小説本文



 田中がほんのり顔の赤くなった中村と、山本を前に真剣な眼差しになっていた。
 「我々や奥様方にとって一番まずいのは素性が世間にばれる事ですよね。警察が動けば必ずマスコミにも情報が流れますからね」


 「そ そうですよね。マスコミが来たら大変な事になりますよね」
 「ええ、中村さん。そこで私は警察があの劇場に捜査に入る前に、奥様方に関する資料を奪おうと思うんです」


 「え! そんな事できるんですか」
 「はい、私に考えがあります。やらないとみゆきさんも裕子さんも、それに真由美だって世間から後ろ指を指される可能性が出てきますからね・・・それに子供達だって」


 「・・・・・・・・」
 田中の言葉に中村と山本の顔が更に強張った。


 「・・しかし どうやって・・」
 「山本さん、実は真由美が今日の昼間、次の舞台の打合せにあの劇場に行ってるんです。それでビルの非常階段に面したトイレの窓の鍵を一箇所開けてきてるんですよ・・当然私が支持したんですけどね・・」
 山本の心細そうな声に田中が答えていた。


 「じゃあ、田中さんはそこから忍び込んで、資料を持って来ようと考えてるんですか」
 「はい、そうです。女性に関する資料を全て破棄できれば、何とかなると思うんです・・・でも、忍び込むのは私だけじゃないですよ・・私達です」


 「!」
 「ふふ 丁度酔いも回ってきていい頃じゃないですか?酒の勢いで・・・・さあ行きましょう・・資料を回収に 」


 「え! 今からですか」
 「はい」
 2人の驚いた様子に田中の瞳が微笑んだ。


 それから数時間後、3人は劇場の入ったビルを通りを渡った公園から眺めていた。
 中村と山本の表情には、すでに酔いの後は見られなかった。


 「電気も消えてるし、さすがにこの時間は誰もいないでしょう・・・さあ 行きましょう」
 田中の落ち着いた声に、中村と山本が緊張気味に頷いた。


 ビルの下に着くと緊張気味の2人に、田中が振り返り小声で囁(ささや)いた。
 「大丈夫ですよ、私のキャリアを信用して下さい。打合せどおり最初は二人で見張りをしてくれていればいいですからね。中に入ったら携帯を鳴らしますから、今のうちにマナーモードにしておいてください」
 中村と山本は田中の言葉を聞きながら、この時ほど田中が元刑事である事を頼もしく思う事はなかった。


 田中がビルの裏口の方に回ると、中村と山本は決められた場所へと移動した。
 もし、今ここに神崎やその仲間達が来たらなんて言えば良いのか・・・、中村は携帯を握り締めながら、早くそれが震えてくれないか・・・・その事を願い続けた。
 田中の姿が消えてからどれくらいの時間が経っただろうか、暗がりの中、中村の右手に握られていた携帯が震え始めた。


 『中村さん、中に入りましたよ。非常階段の方から3階に上がってきて下さい・・エレベーターは使わないで』
 中村は小走りに場所を移動し、山本の姿を見つけるとお互いは黙って頷いた。


 それから数時間後であろうか、3人の乗るワゴン車の荷台には大きな段ボール箱が置かれていた。
 エンジン音が響きライトが点灯すると、車は一気に暗闇の中へと走り出した。




 それから2日後・・・。
 その日の朝刊に“恐喝”  “主婦売春”の文字が小さく載っていた。
 記事には神崎が恐喝を働いていたという内容と、この男が主婦を集め管理売春を行なっていたと言う事が書かれたいた。


 中村は当然この記事に関する世間の反応を気にした。
 いくつかのテレビ局では早くも“主婦売春の実態”について取り上げ始めていた。
 また、インターネットではある事無い事の書き込みが、注目を集めようとしていた。


 ワイドショーのニュースなどは一時(いっとき)の事と考えようとしながらも、それから数日間は胸に石を抱え込んだような毎日が過ぎていった。
 あの日からみゆきの表情は暗く沈んでいた。
 中村の元には毎日、田中と山本から電話があった。
 それぞれの妻達の耳にも“神崎 逮捕”のニュースは伝わっていた。
 裕子と真由美は事の経緯(いきさつ)と善後策をそれぞれの夫からの話で理解していたが、みゆき一人だけが不安な日々を過ごしていた。
 裕子と真由美は、何も知らないみゆきの事を心配していた。


 ここ数日、みゆきは最低限の家事仕事をするだけで、大半の時間を寝室に篭(こも)って過ごしていた。
 昨日の裕子からのお茶の誘いも断っていた。


 この夜もたけしは最近の日課となった寝酒を飲み終わると、ゆっくり階段を上がり、みゆきが寝ているベットへと滑り込んだ。
 そしてみゆきの寝息を耳元に感じると直ぐに睡魔が襲ってきた。




 たけしはさ迷い歩き続けていた。
 霧の立ち込めた森を奥へと進み、重い足取りでたどり着いたそこには古い洋館が建っていた。
 自分の背丈の倍以上ある黒い扉が独りでに開き、吸い込まれるようにその中へと導かれていった。
 目の前に広がる暗い大空間、吹き抜けの天井から吊るされている大きなシャンデリアは光を失い、小さないくつかの小窓から差し込まれる月明かりだけがその大広間を微かに照らし続けていた。


 大広間には中世の騎士の鎧(よろい)達が周りを囲むように立っている。
 その鎧達の間には蝶を模(かたど)った妖しい仮面を被(かぶ)った裸の女達の人形が立ち並んでいた。
 たけしは呼び寄せられるようにゆっくりその人形達に近づいた。


 仮面を着けた全裸の人形が腰に手をやりポーズをとっている・・・どこかぎこちない様子がその節目(ふしめ)がちな瞳から伺(うかが)えた。
 次ぎの人形は黒いハイヒールに白いネックレス、足を肩幅より拡げ、四股を踏むようにかるく腰を落とし、両手でうなじをかき上げていた・・・その仕草はどこか羞恥に耐えているようだ。
 たけしは“ゴクリと”唾を飲み込むとその人形達に見入ってしまった。


 いつの間にかたけしの顔にも妖しげな仮面が被せられていた。

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