小説本文



 
 たけしの調子は最悪だった。
 精神的な部分が仕事にも悪い影響を与えていた。
 みゆきのタンスの中に卑猥な下着を発見してから、妻に対する疑念が日に日に大きくなっている。
 夜の誘いは全て断られるようになり、家事も手抜きが目に付くようになっていた。


 仕事を休んで妻を尾行しようか、興信所を使って妻を調べようか、そんな事を考えながらも実行に移す踏ん切りがつかなかったのは、夕月(ゆうづき)や夕華(ゆうか)といったあの女たちの事を気にしている自分がいる事と、貞淑なはずの妻に淫乱女の匂いを嗅いでみたいという願望が膨(ふく)れ始めていたからだった。


仕事の休憩中に携帯がなった。
番号は神崎からのものだった。
『中村さんですか、遅くなりましたが “欲望の劇場”へのお誘いでお電話差し上げました』
「あっ、神崎さんですか・・こんにちは」


『中村さん、何だか元気がありませんね』
「えっ、ええ、わかりますか?仕事も家庭もいろいろありまして」


『ほう、家庭でもですか?それはいけませんね。そんな時は当劇場のショーを見てリフレッシュして下さい』
「そっ そうですね、ありがとうございます」
神崎との会話はしばらく続きショーの日程を確認して切れた。


その日は中村は一日仕事を休むことにした。
上司も最近の様子からゆっくり休めと言ってくれた。


何日ぶりになるのだろうか、中村はいつかのビルの前に来ていた。
このビルの中でこれからあの奥様たちが己の欲望だけのために痴態を演じるのだ。
そう思うと中村の心の中に20代の時の様なワクワク、そしてドキドキした感情が沸いてきた。


4階の事務所を訪れた中村に、神崎は椅子を勧めた。
「お久しぶりです、中村さん。今日は仕事や家庭の事を忘れて楽しんでいって下さいよ。中村さんにはVIPルームを用意してますからね」


久しぶりに会った神崎は、あの日と同じように落ちついて、そして丁寧に語りかけた。
しかし、その目の奥に獰猛(どうもう)な光を放っている事を中村は知っていた。


「今日はお招き頂きありがとうございます。実はあれ以来ずっと待ち焦がれていたんですよ」


「はは、そうですか、それはそれは。今日はあの時以上のショーが見れると思いますよ。電話でも言いましたが今日は一人の奥様がデビューします。この方も夕月や夕華と同じで普段は貞淑でお淑やかな奥様なんですよ。そんな奥様が変わっていく様を楽しんでください。この奥様の日常をご覧になってたら、本当はもっと興奮できるんですけどね・・・」
「・・・・・・」
「まあ、初めての舞台ですから何が起こるかわかりません。当劇場は本物の奥様の本物のライブショーが謳(うた)い文句です。何かハプニングが起きるかも・・これも楽しみの一つです」


中村は神崎と開演時間まで話をして、そして神崎にVIPルームに案内された。
その部屋は4畳半くらいの大きさで、ベットがありそのベットに腰をかけるとちょうど目の前に大きな窓がある。
これが外から見れば鏡になっているマジックミラーだ。
そこを覗くと舞台と観客席を見下ろす事が出来る。
客席は全て仮面を着けた男たちで満員だった。


「中村さん、今日この部屋を使うのは中村さん一人です。部屋の中では素顔で結構です。ただし部屋から出る時はこの仮面を着けてください」
「はい、わかりました」
「冷蔵庫の中の飲み物はご自由にお飲み下さい。」
「はい、ありがとうございます」
「では、また後ほど参ります・・・」
そう言って神崎は部屋を出て行った。
一人残った中村はベットに腰をかけ、これから起こる何かに期待して大きく伸びをした。


事務所に戻った神崎はスタッフに声をかけた。
「中村の部屋のモニターは大丈夫か?へへへ、しっかり中村の様子もビデオに撮らせてもらうか。ハプニングは何処で起こるかわからんからな。」


しばらくすると照明が落ち、一気に客席に緊張が走る。そしてミラーボールが回り始め、仮面の男がゆっくり現れた。