小説本文



 みゆきが箱根から帰ってきてから、たけしは何とかみゆきの変化を見出そうとしたが、それは日常の中にも、ましてや夜の営みの中でも見つける事はできなかった。
 みゆきが箱根名物の饅頭(まんじゅう)と一緒に持って帰った土産話は見事なくらいリアルで、本当に仲良し熟女の珍道中のような話ばかりであった。
 2,3日経っても時折話す箱根の出来事を聞いていると、たけしは目の前の妻の中に、女の強(したた)かさの様な物を感じずにはいられなかった。
 その強かさはベットの中でも現れ、夫との行為に満足する様(さま)を見せ、男の欲望を瞬殺させる娼婦の技の様(よう)でもあった。


 これからたけしが妻を満足させる事はあるだろうか・・・そして、みゆきは夫に満足する事があるのだろうか・・・。


 数日後、神崎が言った“もう1枚の殻”を自ら破った女の舞台の誘いがやってきた。
 自分の夫でありながら肌と肌でエクスタシーを感じる事が出来ず、見知らぬ男達との痴態でしか感じられなくなった女。
 そんな女の舞台の誘いの電話を受けたオフィス街の歩道の上で、たけしは予定表に“欲望の劇場”と記入しながら、それだけで勃起した股間を扱きたくなっていた。


 ○月○日、中村は大事な取引先との商談を無理を言って変更してもらい、あのビルの受付へと向っていた。
 厳密に決められた受付時間にドアのインターフォンを鳴らすと、あらかじめ決められた暗号のような文句の声が返ってくる。
 その声にこれまた決められた文句を返す・・そのやり取りが終わるとドアの目の高さのほんの小さな小窓が開き、仮面の奥から鋭い目がこちらの姿を確認する。
 小窓が閉まると同時に鍵が外れる音がして、わずかに開いたドアの隙間に身体は吸い込まれて行った。


 真っ暗な廊下のような所でスタッフの男がペンライトで中村の顔を照らすと、手に用意されていた札を受け取り、それを確認するといつもの仮面を手渡した。
 中村がこの日の真っ赤な蝶を模(かたど)った仮面を着けると、目の前の仮面の男の口元がニヤっと微笑んだ。 
 そして男に案内され、部屋を横切るように一旦非常口のドアから階段に出ると、そこから5階へと昇り始めた。
 5階の劇場のドアの前で仮面の男が丁寧にお辞儀をするとそのドアが開き、中に入ると別の仮面の男が待っていた。


 イスに腰を降ろし、真っ暗な劇場で暗闇に目が慣れてきた頃、中村の背中を軽く突付く者がいた。
 振り向いた席に座っているのは紫色の仮面を着けた大柄な男、その雰囲気だけでそれが“夕華(ゆうか)”の夫 田中一郎である事がわかった。
 お互いは視線を交換するだけで一言も声を発せず、その振る舞いがこの劇場の暗黙のルール、秘密を共有する紳士協定のようなものである事がいつの間にか身についていた。


 入り口から寸分の狂いもなくお客が、仮面のスタッフに案内され席へとついて行く。
 客席はこの日も瞬(またた)く間に満員となり、男達の緊張感が淫靡な空間をよりいっそう暗く沈めていくようだった。
 中村の席から舞台正面の向こう側には自分達の姿が映っている鏡がはめ込まれており、客席の後方の中2階にも2箇所、大きな鏡がはめ込まれている。
 その大きなマジックミラーの裏にあるVIPルームには招待客がいるのだろうか? いつかの中村のように自分の妻の痴態を知らずに覗く事になる憐れな男がいるのだろうか。


 時間が来たのだろうか、微(かす)かに暗いネオンのような灯りが消えるとミラーボールが回り始めた。
 そいていつもの司会の男が、いつもの仕草で舞台中央へと登場した。


 「みなさま。本日も“欲望の劇場”へお越し頂き誠にありがとうございます・・・・」
 馴染んだはずの司会の男の口上は、この日も中村の心の高揚感を高めていった。


 司会の男は挨拶が一息つくと改まって咳払いをした。
 「・・・では、本日のトップバッターを務めていただく奥様をご紹介いたします。この奥様は実は今日が初めてのステージです・・・以前2度ほどこのショーの様子を劇場のある場所から覗いていた事があるのですが・・・舞台に上がろうか、止めようか? 自分に出来るのか、出来ないのか? そんな事を考えながらショーを見てマンコを濡らしていた奥様が、ついに! この舞台に上がる決心をしたのです!・・・皆様、また一人、変態への仲間入りを誓った淫乱奥様を厭らしい目で迎えてあげようではありませんか!  さあ 登場していただきましょう “夕凪(ゆうなぎ)”さんです」


 中村は仮面の奥から初めての奥様をしっかり捉えていた。
 目の前で司会の男にリードされるように普段着を脱いでいく奥様、その女の心境を自分の妻とダブらせていた。
 自分の妻が初めて男どもの前で素肌を晒(さら)した時の気持ちは?初めて陰部を披露したときの気持ちは?そして衆人の前で男の物を受け入れたときの気持ちは?・・・いったいその時、妻の心の中はどうなっていたのか。
 この目の前の女の心の中には夫や子供の存在はあるのだろうか? それとも夫はこの客席のどこかで脳みそから涎(よだれ)をたらしながら、今この様子を覗いているのだろうか。


 舞台では初めての女の、ぎこちないストリップショーが始まっていた。


 やがてストリップショーはオナニショーへと変わり、女は用意されたいくつかのバイブを遠慮気味に濡れた秘部へと導いていった。
 押し殺された呻き声は直ぐに歓喜の声へと変わり、遠慮気味に動かされていた右手は、これでもかと言うほど激しいものへと変わっていった。
 女が何度目かのアクメを感じ、床に倒れこんでしばらくすると、舞台端でその様子を確認した司会の男が中央へと寄ってきた。
 そして、続いて現れたスタッフに抱えられるように女は舞台裏へと消えていった。


 みゆきの初舞台と比べれば、あっと言う間の短時間でのショーであったが、神崎が言っていた『決して強制はしない』と言う言葉に嘘はないと思えた。
 また、素人奥様の出切る事の“精一杯” の表現が、客席の男達を次ぎの舞台へと誘うのかも知れないと思えた・・この女の変わりようを見続けたいと。
 そんな事を考えながら中村の視界から“夕凪”の姿が完全に消えた時、司会の男がニヤニャ笑いながら客席に声をかけた。


 「皆様・・・次に登場するのはあの奥様です。今日初めてこの劇場に来られたお客様は、この奥様のショーが今日でまだ3回目と言う事を知ったらとても驚くと思いますよ・・・さあ、どの奥様でしょうか?・・・皆様が今頭に浮かべた奥様の中の一人です・・・そうです、もうおわかりですね・・続きましては“夕霧(ゆうぎり)”さんの登場です。


 (みゆき・・・)