小説本文



 中村が夕華(ゆうか)こと田中真由美の夫田中一郎と、突然の出会いをしてから数日が経っていた。
 中村は仕事の出先で遅い昼食をとろうとしている時だった。
 いつもマナーモードにしている携帯が震え始めた。


 『もしもし中村さんですか、・・・私 神崎です。・・・今 お電話大丈夫ですか』
 携帯を手に取った中村の耳に、神崎の声が聞こえてきた。
 田中に教えられ改めてわかった神崎の正体、しかし電話口から聞こえてくる声は、中村の耳にいつの間にか慣れ親しんだものだった。


 「こんにちは 神崎さん、大丈夫ですよ」
 返事をする中村の声も、自然と朗報を期待するような営業マンのものになっている。


 『ふふふ 中村さん、今日は残念ながら次ぎの舞台のお誘いではないんですよ』
 「えっ そうなのですか、どう されました?」
 営業マンの習性なのか、中村は自分の声のトーンを調整しながら答えていた。


 『はい。実は近日中に奥様から “3日ほど旅行に行きたい” と言う、お話があると思うのですよ』
 「・・・旅行?・・・ですか」


 『はい。どうかそれを許可してあげてもらいたいんですね』
 「神崎さん、それはどういう事ですか・・もう少し詳しく話して頂けますか」


 『ふふふ、実は夕霧(ゆうぎり)さんはですね、ママの勧めもあって次ぎの舞台の為に特訓をしたいそうなんですよ』 
 「特訓?」


 『そう 特訓です。夕霧さんは自ら自分の殻をもう1枚破ろうとしているのですよ・・・』
 「・・・・・・」


 『どうですか・・奥様がもっともっと厭(いや)らしい女になろうとしているんですよ・・』
 「しかし・・特訓というのは・・」


 『大丈夫ですよ。特訓といいましても我々プロのスタッフが奥様の心と身体の開発を手助けするだけです。奥様は我々にとって大事な商品であり良きパートナーですから・・間違っても身体に傷をつくような事はしません。どうかその点は安心してください』
 「はあ・・・はい・・・」


 『ふふふ、中村さんも楽しみでしょ?・・・奥様が今以上にスケベで、淫乱で、卑猥な変態女に近づくんですよ・・想像してみてくださいよ・・・どうですか中村さん』
 「あっ ああ・・・」
 中村は神崎の言葉に魂を引き抜かれるように言葉を失っていった。
 そしてそれと引き代えるように、胸の奥が熱くなっていくのを感じていた。


 その日仕事を終え 遅く帰宅すると妻のみゆきはたけしの帰りを待っていた。
 「あなたお帰りなさい。お疲れ様でした」
 夫の疲れを癒(いや)す妻の一言。
 何処の家庭でも見られるありふれたその光景・・その裏で“良き妻”と呼ばれる女達は何を考えているのだろうか?


 軽い食事を用意しながらみゆきがたけしに話しかけてきた。
 「ねえ、あなた。突然なんですけど、今度の金曜日から2泊3日で箱根まで旅行に行って来てもいいですか?・・・ほらこの間、あなたが偶然会ったって言ってた真由美が懸賞で旅行が当たったの・・・それに誘われたんですけど・・・」


 「ふ~ん旅行ね・・良いんじゃないか、たまには気晴らしに・・・大樹と適当にやってるから楽しんできなよ」
 「うわ~ ありがとう。お土産買ってきますから」


 「それで他には誰か行くんだ?」
 「ええ、後は裕子・・山本裕子さん。あなたも何年か前に2,3度会った事があると思いますよ」


 「そうか・・じゃあ合計3人で行くんだ」
 「ええ、いつもの“熟女”の3人組です」


 「熟女か・・・真由美さんだってみゆきだってまだまだ色っぽいよな・・・。いや、最近はそれ以上にエロっぽさが付いてきたぞ」
 「えっ そんな事・・・あなた、何を言ってるんですか・・・そんな事ありませんよ・・・」


 (何を“カマトト”ぶってるんだ・・・何も知らないとでも思っているのか・・・)


 みゆきは背中を向けると食事を盆にのせ始めた。
 話題を変えたいのだが適当な言葉が見つからないようだ。


 黙ったまま食事をテーブルの上においたみゆきの尻を、たけしが後ろから手をまわし摩り始めた。
 「・・・どうだい今夜は」


 「えっ・・・ごめんなさい、ちょっと風邪気味で・・・旅行までには治したいの・・・それに大樹が最近遅くまで起きてますから・・・ねっ」
 (・・・下手な嘘だ・・・それでも世の中には簡単に騙されてる旦那連中が多いんだろうな)
 たけしはキッチンから出て行くみゆきの背中を見つめながら、ゆっくりイスに腰を降ろした。