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第29話


 勤務先にいきなり訪ねて来た勝野さん。その勝野さんと一緒に来た男は金田と名乗った。その金田さんの顔を、俺は無意識に覗き込んでいたようだ。
 「私の顔に何か付いていますか」
 金田さんの言葉に、俺は慌ててしまった。
 「あ、いえ…金田さんは、その在日…」と、頭にあった事が、そのまま口に付いて焦ってしまった。
 だが「ええ、そうです。横浜も意外と在日が多いんですよ」と、金田さんがニコリと笑ってくれた。
 「そうでしたか…元々、横浜の生まれなんですか」
 「いえ、生まれたのは兵庫県の尼崎で、中学の卒業と同時に横浜に来て、高校を卒業するまで住んでました。その後は色々とあちこちに。でも、東京がほとんどですかね」


 「だからね、そう、金(キム)さんは怒る時は関西弁なんですよ。商談相手がふざけた事を言った時とかね」
 勝野さんが云いながらニヤッと視線を向けた。その先では、違う違うと、金田さんが笑いながら顔の前で手を振っている。金田さんは中肉中背の大人しそうな感じの人だが、こういう人に限って怒ると怖い、そんな典型のような人に観えなくもない。


 それから会話は、再び不動産の話に戻ったが、俺は勝野さんが扱うビル案件の話に興味を持ち始めた。
 俺の仕事は個人客への仲介、名前の通り仲介料を得るのが目的の仕事だ。勝野さんも同じ仲介料の為の仕事だが、横浜の一戸建てと都心の大型ビルでは金額が全然違う。やはり、扱う価格帯が大きい方が気合もワクワク感も変わってしまう、それが正直な気持ちだと思う。


 「でも、中国人のお客さんだと、色々と勝手が違ってやり難くないですか」俺は興味本位で訊いてみた。
 「勿論、昔は大変でしたよ。ドタキャンは当たり前で、その場でいきなりもっと負けろとか、彼等は平気で云いましたからね」
 「ああ…」やっぱり、と心の中で頷いてしまう。
 「それでね、ある取り引きでこちらの金(キム)さんと知り合いまして、それからはかなり改善できるようになりました」
 「そうなんですね。取り引きの特別なコツとかあるんですか」
 俺が二人に掛けた言葉には、金田さんが頷いた。
 「特にコツなんてのはありませんね。どんな商売でもそうでしょうけど、根気よく親身になって付き合う事じゃないですか」
 金田さんのその言葉は、素直に俺の中に入って来た。


 「でもね、皆がみんなじゃないけど、横柄で我儘なお客も、まだ多勢いるんですよ」勝野さんが軽くタメ息を吐きながら、隣に目をやった。
 「でも社長、上手くいってる時は我慢できるじゃないですか」と金田さん。
 「まあ、そうですけどね」勝野さんが又タメ息を吐き出した「こちらが下手に出るのをいい事に、接待の強要ですから」と続ける。
 「ああ、なるほど、それで」と、俺が頷いた。
 「はい、この間の温泉もそうですけど、他にもね」
 勝野さんが云って、金田さんに苦笑いを向けている。その笑みを受け取ってか「でも、スタッフの中には、楽しんでいる人もいるじゃないですか」金田さんが頷く。
 「まあ、確かにそういう人もいますね」勝野さんが意味深な笑みを浮かべた。
 俺はその笑いの意味が分からず「え、何かありますか」と尋ねてみた。
 「いえ、こちらの話です…」云い掛けたところで「そうだ」と勝野さんが、俺の目を覗き込むように見詰めてきた。
 「今思い出したんですけど、近々パーティーがあるんですよ」
 「パーティー?」
 「はい、今話してた中国からのお客様を一堂に集めて、いっぺんに接待しようって趣向のものなんですけどね」
 「へえ~それは新規顧客の抱え込みが目的なんですかね」
 「仰るとおりです。お得意様の方々が知り合いとかを連れて来てくれるんですよ」
 「そう、その新規の方たちの心をつかむのが色々と大変なんですよね」と、横から金田さんが付け足した。
 「なるほどですね。因みにそのお客様達って日本語はどうなんですか」
 「殆どの人が喋れません。中には日本に興味があって勉強してる人もいますけど、不動産の話になるとね」と、金田さんは笑って続けた。「なので、コンパニオンもなるべく通訳の出来る人を入れたいと思ってるんですよ」
 「コンパニオン!?」
 「ええ、一流ホテルの会場を借りての立食パーティーですから」
 「なるほど、イメージが湧きます」
 「そうでしょう、砺波さんも業界にいれば同じようなパーティーに出た事くらいありますよね」と勝野さん。
 「ありますね、はい。僕達は建売屋さんとかハウスメーカーのパーティーですね」
 俺の言葉に二人が頷いている。


 「金(キム)さんは中国語もかなりOKなんだけど、他にも中国語の通訳をやれる人を探してるわけです。一番いいのは金さんが云ったように、コンパニオンもやれて通訳も出来る人なんですけど誰かいませんか。ネットで募集しても碌(ろく)なのしか来ないんですよね。因みに沙紀さんはどうですかね」
 「えっ、沙紀ですか?あいつはコンパニオンはやれたとしても、中国語なんて全然ダメに決まってるじゃないですか」と、俺は首を振った。
 「沙紀さんと言うのは?」金田さんが勝野さんに尋ねる。
 「ほら、この間話した、百合子の…」
 「ああ…」なるほど、と金田さんの唇が動いたのが目に入った。
 「でも社長、中国語が出来なくても、可愛らしくて愛想の良い人ならウエルカムじゃないですか」
 「そうなんだけどね…」
 その時、勝野さんが、何かを訴えるような目を向けてきたのだった。