小説本文



 中村は目の前のビールをグッと飲むと、再び神崎に問いかけた。
「それと若い子を使わない理由が何かあるのですか?」

「ははは・・・中村さん、今は熟女ブームなんですよ・・と言うのは、まあ冗談にしても、今の若い娘(こ)はダメですね。自分が若いと言うだけで高い価値があると勘違いしている。若い子は何処に行ってもいるから希少価値が無いんですね。 セックスもスポーツか何かと勘違いしている。 その点、普通のしかも熟女の奥様はいいですよ。 自分の商品価値に気づいていないところが又良いところで。心の扉を開いてあげて、羞恥心を煽(あお)ってあげると奥様は劇的に変わりますよ、蛹から蝶になるように」

「なるほど、上手く言えませんがそういう奥様の“羞恥心”が商品になるわけですね。 ただ・・・普通の奥様が働いていると家族にばれる心配はありませんか?」

「はい確かに。 先ほども言いましたが、借金を返して辞めていく女性の割合よりも家族・・・特に旦那にばれて辞めていく割合のほうが高いですね。ただ、我々もばれないように手を打ちますし、ばれたらばれたで又手を打つんですけどね。 うちは怒鳴り込まれるより警察に行かれるのが1番困りますから。 まあ、色々手は打ちますよ」

 そう言って、神崎の目が再び光ったのを中村は見逃さなかった。
 今日初めて会った神崎を観察してきた中で、仕事で培(つちか)ってきた人の匂いを嗅ぎわける嗅覚が、目の前の男を“あちら側の世界の住人”と判断した瞬間だった。

「ただ中村さん、面白い事もあって旦那ばれの心配とは反対に、自分の妻をあの舞台に上げて悦(よろこ)ぶ旦那もいるんですよ。 今日の夕華(ゆうか)の舞台・・・旦那は客席から見ていたんですよ」

「ええっ!本当ですか?」

 「ふふふ、本当です」

「どっ どうして・・・」

「まあ、その辺りは又話す機会があれば・・・変わりに別の事を一つ教えてあげましょう。 客席の中2階に映写室のような小窓があったでしょ。 その両横に鏡があったのを覚えていると思いますが、あれはマジックミラーになっていて裏が部屋になっているんです。 大体がVIPルームとして使うんですが、実はあそこからビデオを撮る事があるんです。 そして、あそこから撮った映像を奥様の教育用ビデオに編集するんです」

「教育用ビデオですか・・・」

「ええ、作成したビデオは奥様がこの仕事をするかどうか迷っている時に見せます。自分がやろうとしている事は他の皆もやっている事なんだと、大した事じゃないんだ、そして自分にも出来るんだと思わせるようにもっていくのです。・・・ところどころに金の魔力を匂わせながらね」

「一種の洗脳みたいなものですか」

「まあ、そうですね」

それからしばらくして、中村は山田たちとビルを後にしていた。
中村が事務所を出て行くと奥の部屋のドアが開き、派手な洋服を着た茶髪の女が姿を現した。

「おおっ、ママか」

「何だか久しぶりに舞台を見てたら、アタシも欲しくなっちゃったわ」

「んふふ、それより次に進めそうな奥さんはいるのか」

「待ってて、今楽しみなのが一人いるわ。うふふ、それより・・・ねえぇ」
女は神崎の前にひざまずくと、目の前のジッパーを下ろし始めた。

ビルを出た中村たちは駅の方に歩いていた。
「課長 どうです、まだ早い時間ですけどソープでも行きますか」

「いや、私はいいよ。今日はありがとうございます・・・」
中村は簡単に挨拶をすませると、今日の事は他言しないように念押しされ家路へと向った。

帰りの電車に揺られていると、頭の中に先ほどの夕月(ゆうづき)や夕華(ゆうか)のあの悩ましい姿が交互に現れては消え、また現れては消えていった。
そして、中村の耳には神崎のあの言葉がこびり付いていた。
『奥様も同じような欲望を心の奥底に持っているかもしれませんよ』

(まさか・・・みゆきが・・・)

その日の夜、たけしはみゆきを誘っていた。
先日抱かれたばっかりのみゆきは、夫の激しさに最初は驚きをしめしたが、やがていつも以上の歓喜の声を上げた。
いつもと違う夫の責めに、普段は口にしない言葉まで吐いていた。

たけしは腰を振りながら、妻の顔を抉(えぐ)るように見ていた。
(妻が みゆきが この女が あの夕月や夕華と同じになるのか)
やがてみゆきの顔は、夕月へ、そして夕華へと変わっていった。

たけしの頭の中に黒い雲が湧き上がり、そして絶叫とともに精が吐き出された。