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第27話
勝野夫妻のマンションでの出来事を一通り話し終えて、沙紀は本の続きを読むからとパジャマを着てリビングに行ってしまった。
俺の方は裸のままで、ベッドで仰向けになって天井をボォっと見ていた。頭の中では、勝野夫妻が卑猥な契りを結ぶ姿を想像している。そして、彼等の痴態を覗く沙紀。沙紀の身には本当に何もなかったのだろうか…。
百合子さんは事が終わった後で『今度は一緒にエステにでも行きましょうか』と沙紀を誘ったらしい。会員制のスパがあって、そこにはエステやジムやら色々と美容に良いものが揃っているのだとか。
心身を磨く事を、沙紀は嫌いではない。百合子さんが社交辞令で云ったかどうかは分からないが、本当に誘いがあれば、おそらく行くのではないだろうか。
俺の中では、妻が夫と関係を持った女性と何度も会う神経が理解できない。それがエステやスパに行くのが目的だとしてもだ。
しかし、話してる最中から感じていた事だが、沙紀は百合子さんに惹かれてる気配がする。夫と関係を持った点を除けば、女性から見て素敵な同性という事かもしれない。
そんな事を考えながら、俺はベッドを降りてパジャマを着た。それから音を立てないようにリビングに向かい、ドアの隙間からコッソリと沙紀を覗いた。
沙紀は真剣な顔で『自己啓発本』の続きを読んでいた。その横顔は、とても賢そうに観える。疑いようのない沙紀の一面だ。しかし俺には、微かな不安がある。沙紀は何か切っ掛けがあれば、それに傾倒する一面があるのだ。それが病的な何かでなければよいのだが。
翌朝は普段と何一つ変わらないものだった。だが、俺は出掛けの際、言うべき事を云っておく事にした。
「じゃあ行ってくるけど、沙紀も休む時とか、その…出掛ける時はちゃんと云ってくれよな」
「ああ、うん。あれね、百合子さんから誘いがあったらでしょ」
「まあ、そう言う事だ、な」
「うん、分かってるって。でも本当に来るか分かんないよ。まあ、来たらちゃんと云うし、行ったらきちんと報告するけどね」
明るく話す沙紀の顔を見ながら頷いて、俺はいつもの日常へと出掛けたのだった。
それから数日間は特に変わった事はなかった。
次の火曜日、俺達は沙紀の実家に行く事にした。沙紀には俺と違って、母親想いのところがあって、この日は叔父さんも来るとかで、俺達も呼ばれたのだった。
沙紀は職場で、社長の叔父とは毎日のように顔を合わせてるわけだから、呼ばれた理由は、叔父が久しぶりに俺の顔を見たいのだと思っていた。
「聖也くんは久しぶりだね、元気だった?」
俺の前、義母の隣に座る叔父がニコやかに話し掛けてきた。彼は義母の弟、澤達郎(サワ タツロウ)さんだ。歳は50代半ばで、ここ横浜で貿易会社をやっている。沙紀の職場のボスでもある。
「はい、おかげさまで。それより、いつも沙紀がお世話になってます」俺はペコリと頭を下げた。
そこに沙紀が、トレイにお茶を用意して持って来た。
4人が向かい合って座れば、いつものように澤さんと沙紀が楽しそうに会話を主導した。二人は毎日仕事場で顔を合わせているのに何故と思うが、沙紀に云わせるとこの叔父は職場にプライベートは持ち込まないと決めてる人で、今はニコやかにしてるが会社では結構厳しい人だとか。
その叔父は俺の仕事にも多少の興味があるらしい。と云うのもかなり昔、銀行に勧められて元町にソシアルビルを購入したは良いが、リーマンショックの時に痛い目にあったのだとか。しかし仲間内には、上手く難を逃れて財を成した人もいたとかで、不動産の動向をいつも気にしているのだ。俺としては身内を顧客に持つ気はないので、世間話の感覚でいつも軽く受け流していた。そんな話題の合間に、義母が沙紀に体調の事などを聞いてくる。
義母は沙紀の精神年齢を気にしてか、いつも子供扱いなのだ。会う度に俺に「いつもすいませんねぇ、我儘で大変でしょう」と言うのが口癖だ。だが、時々鋭い目を向けて来る事もある。俺達夫婦に子供が出来ない事実をさりげなく云うのだ。義母も古い人間だからか、跡取りを残して一人前の男と思ってる節がある。
子供の話題が出ると、俺はいつも重い気持ちになってしまう。沙紀は慣れたものか「今は結婚だってみんな遅いのよ。子供のいない夫婦だって多いし、あまりプレッシャーを掛けないてよね」と義母を冗談交じりに睨むのだ。それでも義母が何か言いたそうな時は、強引に話題を代えるのは最近の沙紀の手だった。
この日は「ねえ叔父さん、家の会社って中国とも取り引きしてるの?」
強引すぎる話題の変更に俺は、苦笑いを悟られないように俯いた。同時に自分の会社の事なのに分かってないのかよ、と沙紀の天然さを可愛く思った。
「ああ、うちはやってるよ、数は少ないけどね」
叔父が何の気なしに応えている。
「そうなんだ、中国の会社も儲かってるのかな。最近は日本のビルを買う中国人が大勢いるんですってよ。ねえ聖也くん」
沙紀の問い掛けに俺は叔父に向いた。
「ええ、そうなんですよ。一時に比べると少し減りましたけど、都心のビルなんかは今も結構買われてるみたいですね」
「うん、それは僕もよく耳にするよ。あっちは不動産を持てないから、日本で所有したい気持ちがあるんだろうね」
「そうです、向こうは使用権なんですよ。たしか70年だったかな」
俺の言葉に、知ったか知らずか叔父がウンウンと頷いた。その横から「それと最近はねえ、熱海の旅館を買った中国人もいるらしいわよ」義母が話に入って来た。
「この間、あなた達が行った修善寺の何て言ったかしら、そこの旅館は大丈夫だった?」
「お母さん、大丈夫ってどういう意味?なんか分かんないんだけど」と沙紀が笑う。
「私はなんか嫌なのよねえ」と義母が顔を顰(しか)めている。
「それ、分かる気がします。精神的な事でそう言う人が多いみたいですね。因みにこの間行った『和道楼』は経営者は日本人でしたね」
「でもそこってね、中国人の接待も行われてるのよ」
沙紀の言葉に「あら、やだ。日本人が中国人を接待だなんて」と口した義母に今度は、叔父が応える。
「まあ、あっちの富裕層は日本に目がいってるからね」
「でも、あれですよ。富裕層だけじゃなくて、それ以外の中国人も小口の不動産を買ったり賃貸を借りたり、色々進出して来てますよ。実際、何年も前から中国人の社員を雇う不動産会社も増えてますしね」
「ああ、何だか嫌だわ」義母がタメ息をついたところで、会話が小休止した。
それから沙紀がお茶を淹れなおし、話題は景気の事など他愛のないものへと変わったいったが、俺達は適当なところでお暇させてもらう事にしたのだった。