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第52話


 昼食から事務所に戻った俺は、頭を何とか仕事モードに切り替えた。しかし頭の中には常に沙紀がいる。
 そんな俺が次の動画の投稿に気づいたのは3時頃、物件の下見に車で出掛けた時だった。
 目的の不動産を見終えてから、コンビニの駐車場に車を駐めてスマホを取り出した。勿論、動画サイトの確認の為だった。
 車内の冷房を調整してからサイトを開く。パスワードを打てば、見慣れてしまった画面が現われた。すると何と、新しいものが二つもアップされているではないか。
 俺は、動画の声が外に漏れる筈がないのに、イヤホンを耳にさした。そして直ぐさま、動画の一つをタップした。


 今度の動画は真っ黒ではなかった。
 場面は記憶にあるホテルの一室。映像に映る窓の向こうは見事な夜景。夜中に撮られたものだ。
 カメラが部屋の中をグルリと回って、何とキムさんの顔が現われた。これはキムさんの自撮りなのか。
 キムさんの顔は旅行先…いや、仕事先だが海外のせいかリラックスしてる感じが窺えるた。髪型は例のベリーショートが少し乱れ気味で、鼻の下には口ひげが薄っらと観える。
 そんな様子で、キムさんは映像の中、フフフと笑った。
 『砺波さん、お元気ですか?あまり動画を載せれなくてゴメンなさいね。でも、この間の黒画面のオメコの様子、あの声だけのやつも訊いてると興奮したでしょ』
 キムさんがニヤニヤしながら続ける。
 『それで、今回はチョットした報告があります。沙紀はこっちに来てから、ここまで元気にやってましたが、パーティーの時に粗相(そそう)を仕出かしましてね。それで、お客様の顰蹙(ひんしゅく)をかってしまいまして…』キムが表情を歪めて首を振る。
 『その上、相手のお客様ってのが変わった人で、少し厄介な事になりかけましてね』
 厄介事!?
 『ええ、沙紀に難癖をつけて自分の部屋に連れて行ってしまったんですよ』
 「おいっ、まさか!」思わず俺は、画面に向かって叫んだ。
 『私も焦りまして、まさか沙紀を手籠めにと、不安ですからその客の部屋へ向かいましたよ』
 「………」
 『でも相手のお客様も沙紀に犯(や)らせろとか言うわけでもなく。しかしですね、卑猥な事で誠意を示せと言うんでね』
 何なんだよ、卑猥な事で誠意をって。
 『はい、それで沙紀も一応は納得したんで、お客様の要望を受け入れました。その時の様子を動画に撮ったんで載せますね。ああ、それをスライドショーにしたやつでした』
 キムさんがそこまで云ったところで、動画は早くも終わってしまった。
 画面を視ながら、俺は目頭を揉んで、ふぅっと息を吐き出す。
 車内の温度を見れば22度。それでも身体は暑くなっている。
 スマホ画面に意識を戻して、キムさんがスライドショーといったもう一つの動画をタップした。
 1枚目の画像が現れた。それはいきなり、俺に衝撃を与えやがった。
 沙紀が大股開き。ベッドの上、両方の手をそれぞれ横腹の隣に置いて、身体を支えながら両膝を180度近くまで拡げている画像なのだ。
 沙紀の上半身は、紫色のチャイナドレスを胸の辺りまで捲り上げているのだが、股間が…。
 「モザイク…」
 そう、沙紀の下半身は一糸も纏っていないが、アソコの部分がモザイク処理されていたのだ。
 その強烈な画面は、俺に思考の時間を与える前に、次の画像へと変わっていく。
 次はその問題の部分、沙紀の股間のアップだった。そして何故か、ソコには泡が塗りたくられていた。恥毛の様子を隠すかのように、白い泡が覆い被さっているのだ。
 「これってまさか」
 俺の勘が当たっていたのは、次からの画像が証明しやがった。
 股間を覆う泡に、カミソリの刃が当たる画像。
 画像がスライドされる度に、泡の覆いが小さくなっていく。時おり、カミソリに付着した恥毛のアップもあったりした。
 沙紀の不始末に対するペナルティとは剃毛の刑だったのだ。一度キムさんの要望で短くした事のある下の毛。ソコを脇毛の処理をしなくなった代わりに…と告(い)ってた沙紀の言葉を思い出す。しかしソレをこのタイミングで…今度は完全にパイパンにか。
 俺は知らずに唸り声を上げた。キムさんは、このお客が剃毛を施す様子をどんな気持ちで撮影していたのだ。まさか他に、ギャラリーはいなかったよな!?
 スライドショーはそのままあっさりと終わってしまったが、冷房の効いた車内、俺の脇の下には嫌な汗が流れ落ちていたのだった。


 外出から事務所に戻った俺は、後輩から二日続きで飲みに誘われた。しかし今夜は、断っておく事にした。今の自分の精神状態を考えれば、酔えば何を告(い)い出すか分からないし、それに、次の動画を待って…いや、心配している自分がいたからだ。
 夜、家に帰った俺は、シャワーを浴びてからコンビニ弁当を口にした。後輩には悪かったが、こっちは冷えた我が家でビールを飲む事にする。
 アルコールを口に運びながら、動画サイトをチェックするが、あれ以降に新しい投稿はない。
 時おり、後輩の話を思い出す。昨夜の飲みでの話だ。
 デリ嬢を元嫁に置き換え、夫婦でいた時には出来なかった事をやったとカミングアウトした後輩。奴は嫁が浮気していた男からSMチックな責めを受けていると妄想し、そして男とのその行為をセックスしながら白状させるプレイをしていたのだ。後輩が口にしたところのSMチックな責めとは、かなり変態的で剃毛であったり聖水披露であったりアナルセックスだったのだ。勿論、実際の結婚生活では出来なかったプレイをデリ嬢にお願いしたわけだが、ヤツの内面にこんな願望があったとは驚きの連続だった。
 『先輩だって、似たような願望があるんじゃないですか』
 昨夜の酔った後輩の澱んだ眼差しが浮かんで来る。


 今夜2本目のビールを開けようかと、立ち上がった時にスマホが鳴った。この着音はLINEではない。何かしらのSNSでもない。電話だ。表示を見れば相手は沙紀!
 着信音を聞きながら、酔いがすぅっと覚めていく感じがした。何か嫌な予感がする。
 何かあったのか…俺は怖々とスマホを耳に当てた。


 『聖也くぅん、沙紀よぉ』
 その声は沙紀で間違いなかった。が、明らかに口調がおかしい。酔っ払ってる?
 「何してるのぉ。浮気してないわよねぇ。アタシ以外の女とエッチしたら、おチンチン切っちゃうわよぉ」
 呂律の怪しい声の後ろで、ギャハハと男の笑い声が聞こえた。何かしら中国語の叫びも聞こえる。合間に聞こえる声は、キムさんが通訳をしているのか。
 沙紀の奴は、こちらに口を挟む隙間を与えず続けてくる。
 『そうそう今ねぇ、ゲームしてたの。それでねぇ、沙紀が負けてお酒いっぱい飲んだのぉ』
 俺の酔いが、ますます覚めていく。そして思考は、沙紀の様子を想像してしまう。それにしても、ゲームとはかなり前に流行った王様ゲームか。
 『それでねぇ、まだね、ゲームの続きがあるんだってぇ。今度の罰ゲームはねぇ…あれ、何だっけ』
 沙紀の問いに、キムさんだろうか、男の声で微かな日本語が聞こえた。それに交じって、不遠慮な中国語も聞こえてきやがる。
 『…うんうん、負けたらねぇ、オマンコとかお尻の穴を拡げて写真に撮られるんだってぇ。沙紀、頑張るねぇ』
 沙紀の言葉に思考が一瞬、現実逃避しそうになってしまった。そして電話は、いきなり切れてしまったのだった。
 それにしても沙紀…頑張るって。


 通話の切れたスマホを手にしたまま、俺は酔いが覚めきった事を自覚した。
 パーティーコンパニオンとして粗相をしてしまった沙紀。その懺悔に剃毛を施された沙紀。次のゲームで負ければ、その剃毛の跡を周知に見られ、写真にまで撮られるというのだ。いったい誰が考えたゲームであり、そのペナルティーなのだ。それは下品な中国人投資家達なのか。