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第54話


 俺が座る目の前では、沙紀とキムさんがソファーに腰を降ろしている。二人の距離は紙1枚くらいの隙間しか空いておらず、その自然な様子に俺は、息苦しさを覚えていた。


 「どないしました砺波さん、顔が強張ってませんか。沙紀ちゃんが帰ってきたって言うのに。あ、この格好がいきなりで厭らしいとか?」
 キムさんが横目を向けた先には、バスタオルを巻いただけの沙紀がいる。その表情は照れがあるのか、それとも俺が帰る直前まで姦(や)ってた行為の残り火がまだ燻ってるとでも言うのか。


 「まぁ云いましたけど、さっきまであっちの部屋で沙紀とオメコやってましたわ。私ら出張先で色々と見世物みたいな事やりましたけど、なんせお客の顔色とか窺いながらでしたからね。けど、沙紀もそれが却って新鮮やったんか、身体の奥ではまだ燻りが残ってたみたいやったんでね」
 標準語と関西弁を使い分ける男の、今夜の口調がチクチクと俺の胸を抉ってくる。


 「ふふっ、最後の動画でも云うたと思いますけど、あっちでの詳しい事は沙紀から直接聞いて下さい。なあ」と、キムさんが隣に笑いかける。沙紀の方は「え、ええ」と頷き、頭を垂れた。
 「じゃあ、私の方はそろそろ失礼させてもらおうかな。エエやろ?」キムさんが俯き気味の沙紀を覗き込むように声を掛けた。「どうしたんや」
 その時、俺の目は沙紀の手がキムさんの手の甲に置かれたのを、シッカリと見てしまった。
 今のは何だ!
 声にこそ出なかったが、目は見開いていた。沙紀の素振りは心の許せる者、あるいは同じ苦労を一緒に乗り越えた者、だけにする振る舞いではないのか。


 「あかんあかんて、砺波さんは一対一で沙紀の口からあっちであった事を聞きたいんや。それを訊いたら、砺波さんも私以上にハッスルしてくれると思うで。じゃあそういう事で」
 最後の言葉は俺に向けたものだった。キムさんは云うなりスクッと立ち上がって、寝室の方へと行ってしまう。
 暫くして、着替え終えたキムさんが玄関の方に向かった。沙紀がその背中を追い掛ける。俺の方は金縛りに遭ったように動けなかった。


 玄関辺りでの二人の挨拶の声が聞こえて来る。
 やがて沙紀が、静しずと戻って来た。肩の辺りで濡れていたシャワーの跡はもう見られない。今はバスタオルを巻いた胸元がやけに目に付く。
 「沙紀…座れば」
 「あ、うん…それより聖也くん、着替えは」
 沙紀に言われて、出勤服姿のままでいた事に気が付いた。しかし俺は、いいよいいよと顔を振って、沙紀を目の前のソファーに促した。
 しかし「ごめんね…」沙紀が立ったまま頭を下げる。俺はもう一度座るように言おうとした、が。
 「あのね、先に見てくれる…うん、見てもらわないと…」
 云うなり沙紀が、胸元に手をやった。
 バサリと床に落ちるバスタオル。
 あっ!そこに観えたのは沙紀の全裸姿…なのだが、直ぐにその疵痕に気が付いた。
 沙紀は両手を、股間を隠すように当てていたが、身体のあちこちにあるミミズ腫れのような痕が目に飛び込んで来たのだ。


 「おいっその身体、どうしたんだ!」
 「えへ、実はSMなの」
 「え、SM!?」
 「聖也くんもキムさんの動画は全部視てたんでしょ」
 目の前にある傷痕を追い掛けながら、俺は頷く。
 「それなら分かってると思うけど、お客様とゲームをした時の罰ゲームで」
 「あ、ああ、それは知ってる。あれだろ、パーティーで粗相(そそう)を仕出かしたんだろ」
 「ああ、粗相っていっても本当は大した事ないの。ほら、アタシって中国語が分かんないでしょ。だから返事に戸惑ったり、間違ったお酒を持ってきて怒られたり」
 「やっぱり、そんな事で怒る連中なんだな。それで」
 「ううん、でもそれは本気で怒ってる感じじゃないの。アタシをおちょくってる感じはあったけど、基本的にその場に居た人は良い人ぽかったよ」
 「良い人って本当かよ」
 「うん、皆な陽気で特にお酒が入るとね」
 「そうなのか…それで、そのお客達に部屋に連れ込まれたんだろ」
 「連れ込まれたっていうか、アタシがお酒を零しちゃったのね。それがその人の服に掛かって、部屋で着替えるって言うから一緒に行ったの」
 「それをキムさんがカメラを持って、着いて行ったのか」
 「カメラってスマホよ。それにキムさんは通訳も出来るから。それでね」
 「それで?」
 「うん、その人の着替えを手伝ってたら、他のお客様達も様子を見に来たのよ」
 「じゃあ、そのままそこで…」
 「そう、会場には戻らないで、ここでゲームでもしようって事になったみたい」
 「みたいって、ゲームをしたんだろ?」
 うん、と沙紀が申し訳なさそうに頷いた。そう、その後の事がずっと気になっていたのだ。
 「それで、そのゲームって…それが、沙紀のその傷痕に繋がるんだろ」
 「そう、それとココの毛の事も」瞬間、股間を覆い隠していた沙紀の両手に、力が入った気がした。


 剃毛に至る経緯は、ずっと気になっていた事だった。勿論、実際にソコがどうなっているかもだ。
 「ふふ、聖也くんの目、一瞬エッチな目になった」と、沙紀が笑った。久しぶりに見た気がする笑い顔だ。
 「じゃあ、お待ちかねの妻の一人語りってやつだね」沙紀がそう云いながら、やっと目の前のソファーに腰を降ろした。しかし両手は、股間を隠したままだ。


 「えっとね、ツイスターゲームって知ってる?」
 その名前は子供の頃に聞いた気がする。
 「それってアレだよな。ビニールのシートに色んな色の丸があって、そこに手とか足を付けて倒れたら負けってやつだろ?」
 「そうそう、そんな感じ。4つの色の丸があって、司会の人がルーレットを回すのね」
 「ああ、何となく思い出せるわ」
 「うんルーレットの指示に合わせて、右手を青とか左足を赤にって置いていくのね」
 頭の中にはイメージが湧いていた。二人の人間の手足が交差しながら、奇妙な形を織り成すのだ。
 「沙紀はそのゲームをお客とやったんだな」
 「そう、それでね、負ける度に1枚ずつ脱いでいくの」
 「うっ、じゃあ」
 「そうなの。お客様達はスーツ姿の人とか普段着の人が殆どだから…」
 「脱ぐ枚数が違うって事か…沙紀は」
 「うん、チャイナ1枚に下は下着だけだから、あっという間に裸になっちゃったわ」
 「ああ…」思わず溜め息のようなものが零れてしまう。
 「聖也くぅん、今頭の中にアタシの厭らしい格好、思い浮かべてるでしょ」
 「うっ!」と、息を吐いて肯定を示してしまった。
 「ふふふ、そうなのよ。アタシね、凄~い格好を曝しちゃったわ。ふふっ知りたい?」


 沙紀の表情が小悪魔のようになって行く。
 やはり、上海には沙紀を変えてしまうものがあったのだ。