責められない。それよりも今のこの状況をどうにかしなくては。
 その時、ノックの音が聞こえて、同時に鍵の解錠の音が聞こえた。


 「聖也くん、大丈夫?」
 部屋に入って来たのは本物の沙紀だった。
 その沙紀の顔は、俺を見るなり強張った。そして一瞬にして、驚きから哀しみに歪んでいくのが分かった。
 沙紀は口に手を当て、嗚咽を我慢したかと思うと、目から涙を溢れさせた。
 「嘘…でしょ…」
 沙紀は涙まじりの声と共に、部屋を飛び出した。
 俺は咄嗟に追い掛けようとしたが、入れ替わるように誰かが入って来た。
 「沙紀さん、どうしたの!」
 百合子さんが横を通り過ぎた沙紀に振り向き声を掛けた。その後ろには金田さんもいる。


 俺の身体は、二人の姿を見て固まっていた。
 二人は部屋の様子に瞬時に何かを察したのか、驚きに目を拡げている。
 「どういう事なの!」
 「どういう事だ!」
 二つの口から同時に、非難の言葉が向かって来た。
 俺を見る二人の顔が鋭く歪んでいく。
 「砺波さん、これは一体どういう事なんだい!説明してもらおうか」
 金田さんが叫ぶなり、ズカズカと俺の方へと近づいて来た。かと思うと「×××××××」冬子に早口の中国語を浴びせた。
 しかしその口調は、直ぐに相手を気遣う口調に変わった、ように思えた。冬子が涙声で何かを訴え始めたのだ。


 冬子と金田さんのやり取りが中国語で続き、やがて金田さんがクルリとこちらを向いた。
 「百合子さん、申し訳ないけど彼を他の部屋へ」
 金田さんが俺の目を見ながら、日本語で百合子さんに告げた。
 百合子さんは相づちを打ち、俺に近づいて来て、床に落ちてた服を拾って押し付けてきた。
 それを受け取り、俺は泣きたい気持ちのまま身に着け始めた。
 着替えが終わると直ぐに、俺は百合子さんに肘を取られ廊下へと連れ出された。その時、再び冬子の嗚咽と、金田さんの中国語を背中に聞いたのだった。