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第69話
ーー腕の痛みに目を覚ました。
見れば俺の左手を腕枕に、冬子が眠っている。
痺れた腕を抜き取ろうとすると、冬子がうぅんと呻いて、ゆっくり瞼を開けた。
視線が合うと冬子は、ハニカムような笑みを浮かべた。
身体を起こしてみると、二人は全裸だった。ベッドの上と下に服が散らかっている。いつ服を脱いだか、よく思い出せない。ベッドのデジタル時計を見れば、眠っていたのは15分程度だ。
「不味い事をしてしまった…」
思わず呟いてしまった俺に「え、そう、ですか?でも、皆んなやって、ます。皆んな、おかしな人達、だから」冬子が目を擦りながら云う。
あっけらかんとしたその言葉からは、冬子の幼さと言うか、無頓着さを感じてしまう。
冬子に口止めをして、早くここを出なければいけない。張さんにはどう報告しようか。想像すると、頬が引き攣けをおこしそうになる。
「冬子ちゃんさ…」
視線を送ってみれば、冬子は股間に手を当てていた。
「砺波さん、いっぱい、出しましたね」
笑みさえ浮かべる冬子の指先には、液体が纏わりついていた。勿論、膣(なか)に射(だ)した俺の痕だった。
それを見てると寒気が襲ってきた。これがバレたら、俺はどうなってしまうのだ。
「どうしました砺波、さん。アタシは、誰にも云う、つもりないです」俺の様子を察したかのような、落ち着いた声だ。
「中国に、こんな言葉、あります。中○人○○秘○」
首を傾げる俺に、冬子が続ける。
「日本語だと、秘儀は、秘められてる、から秘儀。確か、そんな意味、です」
俺はゴクッと息を飲んだ。言葉の意味は分かる。
「でも、砺波さん。機会があれば、また。うん、秘密が、二人に、深み、与える」
続けて呟いた冬子の言葉も、意味は理解出来た。それでも俺は、指を一本唇に持っていき『黙っておくように』とゼスチャーした。そして、その指を同じように冬子の唇に当てたのだった。
それからの俺はシャワーも浴びず、部屋の備え付けの化粧水を付けて、部屋を出る事にする。例のセンスのない法被を着る事も忘れてはいけない。
張さんに会ったら、冬子はグッタリしていてずっと寝ていた事にするつもりだ。
部屋を後にして、足早に廊下を進む俺。
先ほどの情痴を思い返せば、奇妙に甘い夢の味がする。しかし、水に落としたインクのように不安が広がるのも自覚していた。ああ、張さんに上手く説明出来るだろうか。それと沙紀。沙紀はまだ、キムさんとセックスショーの最中だろうか。
宴会場の扉を、怖々と開けてみた。耳に聞こえて来たのは、お祭り騒ぎのような男達の声だった。
遠目に見ると、布団を敷いた辺りに人集りがある。やはりまだ、その場所で沙紀はキムさんとショーの最中なのか。
足は竦んでいたが、それでも少しずつ前へと運んだ。
男達の後ろに着いたところで、首を伸ばして覗いてみる。と、肩が叩かれた。
「砺波さん」
驚いて振り返ると、巨漢に見下ろされた。
オールバックに丸顔、そして薄い目、張さんだ。
俺は「ど、どうも」と、曖昧にに応える。そんな俺に、独特の香水の匂いが降り掛かった。
「遅かったですね、冬子はどんな感じでした?」
沙紀の事が気になる俺だったが、支配者である目の前の男に、考えておいた言葉を伝える事にする。
「あ、あの…冬子ちゃんは、かなり疲れたみたいで、その、グッタリと眠っていました」
「………」
黙ったまま、薄い目が更に薄く、俺を射抜くように見据えて来た。俺の真意を確かめているのか、冷や汗が流れていく。
「ふふふ、そうですか。分かりました。そう言う事にしておきましょう」
張さんは一瞬、鋭い眼差しを見せたが、ニヤリと笑うと踵を返した。しかし、直ぐに半身を向くと「ほら、そこでセクシーゲームをやってますよ。貴方も参加してみますか?」
「え、セクシーゲーム?沙紀が出てるんですか!」
「ん、ああ、小姐(しゃお)ならショーが終わって、温泉にでも浸かってるんじゃないかな」
さほど興味もなさそうに、張さんはあっさりした口調で告げると、再び踵を返して歩い行った。俺は暫くその姿を追い掛けていたが、振り返って人集りの中を覗いた。
そこでは局部当てゲームが行われていた。沙紀も上海で体験したというやつで、ボードに空いた穴から乳房や股間を見せて、誰のものかを当てるゲームだ。
暫くそれを見ていたが、沙紀の姿は見る事がなかった。張さんが云った通りキムさんと二人で温泉に行ったのだろうか。
宴会場は相変わらず異様な盛り上がりをみせていたが、料理を口にする者は少なく、酒を求める者達は好き勝手にバーカウンターで手にしているようだった。俺の役目も必要なさそうだし、着てる法被も脱いでしまおうかと思ったその時だ。「砺波さん」又も後ろから声を掛けられた。
声の主はキムさんだった。
「キムさん、温泉に行かれてたんじゃ…」
「ん、温泉?ああ、温泉は沙紀が一人で行った筈ですよ」
あっさりとした口調で話すキムさんを見れば、飄々と観える。本当に淫靡なショーを演じた本人なのか疑問が湧いて来る。しかし、その真意は訊く気などおきてこない。
「どうしました砺波さん、温泉の方に行ってみますか」
「い、いや、仕事が…」
「ああ、そうでしたね。でも、宴会もそろそろお開きですよ」
結局、キムさんが立ち去って直ぐに、張さんが中国語で締めの言葉を言って、宴会は終わりを迎えた。
酔った男達は各々に気に入った女の子か、肩や腰に手を回して会場を出て行った。奴等のこの後の事は、想像通りだろう。
手持ち無沙汰になった俺だったが、キムさんに呼ばれ、会場の後片付けを命じられた。料理皿を運び、それらを洗い、終われば会場のモップ掛けまでもやらされた。
力仕事をする自分を思えば、惨めな連続だった。
沙紀の方はどうなったのだろうか。今夜中に顔を合わせる機会は、はたしてあるのだろうか。
後片付けを終えて、部屋に戻った俺は、沙紀にLINEを入れてみた。もし時間があれば顔を見ておきたいのだが、勿論ショーの様子を確認しておきたい親心というか下心というか、とにかく自分の気持ちの置き所を求めていたのかもしれなかった。
しかし沙紀からの返信はなかなか来ず、代わりにかキムさんが部屋にやって来た。
キムさんは俺を見るなり、関西弁で話し出した。
「沙紀ちゃんとは、連絡つかんでしょ。そろそろ終わると思うけど、今はマッサージを受けてるんですわ。ああ、マッサージいうても性的なサービスとちゃいまっせ。ホテルでやってるまともなやつですよ」
矢継ぎ早の言葉に、俺は一瞬何を返してよいか分からなかった。キムさんも、何しに部屋に来たかも分からない。けれど、明日の予定など訊いておきたい事があった。明日は、俺と沙紀の『披露宴』が用意されていると言うのだから。
「分かりました。それで、明日の披露宴の事…」
言いかけた途中で「その前に、私と沙紀のショーの様子、聞きたくないですか」と、関西弁が被せられた。
「ふふっ、顔に書いてますよ」ニヤニヤと意味ありげな笑いが、キムさんに浮かぶ。「どうします?沙紀とのセックスショー、聞きたいでしょ。それとも『妻の一人語り』本人の口から聞きますか」
シドロモドロになる俺を見てか、キムさんの頬がますます嬉しそうに歪んでいく。
「いや、あの、その…」
俺は難題をぶつけられた出来の悪い生徒の気分だった。
「じゃあ、取り敢えず私らの部屋に行きましょか。マッサージも終わるでしょ」云って、キムさんが視線で俺を誘った。そして俺は、フラフラと後に続いたのだった。
キムさん達の部屋の前に来ると、ちょうどエステサロンで見かけるような服を着た女の人が出て行くところだった。
「マッサージ終わったみたいやね」キムさんが云って、俺を中へと促す。
入るとツインベッドの一つに、ホテルのガウンを着た沙紀が腰を掛けていた。その沙紀は俺を見るなり、驚きの表情を浮かべた。
「聖也…くん」
「や、やぁ…」
「何や何や二人とも。長い事会ってない恋人かいな」キムさんが笑いながら、沙紀の隣に腰を降ろす。そして沙紀の肩に手を廻した。そんな二人の様子を、俺は罰が悪そうに見詰める。
「砺波さんも突っ立ってないで、そっちに座りや」
キムさんに指示され、俺は沙紀の前、もう一方のベッドに腰を降ろした。俺と沙紀の間は、拳何個かの隙間だけだ。
「ふふ、こうやって膝を突き合わせて話するのもエエかもね」キムさんが嬉しそうに頬を歪める。
「沙紀ちゃん、『聖也くん』は俺とのオマンコショーの様子を、沙紀の口から聞きたいそうやで」
うッと、俺の口から呻きが上がった。同時に、沙紀の目が見開くのが分かった。
「何やどうしたんや、いつも俺とセックスした時の様子は話してたんやろ、ん?」
俯いた沙紀の事など気にする素振りもなく、キムさんが続ける。「まさか明るいからとか言わんよな」
キムさんが俺と沙紀を、交互に覗き込んできた。
「ふ~ん、照れがあるんかな。じゃあ俺から話そか」
しかしその時、沙紀が顔を上げた。そして「あの、アタシから聖也くんに話します…」と、キムさんの目を見ながら告げたのだった。