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第40話


 高層マンションのほぼ最上階。素敵な景色が横目にありながらも、俺は重い気持ちのままで、勝野さんの話に聞き入っていた。
 金田さんが張さんの元に謝罪の為、今日も詰めていたのだ。
 そして、金田さんから勝野夫妻に齎(もたら)された話の中身に、俺は驚いた。なんと張さんの所には沙紀が居るというのだ。


 「あの日の夜、アタシ達が遅くにここに帰って来たら、エントランスの所で沙紀さんが泣いていたのよ」百合子さんが硬い声で告げる。
 「そうなんだよ。私達は張さんの事で頭がいっぱいだったけど、考えてみたら沙紀さんも立派な被害者だし放っておけなくてね」勝野さんが渋面で百合子さんを窺う。
 「ええ、沙紀さんも家に帰りたくないみたいだったから、部屋に上がって貰ったの」と百合子さん。


 「じゃ、じゃあ沙紀はずっとこちらに?」
 「そうなの、砺波さんに連絡した方がいいかどうか迷ったんだけど、貴方と話したら怒りの方が先に立つと思ったから、ね」今度は百合子さんが勝野さんを窺う。
 「その通り、沙紀さんの事だって心配だから、うちのが色々と相手をしていたんだ」
 「そうでしたか…それはすいませんでした」俺は二人に頭を下げた。


 「でもね、沙紀さんも少しずつ落ち着いてきてね、アタシ達の話が耳に入ったのか、色々と聞いてきたのよ」
 「あの、色々とは、どんな事だったんでしょうか」俺は恐々と聞いてみた。
 「ああ、それはね…」百合子さんが勝野さんを覗く。
 「うん、沙紀さんが『アタシもその張さんの所に謝りに行きます』って云うんだよ」と勝野さん。
 「じゃあ、それで沙紀は、張さんという方の所に…」
 沙紀は夫の不始末の責任を取ろうとしたのか、俺の胸の奥からは痛みが湧いて来るようだ。


 「砺波さん、そうなの、張さんの所に居るのよ。金(キム)さんにも相談したんだけど、沙紀さんも被害者だから張さんも同情して、少しは怒りが収まるかもって言うから…」百合子さんの表情が曇っていく。
 「でもね」勝野さんが乗り出して俺の目を覗き込んできた。
 「その後の報告によると、沙紀さんは張さんの前で、夫の不始末の責任はアタシが取ります、と宣言したらしいんだ…」
 勝野さんの目が、鈍より暗くなっている。
 「そう、沙紀さんは張さんの怒りを鎮める為に一肌脱いだそうだよ。いや、ひょっとしたら沙紀さん自身が自棄(やけ)を起こした可能性もあるんだ」
 勝野さんの指摘に、ググっと息が詰まってしまった。
 沙紀は確かに思い込みが激しく、自己犠牲の精神を持っている、気はしていたが…。


 「それでね、砺波さんがココに来る少し前にも、金(キム)さんから連絡があってね、張さんの怒りは大分収まってきたみたいなんだ。でもね、私達が貴方と会う事になった事を教えると、それが張さんに伝わって、貴方を連れて来いって話になったんだよね」
 「そうなんですか…」
 「うん。砺波さん、いいよね?」
 勝野さんの声は静かな口調だったが、その雰囲気は断れるものではなかった。俺も勿論、覚悟していた事ではある。しかし、そこに沙紀がいるとは。


 「砺波さん」
 考え込んでしまっていた俺は、二人の声に顔を上げた。百合子さんが哀しそうな顔で、俺を見詰めている。その雰囲気には、目の前の夫婦の置かれている立場を危惧してしまう。
 「わ、分かりました。参ります」
 俺は怖々ながらも頷いていた。
 そして、勝野夫妻の乗る車に同乗させてもらい、張と名乗る人物の元に向かったのだった。