小説本文



 中村はビルを出ると目の前の大通りを渡り、反対側の小さい公園に行った。
 そこの汚いベンチに腰を下ろすと、斜め向こう側に今出てきたばかりのビルが見える。


 中村の心の中では、つい先ほどの夕霧(ゆうぎり)の舞台の事が気になっていた。
 あの不倫相手と紹介された若い男の事だ。
 自分達の結婚式の時にみゆきが着たウエディングドレスは式場の貸衣装だったし、あのショー自体は演出だろう。
 神崎にもし聞いたとしても、あれは演出だと笑われるだろう。


 自分の妻がああいう舞台に上がり見知らぬ男と変態的な行為を行う、それを黙認しながらも不貞行為の疑惑は放っておけない気がしていた。
 身体の浮気は認められても心の浮気は認められない、中村は自分勝手な男の解釈と思いながらも憤懣(ふんまん)やるかたない気分だった。
 それは妻もあの舞台で色んな男に抱かれながらも、心の中では夫の事を愛していると信じていたかったからだ・・・たとえ初めてのアナルを捧げたとしても。


 (・・・考えすぎかな・・・あれは演出だし・・・それに・・・)  
 それに冷静に考えれば、いくら妻でもあの舞台に上がる“ポルノ男優”と不倫をするとは思えなかったし、まして2人には年の差がありすぎたからだ。
 まだ一般人との不貞を心配したほうが良いのでは・・数時間前に湧いた不倫疑惑は瞬時のうちに、中村の心の中で自己解決されていた。


 そんな事を考えながらベンチに座っていた中村の視界には、先ほどから同じ光景が繰り返されていた。
 劇場のあるビルの裏口付近から、同じような格好の女性が出て行くのが目に付いていたのだ。
 (さっきの女性も大きな帽子を被っていたな・・・)


 (まさか!)
 中村の頭の中に閃(ひらめ)くものがあった。


 中村は再び大通りをビル側へと渡り、ビルの裏口が見える場所を探し、細い路地の隙間に身体を押し込んだ。
 そこで辺りを気にしながら身体を縮めていると、急に心臓の鼓動が聞こえてきた。
 ビルの裏口を見てみると、今度は茶髪の髪に大きなサングラスをかけた女性が俯(うつむ)きながら出て行くところだった。


 (い・・・今のはひょっとして・・・み ゆ き・・・カツラ・・・)
 路地から顔を出すと、また一人別の女性が出てきて中村は思わず下を向いた。
 ゆっくり顔を上げるとその女性は大きな帽子を被り、同じく大きなサングラスをかけて、今度は反対方向へと歩いて行った。
 その女性の後姿を眺めていると、揺れる大きな尻に誘われるように中村はフラフラと歩き出してしまった。


 中村は10mくらい先を行くその女性の尻を見ながら、この光景が昨日見た光景とよく似ている事に気づいた。
 女性が駅で切符を買うのを確認すると、中村もその姿を見失わないようにホームへと降りていく。
 中村の頭の中では、妻と“彼氏”との疑惑は既に消えていた。


 到着した電車に乗り、揺られながら中村の頭の中には一つだけ確信していることがあった。
 (あの女性は間違いなく“舞台”に上がっていた・・・)


 中村の中に沸き続けていた黒い雲、その中から生まれた好奇心、あの舞台に上がる奥様達の素顔を覗きたい・・・そんな気持ちがストーカー行為へと駆り立てていたのだ。


 ある駅が近づき、その女性が席を立ちあがると中村もドアの近くへと移動した。
 電車がその駅に到着すると人込みとともに、その女性と中村はホームに降り立った。
 偶然だろうかその駅は中村の自宅の最寄り駅だった。


 中村は見慣れた改札口を抜けると、その女性の後を追いかけていた。
 大きな帽子をかぶり、紺色のジーパンの大きな尻が揺れているのがよくわかる。
 女性を前方に見つめながら歩く、そんな中村の後を付けて来る一人の男の姿があった。


 女性はそこからしばらく歩くと、廃墟になっているマンションの敷地へと入っていった。
 立ち入り禁止の看板を気にする事なく、人のいない管理人室の前を通り奥へと入っていく。
 中村も引き付けられる様にその後を追いかけた。


 女が廊下の角を曲がり、開け放たれた扉の向こうに消えていった。
 慌てた中村が向こう側に抜けた時、すぐ目の前にその女がこちらを向いて立っていた。
 女は大きな帽子を深く被り、サングラスを掛け、肩に見事な茶髪の髪の毛先が見えている。


 女を見つめ、中村はしばらく声が出なかった。
 女も黙って中村をサングラスの奥から見つめている。


 「あの・・・」
 中村が口を開きかけた時だった。
 いつの間にか近づいていた影が背後からその口をハンカチのような物で塞ぎ、背中には鋭角な物が突きつけられた。

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