第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 第9話 第10話 第11話 第12話 第13話 第14話 第15話 第16話 第17話 第18話 第19話 第20話 第21話 第22話 第23話 第24話 第25話 第26話 第27話 第28話 第29話 第30話 第31話 第32話 第33話 第34話 第35話 第36話 第37話 第38話 第39話 第40話 第41話 第42話 第43話 第44話 第45話 第46話 第47話 第48話 第49話 第50話 第51話 第52話 第53話 第54話 第55話 第56話 第57話 第58話 第59話 第60話 第61話 第62話 第63話 第64話 第65話 第66話 第67話 第68話 第69話 第70話 第71話 第72話 第73話 第74話 第75話 第76話 第77話 第78話 第79話
第74話
たった今、朗らかな顔で義母達からのメッセージを聞いていた張さん。それが一転、厳しい口調で何かを云い始めたのだった。
張さんは何をそんな恐い表情をしているのか。それかまさか、これも余興の演出なのか。
気づけばキムさんの通訳が止まっている。
キムさんを探そうとした俺は、幾つもの圧を感じた。客席の全ての目が、この壇上に向けられていたのだ。
そんな彼らの顔が、張さんの次の言葉で更に歪んだ。ある者は目を吊り上げ俺を睨みつける。ある者は明らかな罵声を浴びせて来た。又ある者は立ち上がって、俺に中指を立てた。しかし中には、呆れたような笑いを立てる者もいる。
一体何が起こっているのだ。
俺は答えを求めて、マイクの前の張さんに視線を送った。張さんは視線に気づくとニタリと唇を歪め、今度はハッキリとした日本語を吐き出した。
「この男、花嫁の横に澄まして座ってますが、実はとてつもない好色家なのですよ。なんと昨日、あろうことか他の女とこのホテルの一室で不埒な行為をしておったのです!」
その一瞬、俺の身体は電流に撃たれようにビリビリと震え出した。今ほど客達に聞かせた中国語の意味がこれなのか。
「しかもこの男、前科持ちでしてね。以前に手を出した幼なさの残る女に、懲りずに又も手を出していたのです!」
あーーッ、ま、待ってくれ!
俺は声にならない声を上げた。その合間にも、張さんは客達に向けて中国語を繰り返している。その度に連中の声が一層激しく、一層剣呑になって俺に向かって来る。
「ふふっ証拠でしょ」張さんが日本語で呟き、俺に目を剥いてくる。そして「だからコレなんだよ」と、振り向いてスクリーンを顎でしゃくった。
「○○○~!」
怒気が含まれた中国語が轟いた。始めろ!と云ったのか。
スタッフがパソコンの操作を始める。
すると客席から、オオッと声が上がった。スクリーンに何かが映し出されたのだ。
俺の首がギリリと回り、スクリーンを見詰める。そこには記憶にあるあの部屋だ。
まさか!
スクリーンにはベッドの横でガウンの前を開けて立つ冬子が。そして、その前で立ち竦む俺の姿がハッキリと映っていたのだ。これはベッドを斜め上から撮った動画だ。
耳には映像の音声が…声が聞こえてきた。冬子の声だ。
『今日は砺波さん、酔っ払って、ませんね。じゃあ』
俺はその映像から逃げ出したくなって、腰を浮かせている。しかしそんな俺を嘲笑うかのように、映像が進む。冬子がガウンを脱ぎ、全裸姿を曝したところだ。
あの時、冬子に誘惑された格好の俺も、幼い身体に覆い被さった瞬間には、男の本性を露にしていたのだ。その証拠が次々に映し出されていく。
白い両足を拡げさせ、腰を送り込む俺。そして猿のように腰を振る俺。
快楽を貪る自分の姿を視ながら、身体は確実に震えを起こしていた。誰かに助けを求めたくて、視線を彷徨わせれば、目につくのは勝野さん夫婦の何とも言えない眼差しと、幾つもの中国人達の目だ。そう、奴等の目は幾種類もあって、軽蔑の視線もあれば好奇の目もある。それに、男女の営みを単純にエロスの対象として見る目もある。
震えが増す中、背筋に冷たい視線を感じて、振り向いた。
沙紀の顎が震え「酷い」と小さな声がした。軽蔑と焦燥が混ざったような表情が俺を捉えているのだ。
情けない俺。身体の震えが激しくなる。助けを求めようと、勝野さん達がいた場所に目を向けた。すると二人の横に、冬子がいるではないか。
冬子と視線が合うと、俺は心の中で呟いたーーどう言う事なんだ?
冬子は意味深な笑みを浮かべた。それは善からぬ企みを隠している顔ではないのか。その冬子の肩に手が置かれた。見ればそれは、周さんだ。
周さんは俺を見て、ニタリと笑う。俺の背中に不快な汗が湧いてくる。
その時、映像の音が一段と大きく聞こえた。冬子の逝く時の声だ。
背中でガタガタと椅子が鳴っている。
見れば、沙紀が傍目に分かるほど動揺している。パニックを起こしかけているのだ。
「沙紀ちゃん!」
後ろからキムさんの声がした。
呆然とする俺を尻目に、キムさん、それに張さんまでが沙紀の介抱にやってきた。ホテルの従業員も加わり、沙紀が連れて行かれる。
腰を浮かしたままの俺は、沙紀の姿を見送るだけ…その俺の肩が叩かれた。
我に帰って振り向くと、勝野さんと百合子さんだ。
「砺波さんもここから出た方がいい。ココにいちゃ」
「そうね、皆んな目が血走ってるから」
二人が心配げに俺の顔を覗き込んでいる。
確かに俺を罵倒するような声が聞こえていた。勿論中国語だが、彼等が怒りを露にしてるのが伝わってくる。
両脇を勝野さん夫婦に支えられるようにして、俺は扉らの一つに足を運び始めた。早くここを出ないと、命に間違いが…と思ったがチラリと冬子を探した。しかし先ほど見た冬子、それに周さんの姿も見当たらなかった。俺はもう一度振り返ろうとしたが、半ば強引に勝野さん達に連れて行かれた。
俺達が向かったのは、先ほどまでいた隣の部屋だった。
「鍵が掛かるみたいだから、大丈夫でしょ」勝野さんがフゥっと息を吐く。
「それにしたってねぇ…」
勝野さんが呆れ顔を向けて来た。が、今の俺はショックに打ち拉がれたままなのだ。
それから暫く、勝野さん夫婦は俺に気を使ってか黙っていた。俺の頭の中は、もちろん事の重大性を認識していたが、何故あの映像が撮られていたのか、その疑問もあった。まさか…。
「それにしても、迫真の映像だったね」勝野さんが云いながら寄ってきた。
俺の方は、苦い表情を浮かべるだけだ。
「おそらくだけど、ビデオは張さんが設置したんだろうな」と勝野さん。
「張さんが…しかし、どうして」
「うん…?そうだな、砺波さんがもう一度冬子ちゃんに手を出すか、試したんじゃないかな」
あぁ…心の内から呻きが漏れる。
「冬子ちゃんは知らされていたかどうか分からないけどさ。でも砺波さん、やっぱりマズかったよね」
勝野さんの言葉に、俺は改めて肩を落とした。
その時、沙紀の事を思い出した。
「あの、沙紀は…沙紀は何処に行ったんでしょうか」
両肩を竦めた勝野さんの横で「それは別の部屋でしょ。あんな事実を知ったら、誰だって一緒にいたくないでしょ」百合子さんが告げてくる。
百合子さんの言葉に、俺はもう一度俯いて呻きを漏らした。
そんな俺の姿を二人は黙って見ていたが、やがて二人は顔を見合わせて頷き合った。
「実はね、冬子ちゃんの一件があんな事にならなかったら、披露宴の後で、二人には私達がやったようなセックスショーが出来るように誘導する計画があったんだよ」
ええっ!!
さすがに落ち込んでいた俺も、その言葉に過剰な驚きを現わした。
「ええ、そうなのよ。沙紀ちゃんは勿論、砺波さんにも変態的な才能があると思ってたし。だから免疫を付けて貰う為に、アタシ達夫婦の営みを見せてきたのよね」
そうだったのか…あの日の行為にはそんな意図があったのかと、溜め息が漏れる。
「それなのに砺波さんは欲望に任せて冬子ちゃんをね…」と百合子さんが苦い笑いを浮かべる。
「張さんも思惑が外れたよな。まあ、冬子ちゃんは折檻されるだろうけど、あの人達の場合はそれも愛情の表現だからな」
勝野さんの説明も言われてみれば、狙いが分かる。俺が冬子を拒んで沙紀への愛情が確信できれば、俺達をセックスショーの出来る変態夫婦に仕立てようとしていたわけだ。沙紀をキムさんの愛人にしたのも、目的は俺の嫉妬心を煽って、逆に俺達の絆を強めて変態行為の出来る夫婦にしようとしたからではないのか。
張さんや周さんは、間違いなく変質者だ。彼等の考える事など、まともな人間ならやらない。しかし俺達夫婦には、その資質、性癖があると見込まれていたのだ。
それにしたって、今のこの状況になってしまったら…。