小説本文



 私は長い長い妻の告白を聞き終えた。
 胸を締め付けるような思いにも、どこか空想の世界の出来事を聞かされた気持ちもあった。
 昔から心配性の私は自分に嫌な事が振り掛かると、現実逃避をして自分をどこか遠くの世界へ身をおこうとする癖があった。
 あのCDやDVDを見た時もそうだったように・・・。


 「かおり・・・ ほ 本当の話じゃないよな・・・・」
 涙で俯くかおりに私は声をかけた。


 「・・・・・・・」


 二人に再びの沈黙が訪れた時だった。
 立つすくむかおりの後ろで、続き間の扉が静かに開いた。
 そして 部屋の中から一人の男が現れた。
 

 (!・・・な 何で・・・・)


 そこには先程ホテルで会ったばっかりの森川の厳(いか)つい姿があった。
 「いや~ かおり・・あんまり話が長いんで眠くなっちまったな~」


 森川は大きく伸びをして目を擦り、そしてギロッと大きなその目で私を一睨みした。
 「へへ どうだ旦那さんよお これで俺の話が本当だったって事が分かっただろ・・」


 森川はかおりの髪を撫ぜながら私に勝ち誇った顔を向けていた。
 かおりは私から視線を外し、森川の胸の辺りに自分の額を付けるように俯いた。


 唖然とする私は目の前の二人の様子を見ながらも、まだ半信半疑だった。
 「か かおり・・・本当なのか・・・本当に・・その男と・・・」


 私の最後の言葉は声にならず、かおりは顔を横に向け、俯(うつむ)いたままだった。
 「旦那さんよお あんた本当に物分りが悪いと言うか諦めが悪いと言うか、どうしようもないね」
 (・・・・・・・・・)


 「まあ でもあんたが諦めの悪い男だって事は想定内だ。だから俺は先回りしてここに来たんだよ。あんたがホテルを飛び出した後 すぐに若いのに車を運転させてな」
 そう言って森川はホテルのガウン姿のままおどけた表情を見せた。
 

 「じゃあ そろそろ始めるか」
 (・・?・・)


 「物分りの悪い奴にはこれが一番利くんだよ」
 (・・?・・)


 「かおり 分かってるな」
 森川が俯くかおりの顎を掴み、それを軽く持ち上げた。
 顔を上げながらも目を瞑っているかおりに森川が自分の顔を近づけた。
 

 「よし 目を開けろ、そして俺の顔をしっかり見つめろ」
 森川の言葉にかおりは頷くと、その両目を見開いた。
 そして 森川は己のその長い舌でかおりの涙を一舐めした。


 次に森川は四本の指をかおりの額に付け、残った親指でかおりの鼻の頭を上へと押し上げた。
 私の目にはかおりの鼻が“豚鼻”のように広がる様子が映った。
 そして森川は私の方を向き直すとニヤッと笑い、長い舌を出した。


 私が見つめる中を森川がその長い舌をかおりの鼻の穴へねじ込んだ。
 そしてその行為を左右両方の穴で行なうと、一旦私の表情を確認して再びかおりの顔を覗き込んだ。


 「どうだ かおり、俺の臭い息は」
 「はああ ご ご主人様の・・・臭い 息・・うれしいです・・」

 (!・・・)


 再び驚く私の前で、今度は森川がかおりの後ろに回り、腰を屈(かが)めたかと思うとかおりの首筋に噛み付いた。
 かおりはその行為に口を半開きのまま宙を見つめ、しばらくして身体から力が抜けていくのが分かった。
 それは吸血鬼に血を吸われた者がそれに同化していくようだった。
 やがて森川の歯がかおりから離れると頭を撫ぜ、顔を自分の方に向けるとゆっくり唇を近づけた。


 私の目の前では妻のかおりが、男に唇を許していた。
 激しいキスは徐々に優しくなり、その行為にかおりが応えて行く様子がよく分かった。


 ただ黙って見つめるしかなかった私の前で二人の口と口が離れると、かおりの口から吐息が漏れた。
 それまでの緊張が解け、身を委(ゆだ)ねる準備が整ったようだった。


 「ふふ かおり 準備はOKか、・・・今日はスペシャルゲストがいるがいつも通りにな」
 森川の口から吐き出された言葉は、躾(しつ)けた動物が芸を披露するのに、その緊張を解くような優しい響きがあった。
 そして 森川のその言葉に、かおりは“はい”と小さな声で返事をしていた。