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第39話
自宅のマンションに帰ってからも、俺の重い気持ちは一向に良くならなかった。
謝罪の気持ちを文章にしようかと考えたりもしたが、そもそも金田さん達の連絡先を俺は知らない。
沙紀は百合子さんと連絡先を交換しているが、その沙紀の行方は今もって分からない。沙紀は、ホテルのベッドで俺と冬子が裸でいる所を目撃したのだから、そのショックは計り知れない筈だ。
沙紀にもあの時の懺悔をしないといけないのだが、その沙紀にはLINEを入れたが返信がない。既読にもならないのだ。
結局この夜、俺は夜中の2時まで沙紀と連絡を取ろうと試みていたが、遂に寝入ってしまった。
目が覚めたのは、翌朝の9時過ぎ。今日が定休の火曜日だったのが幸いした。しかし、沙紀が帰って来た気配は何処にもない。スマホを見れば、夕べのLINEメッセージは既読になっていたが、それへの返信はない。
重い気持ちを引き釣りながらこの日を過ごし、そして水曜日の午前中の事だった。
スマホが震えた。
見れば知らない番号からのショートメールだ。
《今日の13時に私達のマンションまで来て下さい》
その短い文面を見て、声にならない声を上げた。文章の最後には百合子さんの名前と品川の住所、それにマンション名と部屋番号が書かれていたのだ。俺の携帯番号は沙紀から聞いていたのだろう。しかしそんな事は、今はどうでもいい事だった。
俺は直ぐに、承知しました、と返信した。
返信をし終えた後も、スマホを握ったまま、あのパーティーの事を反芻した。勧められるままにスペシャルドリンクという飲み物を飲んだ事。その後、朧気とする意識の中でセックスした事。その相手が沙紀ではなく、冬子だった事、などだ。
そんな記憶を思い返しているうちに、沙紀は勝野さんのマンションにいるのではと、そんな考えも浮かんできた。
それから俺は、勝野夫妻に会った時の謝罪の言葉を考えながら時間を過ごした。そして、12時を過ぎた辺りで家を出る事にしたのだった。
勝野さんのマンションは沙紀から聞いてた通りで、高級感に溢れた佇まいだった。仕事がらか、売買した場合の価格を想像しそうになる。
俺は近くにコインパーキングを見つけると車をそこに駐め、スマホで時間を確認しながらマンションのエントランスに向かった。
オートロックの操作盤の前で、スマホを開けて部屋番号を確認する。それを押すと、大きく深呼吸をした。
直ぐにインタフォン越しに聞こえてきたのは、落ち着いた声だった。百合子さんだ。
名前を告げる前に、エントランスの扉が開いた。
緊張を覚えながらエレベーターに乗り、迎え入れられたのは、沙紀が云ってた通りの素晴らしい眺めの部屋だった。
景色に見惚れそうになってた俺は、百合子さんに呼ばれてリビングへと進んだ。奥からは大柄な男が現われた。勝野さんだ。
俺は二人の表情を見て、改まって頭を下げた。その様子を見ながら、勝野さんがタメ息を吐く。
勝野さんが俺の前のソファーに腰を降ろすと、百合子さんもその隣に腰を降ろした。
「砺波さん、突っ立ってないで座って」百合子さんが硬い声で告げてくる。
俺はもう一度頭を下げて、座らせてもらう事にした。
「わざわざ来てもらって、ご苦労様と言いたいところだけど砺波さん、えらい事をしてくれたよ」
そう云って勝野さんが、項垂れる俺に向かって重苦しい声のまま状況を教えてくれたのだったーー。
勝野さんの話によると、俺と関係を持った冬子の彼氏は、張(チョウ)と言う名の中国人で、勝野さんの仕事上の得意先の一人との事だった。元々は金田さんと仕事の付き合いがあり、日本の不動産の事なら勝野さんへと紹介があったらしい。最初の取引はギクシャクしたところもあったらしいが、それが上手く纏まってからは信頼関係が構築されたとか。そしてここ1年ほどは順調に不動産売買のお世話が出来ていたらしい…それがだ。
張さんと言う方は、今回の件に怒り心頭なのだ。パーティーを企画した金田さんが一番責められる立場で、今日も張さんの所に行ってるのだ。そしてそこで、張さんの怒りを鎮める為に、金田さんは身体を張っているとの事だった。
勝野さんが口にした『…身体を張って…』その言葉に、金田さんが俺の身代わりに監禁されてるのかと思った。実のところ、こういったトラブルは金で解決するしかないのかと思っていたのだ。しかしだ。
「張さんは超がつく金持ちだから、金で解決なんて考える筈がないんだ」
俺の考えを読んだのか、勝野さんが先に金の話を打ち消した。
「それで俺…いや、僕も張(チョウ)さんの所に謝りに行こうと思うのですが…」
張さんと言う人のイメージは、肥って油ぎった中国人だ。本来なら、そんな中国人に頭など下げたくないが仕方ない。
「勿論、砺波さんには謝罪に行ってもらうつもりですよ。でも、未成年とはいえ愛人の一人をレイプした男ですから、覚悟しておいてくださいね」
レイプ!?
俺の中に驚きが上がった。確かに朦朧とした意識で関係を持ったが、レイプとは言い過ぎだ。しかし、それも今の立場では否定しづらい。
「それで、金(キム)さんが昨日から話をしに行ってるんだけどね」
勝野さんが眉間に皺を寄せたまま、金田さんからの報告を話し始めたのだった。