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第33話


 この日の仕事は予定通り進み、昼過ぎからはパーティーの事を考えてソワソワし始めていた。3時頃には上司に、都内の顧客の所に行って、その後は直帰したい旨を伝えた。
 要望はあっさり許可され、徐々にワクワク感が増して来るのを感じた。
 4時半になったところで、周りに一声掛けて事務所を出た。会社の車は使わず、自家用で都心に向かうのだ。


 ネットで高速の混み具合をチェックすれば、渋滞マークがかなりあったが、下の道よりは速いと判断して、高速横羽線の入口から乗った。
 目的のホテル和道園の最寄りの出口で降りた後は、ナビ通りすんなりホテル前に着く事が出来た。


 ホテルの地下駐車場に車を停めて、取り敢えずロビー階に向かう。
 コンパニオンが会場に入るのは、パーティーが始まって20分くらい過ぎた頃だろうか。沙紀達は6時前には控え室でスタンバイしてる筈だ。俺はその頃にパーティー会場のフロアに上がるつもりで、それまで下の階のカフェで過ごす事にした。


 6時になったところで15階に上がった。エレベーターを降りてみれば、いきなり中国語が聞こえてきた。気後れを感じそうになったが、気合いを入れて足を進める。とは云っても、トイレを探して一旦落ち着く事にした。
 鏡で身だしなみを確認して、会場の方に行ってみれば、先程の中国人達の姿が見事に消えていた。
 受け付けのようなブースが目に付いたが、そこには女性が二人いるだけだ。そこのテーブルの横には縦看板のような物がみえるが、書かれている文字は間違いなく中国語だ。
 俺は何気なく受付の方に歩き、壁際のソファーの一つに腰を降ろした。招待状のない俺には、ここまでが限界だろう。けれど、ここにいればコンパニオンが会場に入って行くところをバッチリ見れる筈だ。その中から沙紀を見つけるのだ。


 ソファーに座る俺の前を男が二人、小走りで通り過ぎて行った。彼等は会場の中に入って行くが、乾杯には遅刻かもしれない。そんな事を考えながら、俺はスマホでも見ながら時間を潰す事にした。
 それから暫く座ったままだったが、誰かに咎められる事もなかった。時々会場の扉が開いて人の出入りはあったが、俺のいる辺りは静かなものだった。受け付けの女性は一人になったが、目的のコンパニオンは全く見かけない。ひょっとしたら俺が来た時には、既に会場の中に入っていたのかもしれない。
 そんな事を考え始めた時だ。会場から一人の男が出て来て、俺の前を通り過ぎようとした。トイレにでも行くのだろう。
 その男が「あれ!?」立ち止まって、振り返った。
 声の主を見上げれば、男がしげしげとこちらを見詰めてきた。


 「失礼ですけど砺波さん…じゃないですか」
 俺は相手の様子に首を捻った。
 「やっぱりそうだ、砺波さんでしょう」
 その瞬間、男の声優を思わせる伸びのある声で気が付いた。
 「あ、金田さん」
 俺は言うなり立ち上がっていた。男は先日、勝野さんと一緒に職場を訪ねて来た『金田』という在日の人だった。
 勝野さんはこの人の事を『キムさん』と呼んでいた。


 「どうしたんですかこんな所で」
 「いや、それが実はですね、うちの沙紀が」
 照れ臭そうに口にしたところで、金田さんがあっ、と笑みを浮かべた。
 「そう言えば聞いてましたよ。奥様の沙紀さんもコンパニオンを引き受けてくれてたんでしたね」
 「ええ、そうなんですよ」俺は恥ずかしそうに頭を掻く。
 「ははあ~ん、なるほど。それで、沙紀さんのチャイナドレスをこっそり見に来たわけですね」と、金田さんの顔がニヤついた。
 「えっ、チャイナドレスなんですか!」
 俺の驚きの表情を見てか、それまで以上に金田さんの笑みが深くなった。目の前のビシッとした格式張った着こなしは、経済ヤクザに観えなくもないが、今の笑みはこの人の別の一面を現わしてるかもしれない。


 「聞いてなかったんですか。今日はチャイナなんですよ。そんな事より、沙紀さんとは会えたんですか」
 「いや、それがまだなんです。もう、中に居るんですかね」
 「はい、コンパニオンの皆さんはとっくに中でお仕事中ですよ」金田さんがニコやかに云う。
 「なんなら、ここに沙紀さんを呼んできましょうか」
 「いや、それは不味いですよ。一応仕事中だし」
 と云ったところで思い付いた事を続けた「そうそう、あいつ中国語は全くダメなんですけど、迷惑を掛けてませんかね」
 「ん~どうでしょうか…でも、大丈夫だと思いますよ」
 「本当ですか」
 「ええ、結局中国人の女の娘(こ)も入れたんですよ。片言の日本語なら喋れる中国人です。お客の方は日本人コンパニオンを期待してるんですが、通訳を兼ねてやれるのが殆どいなかったんで、今云った中国人と日本人のペアにしたわけです」
 はあ、と頷く俺を見ながら金田さんが続ける。「そう、そんな感じで二人がペアを組んで、受け持ったテーブルの人達のお相手をするわけです」
 「なるほどですね」
 さほど興味を覚える話ではなかったが、俺は頷いておく事にした。そんな事よりもだ。俺は沙紀のチャイナドレスの姿に想像を巡らせているのだ。
 そんな俺の表情を読み取ったか金田さんが訊いてきた。
 「そうだ、砺波さんも中に入ってみますか」
 「え、いいんですか?」
 「大丈夫ですよ」金田さんが、やけにあっさりと応える。
 「一応私が仕切ってますから。では、そういう事でコレを渡しておきますよ」
 金田さんがブレザーの内ポケットから招待状らしき物を取り出し、俺に渡しれくれた。
 「でも、奥様の姿に興奮して抱きついたりしないで下さいよ。ストーカー気分で遠目から見るようにして下さいね」と、金田さんが子供っぽい顔で片目を瞑って見せたのだった。