小説本文



この夜 風呂を出た私は寝室のベットで横になっていた。
 時間は11時を過ぎたところ・・・・妻のかおりが自治会の集会から帰って来たのはつい今しがただった。
 私が感じた “違和感”・・・それが何なのか?・・・・・それがわからないまま “しこり” になり、今日1日が終わろうとしていた。


 1階からは妻が浴びるシャワーの音が微(かす)かに聞えていた。
 私はベットを出ると1階へと降りて行った。
 冷蔵庫から飲料水を取り出しコップに注ぎ、胸のしこりを洗い流すように一気に飲み干した。
 コップを置くとキッチンとダイニングの間に立ち、リビングを眺めながら考えていた。


 (昼間 ここでみゆきの口から自治会の話しが出て・・・・)
 (たしか あの時 違和感を感じたんだよな・・・・)


 しばらくそこに立ちすくんでいると、浴室の方から妻が出てくる気配がした。
 バスタオルを巻いて姿を現した妻は、私の姿に一瞬ビックリした表情を見せたが、すぐに微笑むと近づいてきた・・・妻の手には携帯が握られていた。


  ! その瞬間 私が感じていた“違和感”の正体がわかった。
 携帯・・・妻はいつも携帯をこのリビングのテーブルの上に置いていた。
 掃除をしている時も、洗濯をしている時も、それに料理を作っている時だって・・・・いつも携帯はこのテーブルの上にあった・・・・。
 それが・・・。
 昼間 小酒井さんからのメールがきた時 携帯はエプロンのポケットにあった・・・・そして 今 かおりは脱衣所に携帯を持って行っていた・・・なぜ?。


 強張った顔をしていたであろう私にかおりが近づいてきた。
 そして私の首に手を回すと、小柄な妻は背伸びをして耳元で囁いた。
 「あなた・・私・・今夜もがんばります・・」


 それから寝室に戻った私は、妻にリードされるまま夕べと同じ行為を受けていた。
 しかし携帯の事が頭にある私は昨日ほどの快感を得ることが出来なかった。


 寝息をたてる妻の横で、私の感覚だけが研ぎ澄まされていた。
 (なぜ・・・浮気?・・不倫?・・)
 (・・考えすぎか・・花岡と小酒井さんの偶然が重なったから?・・)
 (妻に限って・・・これも妄想の仕業か?)


 私の頭の中で色んな言葉が渦巻き、ようやく眠りにつく事が出来たのは明け方近くだった。




 次の日の朝 眠い目を擦りながら起きた私は、軽い食事を終えると赴任先へ戻る準備にかかっていた。
 明日の仕事の事を考えれば昼過ぎには家を出て、2時ごろの新幹線には乗りたかった。


 妻がトイレに入った時 私は2階へ上がり、二人の子供の部屋をノックしていた。
 息子達を寝室に呼ぶと、父の不在中の心構えのような話しをした。
 しかし 私の本音は別の所にあった。


 「・・・ところで 母さんの様子はどうだ、父さんがいなくて寂しそうにしてないか」
 

 「そんな 寂しそうにはしてないよ・・」
 「うん。逆に結構忙しいみたい・・・パートもあるし、父さんが帰って来る前は週に何回かは集会に出かけて、帰りも夜遅かったよ」


 「そんな頻繁に集会があるのかよ・・」


 「うん 最近は行事の打ち合わせで忙しいって言ってた。・・それに電話も多いよな」
 「そうそう この間なんか トイレが長いと思ってたら、中で電話してたんだよ・・・」


 (・・・・・・)


 私が次ぎの言葉を捜している時 1階から妻の声がした。
 「あなた~ そろそろ出かけないと遅れますよお~」


 私は妻と二人で家を出て新幹線の駅へと向った。
 途中の妻との会話は何処と無くぎこちなかった。
 “疑惑” や “私の妄想” がなければ、妻の仕草も“私との別れが寂しい”からで納得がいったのだろうが・・・・。


 駅に着いた私は買っておいた切符と出発時間を確認すると、妻を喫茶店へ誘った。
 心の中に “疑惑を残したまま行ってよいのか” そんな思いがあったのだろう。


 二人の子供の事、留守中の注意、そんな話題が一段楽したところで、私はどう言う切り口で本題に入ろうか言葉に詰まっていた。
 「ところで・・」


 私の口からその言葉が出るのと同時に妻の口からも言葉が出ていた。
 「あなた・・・実は私 仕事を変えようかと思って」


 不意を突かれた私は自分の言葉を飲み込んだ。
 私の様子にかまう事無くかおりは喋り続けた。
 「・・・それで あなたの学生の時の友達の奥村さんの勧(すす)めもあって・・」
 「奥村! 何で奥村の名前が今 出るんだ?」


 「偶然 駅であって・・・それで 近況を話してたら、パートしないかって・・・ごめんなさい」
 「・・・何で今頃言うんだよ・・今のファミレスの仕事じゃ嫌なのかよ・・」
 知らずのうちに声が大きくなっていたのは、疑惑や妄想の解決の糸口がここに来ても見つかっていなかったからだろう。

 
 「ごめんなさい・・・あなたが疲れてる時に相談したら悪いかなって思ってたら言いそびれて・・・それで・・・」
 妻がそのまま言葉を続けようとした時、店の中に私が乗る列車の到着を告げるアナウンスが流れた。


 会話はそこで一旦途切れ、私達は慌ててホームへと向かった。
 新幹線の扉が開くと私はかおりの方に振り向いた。


 「今晩にでも電話するよ」
 「・・・ごめんなさい」
 そう言うとかおりは軽く頭を下げた。


 私の乗った新幹線が出発して、その姿が見えなくなると、かおりは携帯を手に取った。
 「・・・もしもし かおりです・・・はい・・・はい・・・主人はたった今電車に乗って行きました・・・はい・・・わかりました」


 かおりは携帯を切るとグッと唇を噛み締めた。