第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 第9話 第10話 第11話 第12話 第13話 第14話 第15話 第16話 第17話 第18話 第19話 第20話 第21話 第22話 第23話 第24話 第25話 第26話 第27話 第28話 第29話 第30話 第31話 第32話 第33話 第34話 第35話 第36話 第37話 第38話 第39話 第40話 第41話 第42話 第43話 第44話 第45話 第46話 第47話 第48話 第49話 第50話 第51話 第52話 第53話 第54話 第55話 第56話 第57話 第58話 第59話 第60話 第61話 第62話 第63話 第64話 第65話 第66話 第67話 第68話 第69話 第70話 第71話 第72話 第73話 第74話 第75話 第76話 第77話 第78話 第79話
第57話
沙紀が肩に掛かるバスタオルの端を、胸元辺りで交差させた。その下は裸のままだが、身体の熱はようやく鎮まってきた頃か。
そんな沙紀を、目の前で見据える俺は、出勤服姿のままだ。
ふと記憶の奥から、以前に仕事帰りの俺を、裸にバスタオル1枚だけで出迎えてくれた沙紀の姿を思い出した。あの頃の沙紀には、エロチックな中にも遊び心があったと思う。が、今は淫靡さだけが急激に増した気がする。ダークな影を背負ったと言ってもいいのかもしれない。
「じゃあ続けるね」
ビールを飲み干し、缶をヘコませて沙紀が云った。「アタシの身体がムチ打ちされるのをいい加減に見兼ねて、キムさんが助けに入ったって云ったでしょ」
「ああ、でもちょっと待って、その周(しゅう)って人はムチを用意してたって事なのかよ」
「う~ん、どうなんだろう…アタシも最初はナニで打たれてるか分かんなかったんだよね。でも後でキムさんから聞いたら、周さんはサディストの癖があって、いつもソレらしい道具を持ち歩いてるらしいって」
「そんな奴なのかよ、たちが悪いな」
エロ好きな俺でも、会った事のないその周と言う男に対する嫌悪感が湧いてきた。
「それでね、キムさんが周さんに打つのはもう止めにして下さいってお願いしたら、止める代わりにこの女とここでセックスしてみせろって云ったわけなの」
「んんッ、それでか」
「そう、アタシも耳元でキムさんから聞かされた時は頭がボォっとしてたし、身体もジンジンするわで」
「まるで生死を彷徨う感じだったんだな」
「うん、大袈裟かと思うかもしれないけど、そんな感じだった」
俺は重苦しそうに頷く。
「でもね、今思い返しても本当にそんな感じだったのよ」云って沙紀が、眉間に皺を寄せた。
沙紀の言う通り、痛点を意識しながら気を失う事もあるだろう。
「だからね、周りに人がどれだけ居るかとか、見られるとか、恥ずかしいだとか、そんな事は考えられないままに、キムさんの声が暗示のように聞こえたんだと思う」
俺は無意識に頷いた。『暗示』という言葉に妙に納得するしかなかったようだ。
「じゃあ沙紀、その流れのまま直ぐその部屋のベッドで」
「そうね、キムさんに手を取られてベッドに上がったのは覚えてるわ」
気づけば沙紀が、太ももや腰の辺りの疵痕を撫でている。まさか、その時の記憶を鮮明に思い起こそうとしているのか。
「ベッドの上ではね、仰向けに寝かされたの。それで最初は、キムさんがアタシをマッサージするように身体を揉んだり撫でてくれたの。時々、疵痕を軽く触って来たわ、痛くないかい、大丈夫?って聞くみたいに」
「………」
「そのうちに痛みが遠ざかった気がして、それから胸とかアソコに舌がね…」と、沙紀が俺の目を覗き込んだ。まるで続けて良いかどうかを尋ねているみたいに。
俺がコクリと反応すると、沙紀がフッと息を吐いた。
「それからアタシね、大きな声を上げてたみたい。ずっと薄目だったと思うんだけど、絶頂近くになった時に、ハッと目が開いたのね。すると、幾つもの目がアタシの顔を覗き込んでたのよ」
「ああっそれって、手術室で目が開いたら色んな顔に見下ろされてるみたいな」
「ふふ、聖也くんの表現なんだか面白い」と、沙紀が笑って「そう、そんな感じかな。でもアタシのアソコはね、キムさんにピチャピチャ舐められてたのよ」
「そうなんだ…」
「そう、だからアタシ、幾つもの顔に至近距離で見降ろされる形で厭らしい声を上げてたの」
「そうか…男達はそんな沙紀を見て、何か言ったのかよ?勿論、中国語なんだろうけど」
「うん言葉は分かんないけど、その頃はもう何となく云ってる事が分かったの…と言うか、分かる気がしてたのかな」
「なるほど。で?」
「そうね、この日本人女は感じてやがるとか、ペニスが欲しいんだろうとか、オマンコ濡らしてるぞとか、そんな感じだったと思う」
話す沙紀の口調は、最初こそ俺を気にした感があったが、今は淡々としてるような気がしてしまう。沙紀のハードル、と言うか貞操が下がったのかもしれない…。
「それからはね、キムさんに正常位に誘われて、その次はバック。勿論、周りのお客様達はずっと卑猥な言葉を掛けていたと思うの。でもね、アタシの表情が真剣と言うか、勃(い)くのを堪えて我慢する様子を固唾を飲んで見ている様子が伝わってきてね、そのうちアタシもお客様達と戦ってる気になっちゃったのよ」
「戦ってる!?」
「うん上手く言えないけど…。キムさんも耳元で『まだ逝くな』とか『我慢しろ』とか囁くのよ」
沙紀の吐き出す言葉に俺は、二人はまさかの性のショー芸人になった気がした。エロビデオなんかでも視た気がするが、観客達を焦らしに焦らして、クライマックスを最後に持って行く奴等だ。
「その時のキムさんはいつもと違って、簡単に出さないのよ。まるでお客様の呼吸を読んで、自分の射精をコントロールしてたみたいなの。うん、今思い出してもそんな気がする」
「………」
キムさんに限って言えば、まさしく正真正銘の性のショー芸人だ。それに沙紀、そんなキムさんの事を『彼』とは…。
部屋は冷房が効いてる筈だったが、気づけば俺の額には脂汗が浮いている。
「それで結局、かなり長い時間、キムさんと交わってたと思うけど、その時彼が射(だ)したのは1回だけだったの。でも色んな形の絡みを披露したし、途中でお客様からリクエストもあったみたいだけど、それも彼のリードで上手くこなしてたと思う。勿論アタシは身を任すだけだったけど」と云って、沙紀がペロリと舌を出した。
何なんだ、そのペロリは。それに沙紀は『その時彼が射(だ)したのは1回』だと。どういう意味だ。
「あのさ、そのショーの後はどうしたの。沙紀は部屋に戻って…」
そこまで云いかけたところで、沙紀は察したのか小さな声を返して来た。「うん、終わった後は部屋に戻ったの。そこでまた…」
「キムさんと続きをか…」
「う、うん。キムさんがもう一度疵痕を見てくれたの。そのうち又、性感帯を弄られるもんだから…」沙紀の声が、余韻を残して小さくなっていった。
しかし俺には、もう充分だった。
それにしても…。
俺はフーッと息を吐いた。ノドがやけに乾いて、冷蔵庫に行く事にした。アルコールが欲しくて仕方ない気分だった。
この夜、俺達は約1週間ぶりに同じ布団で寝た。
ベッドの中では、沙紀の疵痕をマジマジと見る事になった。
そして怖々ながら沙紀を抱いた。
すると「聖也くんも前に、アタシのお尻とかを軽くスパンキングした事あったよね」沙紀が訊いてきた。
「ああ、タオルで手首も縛ったりしてな。あれはソフトSM、ごっこだな」と、苦笑いを浮かべた。
「そうね、確かに聖也くんのスパンキングよりあっちの方が明らかに激しかった…でも、痛みは優しさの裏返しでもあったのかな…なんてゴメンなさい」
沙紀の言葉に射(だ)し終えてる俺のアレが、更に萎んでしまった気がした。
ひょっとしたらセックスショーの後は、キムさんは毎晩、沙紀の疵痕を優しく撫でていたのではないか。
俺はそっと隣を見た。沙紀はいつの間にやら寝落ちる寸前だ。こっちは目が覚めていく一方だというのに。