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第46話
俺は自宅の寝室で沙紀の情痴に遭遇した。そして、男の匂いが着いたままの身体を抱いたのだった。
やがてーー。
この日を境に、俺達夫婦の関係に微妙な変化が訪れた。
俺も沙紀も、朝を迎えれば仕事がある日は時間通りに職場へと出掛け、休みもこれまで通りに取るようにしていた。しかし沙紀は、週に1、2回程度の割合で金(キム)さんに呼ばれて会いに行くようになったのだ。それは仕事帰りの時もあれば、休日に出掛けての事もあった。
そして、情痴が行われた日にだけ、俺に身体を許すようになっていた。それはキムさん、あるいは張さんの指示によるものかも知れなかった。おまけに沙紀は、キムさんとの行為の後にシャワーを浴びていなかったようだ。その証拠は直ぐに分かって、沙紀の膣(なか)から独特の匂いの残り汁が流れるのを何度も見たからだった。
ベッドでの沙紀の反応にも、変化が現れた。それは良い意味ではない。これまで好き者同士で、弄るようなセックスをしてきた俺達だったが、沙紀の反応が薄くなったのだ。そして、それを察すると沙紀は、キムさんとのセックスを赤裸々に語るのだった。俺はその語りに嫉妬と興奮を覚え、乱暴に沙紀を責めるのだ。それでやっと、沙紀が喘ぎの声を上げるのだった。
時おり沙紀は、娼婦のような口技をみせたり、膣の締め付けで俺を巧みに操り、射精をコントロールするようにもなった。俺は一度、アナル舐めを頼んだ事があったが、それは許可が出ないと断らてしまった。『許可』とは、どう解釈すればよかったのだろうか…。
沙紀とキムさん、二人が関係を持つようになって1ヶ月近くが経った時だったか、俺は新たな事を告げられた。
暑い夏の日の夜、夕飯をそろそろ終えようかとした時だった。
「聖也くん」
先に食事を終えてた沙紀が、Tシャツに短パンの姿で食卓に寄って来た。
「どうしたの」俺は缶ビールから口を離して顔を上げた。
「お仕事の方はどう?」
「どうって、まあ順調だよ」
「そう。ところで宅建の申し込みっていつから」
「え、宅建!?」俺の口から、酔狂な声が上がった。
「うん、まだ大丈夫かな」
「いや、締め切りはもう過ぎたんじゃなかったかな。会社の若いのが言ってた気がする」
「そっか、じゃあダメだね」
沙紀がふうっと溜息を吐きながら、前の席に腰を降ろして、俺の顔を見詰める。
「どうしたんだよ」
「アタシね、実は叔父さんの会社辞めようと思ってるの」
「えっ、どうして!」
「うん、キムさんの仕事を手伝おうと思ってさ」
「お、おい、それって」缶ビールを持つ俺の手が、一瞬止まってしまった。「まさか強制されたのかよ」
「ううん、違うわ。キムさんの仕事忙しそうだし、それに彼から、いずれ聖也くんが独立をする時の為に、不動産の勉強をしておいた方がいいよって勧められたの」
「そ、それは、キムさんの会社で正式に働くって事なのかよ…」
「うん、そうなるわね」
眉間に皺を寄せた沙紀を見詰めながら、俺は張さんにも云われた事を思い出していた。張さんも沙紀がキムさんの仕事を手伝うのを勧めていたのだ。
「でも、休みは今まで通りで、週に3日くらいは休めそうなのよ」と、沙紀が続ける。
「今、忙しいって言わなかったっけ」
「ああ、忙しいは忙しいけど、休みはちゃんとくれるって事なの」
俺は静かに息を飲んで、沙紀を見詰めた。
「キムさんもね、近いうちに聖也くんに直接連絡を入れるって言ってたわ」
「俺の連絡先を…」
「うん、教えてあるの」
「そうなのか…でも、叔父さんにはどう言う風に説明するつもりなんだよ。ひょっとしてもう、伝えてる?」
「うん、この間それとなく云ったの。叔父さんは面白そうじゃないかって言ってくれたわ」
「マジかよ」
「ええ、それよりお母さんの方なのよね」
頭の中に義理母の顔が浮かんで来た。そういえば明後日の休みは、山手の実家に呼ばれているのだ。沙紀の転職の話が出れば、俺が責められるかもしれない。社長が在日の人だと分かれば、義理母は反対するのではないだろうか。そうだ、義母から止めてもらう手があったか。
久し振りに訪れた沙紀の実家は、趣のあるいつもの佇まいだった。義理母は沙紀が結婚してからは、ここで一人暮らしを続けている。
室内に入ると、案の定叔父が先に来ていた。叔父は、俺達夫婦がここに来る時はいつも、仕事を抜けて来るのだ。社長業は結構暇なのか。
俺と沙紀がいつもの席に座ると、改めて「ご無沙汰してます」と頭を下げて「いつも沙紀がお世話になってます」と続けた。
叔父さんは俺の顔を見ながら、いやいやと手を振っている。
それから直ぐに、義理母がアイスコーヒーと烏龍茶を盆に乗せて持って来た。
4人が向かい合ったところで、会話が始まった。義理母が俺達の調子を聞いて来る。いつもの様に健康の事や夫婦仲の事だ。そんな話題を出す義母の顔色も、至って健康的だ。頭の回転もシッカリしていて、体調が悪いと聞いた事がない。
俺達の様子に不調なところがないと分かったからか、義母は最近のニュースの話題を口にし出した。そんな話が一通り済んだ頃だったか、叔父が不意に俺と沙紀を見比べた。
「ところで聖也君、沙紀ちゃんから例の事は聞いたのかな?」
その言葉に、俺は一瞬身構えた。今日の訪問で必ず出ると踏んでた話題だったからだ。
「ええっと、仕事の事ですよね」俺はチラリと義母の顔を窺いながら口を開いた。「沙紀が不動産の…」と続けようとしたところで、義母と目が合った。
「そうそう、沙紀、貴女お仕事を変わるんだってね」
義母が俺の視線を感じるでもなく、何気といった様子で話に入ってきた。
「さっき達郎から聞いたわよ」
義母が叔父に顔を向けて、確認するように頷いた。叔父の方も頷き返している。
「私もね、達郎の会社でぬるま湯に浸かった気分で仕事を続けるのも、どんなものかと思っていたのよ。ここらでもう一度普通に勤めて、世間の厳しさを思い出すのも良いんじゃないかって」
云いながら義母が、俺に視線を向けてきた。俺の気持ちを窺っているのか。
「叔父さん…いえ、社長から聞いたの?」と、沙紀が義母に問い掛ける。
「ええ、貴女達が来る前に達郎から聞かせてもらったわ」
「それで、お母さんは賛成なのね」
「そうね。それに達郎の会社も、貴女がいなくなっても体制に影響ないでしょ」と笑って叔父を見詰める。叔父の方も苦笑いだ。
「まあ、沙紀ちゃんがいなくなると寂しくなるけど、姉さんの言う事は一理あるし。それに仕事が不動産なら、将来聖也くんの為にもなるんじゃないかな」
叔父さんがウンウンと頷きながら、沙紀から俺の方へと視線を巡らせた。
「そうなると、あとは聖也さんの気持ちよね。どうなの貴方は」
改まった義母の言葉に、俺はどうしたものかと考えた。このスムーズな展開は俺には意外だったのだ。
「あのお、義理母(おかあ)さん、沙紀が行こうとしてる会社の社長って在日の人なんですよ」俺は自分の声が小さくなるのを自覚しながらも告げてみた。
「あら、在日のどこが悪いのかしら。横浜にも古くから在日の方は多勢いのよ」と、話ながら、義母は同意を求めるように叔父に視線を向けた。
「そうだよ聖也くん、僕も商売柄もあるけど、普通に在日の人とも付き合いはあるよ。それに、その社長さんも関西で生まれた何世かの人なんだろ」と、確かめるように、叔父は沙紀に告げる。
「うん、そうだよ。普通の人だし、仕事は真面目だと思うよ。標準語と関西弁を使い分けるけどね」と、沙紀が笑った。
まさか義母達が転職の事で口裏を合わせているとは思えなかったが、俺は何かしらの圧のようなものを感じていた。だからと言って、沙紀と金田(キム)さんの関係をここで云うわけにはいかない。いや、俺達3人の関係と言う事か。
顔が強張っていた俺は、圧力に根負けするように「そうですね…」と、苦し紛れの呟きを漏らしていた。
「沙紀ちゃんは当面は事務なんだろ」と、叔父さんが沙紀に聞く。
「て言うか何でも屋よ。小さい会社だから、事務以外にも物件の調査をやったり、金田さんと一緒に営業に行く事もあると思うわ」
言って沙紀が、横目で俺を覗いた。
「社長さんは金田さんって言うのね」と、義母が訊く。
「そう、呼び方にも気をつけなきゃ。社内ではキムさんだけど、外では金田社長って呼ばないとね」沙紀が自分に言い聞かせるかのように口にした。その様子は、早くも新しい職場に馴染もうとしているように観える。
「入ってみて、沙紀ちゃんが不動産の仕事に馴染むようだったら、良い物件の一つでも紹介して貰おうかな」と、叔父が笑う。俺としては複雑な思いが湧いて来る。心情として、俺は身内とはビジネスをする気は昔から無いのだ。
「ふふ、当社は親身に相談に乗るし、良い物件しか紹介致しませーん」
沙紀がおどけた調子で笑い声を上げた。俺の心境がますます複雑になって行く。
「沙紀、あまり調子に乗らないで、謙虚にね」
「分かってるって、お母さんが心配するほど子供じゃないんだから。ねぇ、聖也くん」
沙紀の声に俺は、苦笑いを返すだけだった。それよりもこの空気は、沙紀の転職を皆が認めた証でもあった。俺の中には、沙紀とキムさんの二人が、事務所のようなところで仕事の打合せをしている所が目に浮かんで来る。しかし、客が去った事務所の中で、二人は性的な行為を及ぶかもしれない。それに、顧客の家を訪れた帰りに、二人は如何わしホテルで休息を取るのではないだろうか。仕事の汗が付いた沙紀のパンストを、キムさんが破るのだ。いや、その前に沙紀は、キムさんの命令でスーツの下だけを脱いで、云われるままに卑猥なポーズをとるのではないだろうか。俺の頭の中には、妄想が立ち込めるのだった。