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第64話


 宴会場『鳳凰の間』ーー。
 キムさんに続いて中に入った俺は、目にした光景に思わず声を上げそうになってしまった。
 部屋の奥、窓際の辺りで、パネルと言うかボードと呼べはいいのか高さ2メートル、横幅ゆうに3人並べる…実際に3人いたのだが、そんな物があって、そこの空いた穴から生尻が突き出ていたのだ。


 「砺波さん、アレ分かるでしょ。沙紀が上海でやったやつ」
 小声で話し掛けて来たキムさんのイントネーションが関西弁になっている。
 唖然としている俺に、関西弁が続く。「ほら、上も開いてるでしょ。オッパイはもう出たんかな」
 キムさんの何とも厭らしい声の響きに、背筋がゾワっとした。云われた通り、ボードの真ん中から少し上辺りに横に拡がった穴がある。


 「あらら、ケツが引っ込んだわ。次はどっちやろ」
 キムさんの関西弁は勿論だが、俺の耳には不快に感じる笑い声も聞こえていた。ボードの周りで、中国人達が燥いでいるのだ。
 「なるほど、今度は毛相当てゲームか」
 「な、何なんですか『ケソウアテ』って」
 「ん、ケソウアテ?」キムさんがニタニタ笑みを浮かべて、俺の耳元に口を寄せてきた。「ケソウのケはオメコの毛。ソウは手相の相。女の子が下の毛を穴から見せて、生え方とか毛並の様子で誰かを当てるゲームやん。ほら」
 改まって目を向ければ、3つ並んだ穴からちょうど股間が窺えた。
 よく見れば、ゴワゴワの毛があれば、剛毛で密集してるものもある。その隣はパイパンで、幼女のものに見えなくもない。
 そんな股間の様子を、男共が屈んで被り付くように凝視している。
 やがて、男共が口々に何かを喚き出した。どうやら女の名前を上げているのだ。


 それにしてもだ。男共の様子は、それほど酔っ払ってる感じが窺えない。少し離れた所では、何人かの従業員が宴席の準備に動き回っているのだが、彼等も同胞の破廉恥な姿を何とも思わないのか、全く気にする様子がない。
 しかし、奴等が今以上に酒を呑めば、どうなってしまうのだろうか。


 その時「あっ」ニヤついていたキムさんの表情が真顔に変わった、と思ったら俺の耳元で「張さんです」と囁いた。
 見ると会場の奥の方から、渋い茶色のブレザーをラフに着こなした大柄な身体がこちらに歩いて来るではないか。俺の中に緊張が高まっていく。


 「○○○♂○○○♂○○○」
 やって来た張さんが放ったのは中国語だった。それに答えるキムさんも流暢な中国語だ。
 キムさんの返事を受けて「ああ、小姐(シャオ)の。じゃあ日本語で喋らないとな」綺麗な日本語で云って、張さんがジロリと俺の顔を覗き込んで来た。
 張さんは俺の事を忘れていたのか。それでも俺の方は、条件反射のようにペコリと頭を下げている。
 そんな俺を見ながら、張さんが薄く笑う。オールバックの顔立ちの中で、酷薄な目がずっと見詰めているのだ。


 「砺波さんでしたな、元気でしたか。そうそう、明日の余興に貴方と小姐…沙紀さんの披露宴があったんでしたな」
 「ええっ!」俺は一瞬にして、驚きの声を上げてしまった。
 俺の横では、キムさんが苦笑いを浮かべて張さんに云う。「あぁっ張さん、それはサプライズなんですが…」
 「おや、そうでしたっけ。いやいや、それは失礼。まあ砺波さん、楽しみにしておいて下され。勿論私も楽しみにしておきますよ」
 そう云って俺の肩をポンポンと叩くと、張さんが客達の元に向かって行く。
 その後ろ姿を見ながら、俺はキムさんに訊ねる事にした。
 「あの、張さんは『披露宴』って云いましたよね」
 「ええ、まあ」と、キムさんが又も苦笑いを浮かべる。
 「実は、沙紀と色々と話してる中で訊いたんですけどね。砺波さん達は、式は挙げたけど披露宴はやってないんでしょ」
 標準語に変わったその言葉に、俺は黙って頷く。それは本当の事だからしょうがない。
 「なので今回の余興の一つとして、二人に披露宴を挙げてもらって、皆んなで祝福しようという試みなんですよ」
 「な、なぜ又そんな事を…」
 「ふふっ、まあ、いいじゃないですか。沙紀も了解してるんですから」
 「………」
 頭の中にまさかの想いが沸き上がりながら、喉元からは嫌なものがせり上がりそうになっていた。それにしても沙紀は、本当に俺達のプライベートの事まで話したのか。
 「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」
 キムさんの声に我に帰り、俺は納得し難い想いを持ちながら宴会場を後にした。背中で男共の下品な笑い声を聞きながらだった。


 キムさんにこれからの指示を受けて、俺は一旦自分の部屋に戻った。自由な時間も少しあるのでシャワーを浴びておく事にする。こんなホテルにも、それなりの露天風呂があると聞かされたが、行く気は全くおきない。ましてそんな所で、中国人の団体と顔など合わせたくもない。
 シャワーを浴び終えた俺は、売店で軽く腹に入れる物を買う事にした。
 沙紀も云われていたが、宴会が始れば俺達に食べる時間はない筈だ。その沙紀は今頃、露天風呂で云われた通りに肌を潤しているのだろうか。それとも喫茶室か何処かで、軽食を口に入れているのか。
 部屋を出れば、孤立感をヒシヒシと感じる。ホテルの廊下は、まるで迷路のような感じがしていた。


 売店には大した物はおいてなかった。俺は土産用に温泉饅頭を3箱買った。義母と叔父に一箱ずつ。残りの一箱は、部屋で俺が食べる為の物だ。
 部屋で簡単な腹ごしらえをしてからは、テレビとスマホを見ながら過ごした。ここまで来たら、変に余計な事は考えないように努めるのだ。