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第76話


 タキシードから法被に着替えさせられて、俺は敷かれた布団を挟んで高砂席の沙紀と向かい合っていた。その沙紀の横…先ほどまで俺が座っていた席には、タキシードに着替えたキムさんが座っている。


 「では、新郎と新婦の経歴を簡単ではありますが、ご紹介させて頂きます」
 キムさんの隣、勝野さんの良く通る日本語に、高砂席の二人が立ち上がった。沙紀の横には百合子さんがいる。勝野さん夫婦は、まるで仲人ではないか。
 マイクスタンドの前では、張さんが客席に向けて勝野さんの言葉を中国語に通訳し始めた。その通訳を待って、勝野さんが沙紀達の紹介を続ける。
 やがて張さん達の意図が理解できた。これは、冬子と再び過ちを犯した俺に対する罰なのだ。そして沙紀は、この余興に同意したのだ。


 新郎新婦の紹介が終わったところで、壇上の4人が揃って頭を下げる。その頭が上がったところで、パンパンと張さんが手を叩いた。
 それが合図なのか、客達が立ち上がると布団の回りに集まってきて、そこに腰を降ろし始めた。
 客達の様子を確かめて、勝野さんが「コホン」と咳払いをして、畏まった。そして「砺波聖也!」ひときわ大きな声を上げて、俺を指さした。
 布団を囲んだ客達の視線が、一斉に俺に向いて来る。


 「貴方は一度過ちを犯した冬子と、再び関係を持った。よって貴方には夫の資格がない。今から砺波沙紀はキムさんのものだ!そう、愛人関係から正式な妻になるのだ」
 その声は俺の身体を貫いた。
 俺に目を向けている客達は、勝野さんの放つ日本語が分からない筈だが、事の成り行きを知っているのか薄い嗤いを浮かべている。


 勝野さんが横に顔を振って視線を送った。キムさんが頷いて立ち上がる。そして沙紀の手を取り、布団の前へとやって来た。
 全ての視線が集まる中で、二人が腕を組み直した。そんな二人を見詰める俺の胸に、苦いものが込み上げてきた。
 これはただの余興じゃなかったのか!


 「では、新郎新婦お二人が初めて行う共同作業としてケーキカットを…と言いたいところですが、ケーキはどこにもありません」勝野さんが嗤って、張さんに目配せした。
 勝野さんの合図を受けて、張さんがすかさず通訳する。するとそれに反応して、男達から笑い声が上がる。
 「そうです、ケーキカットはやりませんので、この二人にはもう一度あのショーをやって貰おうと思います!」
 勝野さんの宣言を張さんが通訳した。その瞬間、布団を取り囲んでいた男達が立ち上がって、奇声を発し始めた。
 「○○○○!」
 「○○○○!」
 連呼の様子に、俺の震えは増すばかりだ。


 「セッ○○!」
 「オマン○!」
 連中の奇声は止む事がない。いったい何を叫んでいるのだ…と思ったその時、それが分かった気がした。
 男達は『セックス!』『オマンコ!』『セックス!』『オマンコ!』淫語四文字を変な日本語で連呼していたのだ。
 突然、目の前がボヤけてきた。涙が滲んできたのだ。
 滲む視線の中で、二つの影が動いている。沙紀とキムさん、二人が靴を脱いで布団に上がっている。
 俺は零れる涙を拭って前を向いた。
 沙紀が、纏っている深紅のドレスに手を掛けた。隣に立つキムさんは、白いタキシードを脱ぎ始めている。


 タキシードを布団の端に置いて、キムさんが沙紀の後ろに立つ。沙紀の手は腰周りを弄っていたが、直ぐにフレアが広がりフワリと下に落ちた。
 あっ、と声を上げそうになったのは、露になった沙紀の下半身のせいだった。
 ブライダル用のインナーがある事は知っていたが、俺の目に映ったのは、SMチックなランジェリーで飾られた下半身だった。
 見詰める先、漆黒のガーターベルトにハーフカップのブラ…扇情的な姿の沙紀は、コンピューターで計算されつくされたような見事な曲線で成り立っていた。無駄な肉が全く無いというわけではないが、わずかについた脂が身体の曲線を滑らかに見せる役目を果たしているようだ。
 その沙紀の頭に、黒いレースのベールが掛けられた。その姿はウェディングドレスを纏った娼婦のようではないか。
 俺は堪らずゴクリと唾を飲み込んだ。一瞬、喉の音が男達に聞かれなかったかと身を竦めてしまう。
 その時、勝野さんがパンパンと手を叩いた。


 「さて皆さん、この二人のショーは昨日も見たかと思いますが、今日は晴れて夫婦になった二人に、オマンコショーを改めてやって貰おうと思います」
 宴会場の隅から隅まで届く勝野さんの声だった。しかし、男達にリアクションはなかった。張さんの通訳がなかったからだ。勝野さんは俺一人だけに聞かせようとしたに違いない。
 けれど何人かの男達が頷き合った後、拳を突き上げて再び連呼を始めた。
 「セックチュ!」
 「オマンコッ!」
 「セックチュ!」
 「オマンコッ!」
 それは直ぐに隠語の大合唱となって、会場中を包み込んだ。
 客達の煽りにも、新郎新婦の二人は、自然体で立っている。まるで品評に慣れた正真正銘の売春婦と、その守護者のようだ。
 俺の心の内から、声にならない呻き声が滲み出て来た。そんな俺の目は、助けを探して彷徨い出した。
 視界の端に、百合子さんと周さんの姿が映った。
 周さんは冷たい視線を俺に向けている。友人である張さんの愛人冬子に手を出した俺に、嫌悪の気持ちを抱いているのだ。


 「皆さん、お静かに」
 勝野さんの落ち着いた声がした。そして今度は、張さんが客席に向かって通訳した。隠語の連呼が一斉に止む。
 「ショーはやって貰いますが、その前に元夫への気持ちを完全に断ち切らねばなりません」
 同時通訳する張さんの言葉に、客達の下品な眼差しが又も俺に降り注がれて来た。
 その時、周さんがホテルの従業員から何かを受け取るのが見えた。
 俺はソレに気づいて、えっと声を上げそうになった。
 それは新聞紙と何処からどう見ても洗面器ではないか。
 何故そんな物が…。呆気に取られる視界の中で、キムさんが沙紀のショーツに手をやった。腰紐が解け、黒のTバッグが布団の上に落ちる。
 露になった沙紀の股間には、薄い陰毛が。剃毛を繰り返されたソコも、性の履歴の一つだ。
 それにしたって、一体これから何が…。


 勝野さんが周さんから新聞紙を受け取り、ソレを広げて布団の上に置く。そして新聞紙の真ん中辺りに洗面器を置いた。
 張さん周さん二人の顔が、ニヤニヤ厭らしい色を浮かべている。百合子さんを見れば、哀しげな眼差しで俺を見詰めている。


 「さあ、それをこっちに」
 勝野さんが従業員の一人を手招きした。そして何かを受け取る。
 客席に広げて見せたのは、何と俺のアップの写真ではないか。正確には拡大してプリンアウトされた俺の顔だ。
 客の男達が写真と俺を交互に見比べながら、奇声を上げた。
 俺は心臓を鷲掴みにされた気分だ。身体中から嫌な汗が湧き出て来る…。