小説本文



 みゆきが箱根に向った次ぎの日。
 いつもの喫茶店に裕子の姿があった。 


 「ごめんごめん 裕子 遅くなっちゃったわ」
 そこに真由美がニコニコしながらやって来た。


 「ううん、私もちょっと前に着いたのよ」
 真由美の顔を見ながら裕子が明るく答えた。
 店員にオーダーを告げるとそこに、楽しい一時(ひととき)が始まった。


 「ねえねえ 裕子、でも私達 箱根に行ってる事になってるんでしょ。こんな所でお茶してていいのかな?もし、みゆきのご主人に会ったら何て言うの?」
 「大丈夫よ、真由美は心配性ね。みゆきのご主人だって大樹君とどっかに遊びに行ってるわよ」


 「え~ そうかな?中学生にもなって一緒に・・ ちょっと心配だわ」
 「でもそれもスリルじゃない、平気よ 平気」


 「もう 相変わらずね、裕子は」
 裕子の素振りに真由美も苦笑いをしながら答えていた。


 「ねえ裕子、でもみゆきもよく私達にアリバイを頼んだわよね “私と一緒に旅行に行く事にしといて”なんて」
 「ふふ、みゆきも知らない間に度胸がついてるのよ。でも、ちょっと抜けてるといえば抜けてるけど」


 「そうね、私達に疑われるって言う事を考えなかったのかしら?」
 「でも そこがみゆきの可愛いいところかな・・・。それにしてもみゆき夫婦はいいわ、ご主人に理解があって。まあ、真由美のところが1番だけどね」


 「うふ、でも もしもよ “ご主人がみゆきの正体を既に知ってた”・・っていう事を みゆきがわかった時・・どうなるかよね」
 「うんそれでも、あの夫婦は結局は上手くいくと思うわ・・夫婦仲が悪いのは私のところだけだわ」
 裕子はそう言いながらもおどけて微笑んで見せた。


 「裕子のところは、これからどうするの?」
 「離婚? いずれはそうなるだろうけどもう少し先ね。仮面夫婦だけど2人とも子供の事は可愛いから・・・子供がもう少し大きくなってからね・・・、だから今のうちにもっと稼いでおかなくっちゃ・・・えへ」


 「うふふ、ところでみゆきは今日が2日目ね・・」
 「そうね・・何だか懐かしいわ・・・まるで修行だったわね・・真由美も覚えてるでしょ?」


 「うふ そうね、まだ私の方が裕子より記憶が新しいしね・・・あの時は凄かったな・・・」
 「そうそう凄かった。でも一人一人修行の内容は違うのよね」


 「うん、神崎さんも言ってたよね。女性一人一人の性癖を見抜いて、それに合った調教をするって」
 「あ~ん 思い出したら濡れてきちゃうわ」


 「しっ!声が大きいわよ」
 真由美が悪戯っぽく睨(にら)むと、裕子が首をすくめてみせた。
 その後も2人は何度かお茶をお代わりしながら楽しい一時を過ごし、頃合をみて席を立ち上がった。
 会計を済ませ店の外に出ると、裕子が真由美の方に振り返った。
 「真由美もこの後 打ち合わせでしょ・・・次ぎの舞台の」
 「うん 私は○時からよ。裕子は?」


 「私はちょっと遅くて○時から・・・。みゆきが戻ってきたら私も負けれないわ・・・そうよね“夕華(ゆうか)”さん」
 「ええ 負けれないわ・・・“夕月(ゆうづき)”さん」
 2人の女の視線の間にほんの小さな火花が散った瞬間だった。
 その小さな火花はそれぞれの胸の中に大きな火を着けるのだろうか・・・。
 2人は直ぐにニコッと微笑みあうと、声を掛け合い店の前でわかれた。


 店の前のそんな2人の様子を先程から、離れた電柱の影から覗いてる男の姿があった。
 その影はわかれて歩き出した一人の女の後を追うように自分も歩き出した。