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 数日後、みゆきは“新しい仕事”を承諾していた。
そして、初めての相手にママの配慮なのか、拓也が決まった事を聞かされた。

みゆきはいつものスタジオに上がるエレべーターの前で、固まったまま立っていた。
中村みゆきという自分を捨て、別の女としてここに来ようと決意して家を出たが、いざここまで来ると頭の中に夫と子供の顔、それに友達の裕子と真由美の顔までが浮かんできた。
しばらくその姿勢のまま目を瞑(つむ)っていたが、みゆきは心の中で小さく頷くと目を開けエレベーターのボタンを押した。

1時間後には、みゆきは拓也の講習の相手を努めていた。
早くも拓也のペニスがみゆきの膣に収まり、一定のリズムで突かれている。
男性はコンドームをつける事になってはいたが、ママのアドバイスもあり、万が一に備えてピルを飲んでいた。

ベットの横には田沢と名乗る男が、教官として二人の様子を注意深く見守っている。
田沢は40代半ばと聞いていたが、その容姿は少し禿げ上がった頭に脂ぎった肌、分厚い唇にニヤッと笑うと覗く汚い歯、醜く出たビール腹の上には毛深い胸元が見えていた。
田沢は女を嘗(な)め回すような、嫌(いや)らしい目付きをしている。
田沢を紹介された時、みゆきは一目見ただけで身体に鳥肌がたつのがわかった。

この日の講習は拓也がみゆきの服を脱がすところから始まった。
上着の脱がせ方、スカートの脱がせ方、ブラジャーの脱がせ方にパンティーの脱がせ方、ところどころで田沢の低い声が響いた。
拓也はその度に、小さい声で返事をしていた。
スタジオに入ってから拓也とみゆきは目線を合わせる事は1度も無く、当然口を利く事も無かった。

拓也の指と唇を使った愛撫が田沢の支持のもと、みゆきの身体の細部に行き渡る。
しかし みゆきは快感を感じる余裕は無かった。
それは拓也のペニスを受け入れている時もそうだった。
唇をかみ締め、“早く終われ 早く終われ”と念じ続けていた。
そんなみゆきに、拓也はピストン運動をしながら初めてのキスを迫ってきた。
しかし、みゆきは断固としてそれを拒み通した。
頭の中にその部分だけは守りたいという意識が働いていたのだ。

この日の講習は2時間程度で終了した。
田沢が終了を告げるとみゆきは、すぐにシャワー室に飛び込んだ。
そして着替えを済ませると、ママとの明日の講習の確認もそこそこにスタジオを後にした。

ビルを出たみゆきは、顔を隠すように下を向いて足早に駅に向った。
誰も知っている人間に会わないように、駅ビルのトイレに駆け込むとここまで我慢していた感情が一気に爆発した。
みゆきは泣いた。嗚咽(おえつ)を漏らし1時間近くその場で泣き続けた。

やがてみゆきが泣き止み、トイレを出て駅の券売機に近づいた時、その足を後ろから呼び止める声がした。
振り向いた視線の先には拓也が立っていた。

2人の距離が近づいても、みゆきは顔を上げる事が出来なかった。
拓也のそわそわしている様子だけが伝わってくる。
ホームに行きかう人混みの喧騒の中で、ようやく拓也が口を開いた。

「あの・・・すいませんでした・・・。それと・・・ありがとうございました」
拓也は小さな声でやっとそれだけを言った。

沈黙が流れ、そして、みゆきが小さく口を開いた。
「いえ・・・こちらこそ・・・」

「あの・・・俺・・・みゆきさんに感謝してます・・・」

「・・・えっ・・・なんで・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

その時 “ぐぅ~”・・・と、拓也の腹がなった。
顔を上げたみゆきの瞳に、目を丸くして頭を掻く拓也のはにかんだ顔が映った。
みゆきは思わずくすっと笑い、そして噴きだしてしまった。
つられて拓也も笑い出した。

それから数分後、みゆきの目の前にハンバーガーを頬張る拓也の姿があった。
みゆきは拓也の食欲を飽きれながら眺めていた。

しばらくして、落ち着いた拓也の口からは自分の事や、今回の仕事の成り行きが話された。
拓也のフルネームは“山口拓也”、写真の専門学校に通う23歳だった。
横浜に一人暮らしをしていて、興味本位で普通の奥様の写真撮影に参加した事。
そこで何人かの奥様の下着姿やヌードを撮影する中、1番みゆきに魅かれた事。 
初めてみゆきを見た時、自分に熟女好きの趣向がある事にはっきり気づいた事などを告白した。 

そして、みゆきに夢中になり小遣いと貯金を使い果たし、借金をしてまでみゆきにのめり込んだ事。
家賃も払えなくなった時、ママに短期間で金になるバイトが無いか相談し、あのプロダクションに行った事。
そして講習の相手がみゆきと知った時の喜び、今日みゆきと結ばれた感激などを熱くなりながら話して聞かせた。

みゆきの胸の中には複雑な思いがあった。
しかし“魅かれた、夢中になった”と男性から告白され素直に悪い気はしなかった。
その証拠にみゆきは気づいた時には、自分のフルネームと年齢、夫と子供が一人いる事を教えてしまっていた。
ただ2人は、今日の講習についてはどちらからもその話題に触れる事は無かった。

「明日もお願いします・・・」
拓也の小さい声を聞いて、みゆきは店を後にした。