小説本文



私はかおりを見つめていた。
 しばらくして、絶望の淵に追いやられた私の口からは場違いな笑い声が聞こえてきた。


 「はっ はは・・・」
 (・・・・・)


 「か かおり・・・なっ 何だって?・・・・じゃあ お お前は奴隷なのか・・。えっ? あの 森川って言うヤクザの・・ど 奴隷なのか」
 (・・・・・)


 「・・・・・・・」
 「・・・・は  い・・」


 再び私の口から押し殺した鈍い笑い声が上がった。
 「ば ばかな・・・え?・・ど 奴隷なんて・・・今の 世の中にあると思ってるのか・・・ええっ?」
 「・・・・・わ 私は・・・森川様の・・・ど 奴隷です・・・・身も・・心も・・・さ 捧げた・・・ど 奴隷・・で・・す・・」

 
 「ふ・・・ふ・・・ふざけるなー・・・・ひ 人を・・馬鹿にするのも・・いい加減にしろー」
 私の怒鳴り声は目の前の妻に向けたのでしょうか、それともあの森川と言うヤクザに向けたのでしょうか。


 (・・・・・・・・・)
 (・・・・・・・・・)


 肩で息をする私を見つめ、かおりが口を開いた。
 「あなた・・・・・す・・全て・・・・・・・全てをお話します・・・どうか・・聞いてください」
 そして唇を一旦噛み締めると目の奥に強い光が現れた。


 「あれは・・・丁度 一年位前の事です・・・・」
 そしてかおりの口からは私を深い闇へ導く言葉が溢れ出した。




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 あれは今から丁度一年位前の事です。
 その日 パート先のファミレスに最近よく見かけるようになったお客様がお見えになりました。
 見た目は少し厳(いか)つく、強面(こわもて)なのですが料理をオーダーする時にニコッと微笑む感じがどこと無く遊びなれた中年紳士といった感じでした。
 たまたまその時間帯には他のお客様の姿はなく、また店長も所要で店を離れていて、ホールには私とそのお客様の二人きりでした。


 その方は数少ないカウンター席に座り、チョコレートパフェを注文されました。
 “こんな渋い人が一人で来られてチョコレートパフェを注文されるなんて・・” その時 私はこんな人もいるんだ程度に思いました。
 あっという間にそのパフェを平らげたその方は、私に話しかけてこられました。
 見た目と違う優しい喋り方と、その言葉の巧みさに私は一瞬のうちに会話の中へ溶け込んでいきました。


 話題の多さと、その合間に織り交ぜるジョークに私は仕事中なのを忘れて大きな口を開けて何度も笑ってしまいました。
 しばらく楽しい一時を過ごしましたが、来店のお客様が続き、私はその方の前を離れる事になりました。
 気が付いた時には、その方は伝票を持ってレジへと歩いていました。
 私は会計に立ち会いながら、仕事を労(ねぎら)う言葉を掛けてもらい、嬉しくなったのを覚えていました。


 その後もその方は何度もお店に来るようになりました。
 自然と会話も増え、その方が小さな会社の社長さんだと言う事が分かりました。
 どんな仕事なのかと訊(たず)ねましたが、“人材派遣みたいなものだよ” と言うだけで、何となく怪しい感じもしたのですが逆にその怪しい部分に女心が興味を持ったのかもしれません。


 ある時 その方は “立ち仕事は疲れるだろう”と バックから小瓶を取り出すと私の前に置き、それが疲労に効く中国の塗り薬だと説明してくれました。
 丁度 生理前で腰が張っていた私はその小瓶を遠慮なく頂きました。
 “今度あった時 効き目を教えて” そう言ってからその方は“僕は森川といいます”と挨拶をして店を後にしました。


 その小瓶には中国語で文字が書かれていて、私には読む事が出来なかったのですが、お客様が親切に勧めてくれた事を思い出して使ってみました。
 身体全体が火照り、暑くなるのと同時に腰の重みが消えていくような感じもして使ってよかったと思いました。
 でも 腰が軽くなるのと同時にお尻から足の付け根辺りが何だかムズムズしてきて、私は腿(もも)と腿を擦り合わせてしまいました。
 後で聞いたのですが、その薬の成分の中には媚薬が混ざってあったそうです。


 それから次にその方が店に来たのはいつだったでしょうか。
 私が注文を聞きに行くと “あの薬どうだった? よく効いたでしょ” と言ってニコッと微笑みました。
 私の目にはその方の心の声が “腰以外の所にも使ってみたの?・・ひょっとして”・・・そんな風に届きました。 
 私は一人遊びがばれた様な気がして俯いてしまいました。
 

 夫と二人の子供に囲まれた生活は幸せなものでしたが、長男が中学に入った頃から性生活はわずかなものとなりました。
 満たされない気持ちを表情に出す事はありませんでしたが、パート仲間の浮気話や男性社員さんの下ネタに嫌な顔を見せながらも私の心は好奇心で溢れかえっていました。
 また この店の短いスカートに注がれるお客様の目と、私の自慢の胸の膨らみを露骨に凝視する瞳に仕事中にも関わらず“アソコ”を何度濡らした事か分かりませんでした。


 ある日 仕事を終えて店の駐車場に出ると私の横に白い車が滑り込み、窓に森川さんの顔がありました。
 “さすが社長さんが乗る車は凄いは、主人とは違うは”・・・私はそんな事を頭に浮かべ森川さんに近づきました。
 森川さんは“え もう帰るの? せっかくかおりさんと話がしたくて急いで来たのに”・・・冗談だとしても女心がくすぐったくなりました。
 それから森川さんは私を食事に誘ってくれました。
 いつかの会話の中で私がパスタを好きな事を覚えてくれていたのです。
 あまりにもスマートな流れに私は少し警戒しましたが、最後は彼の強引さに車に乗ってしまいました。
 どこかで彼が持つ、“野生”に惹かれていたのかもしれません。


 “○○時にはちゃんと家に送り届けるから”・・・彼の言葉に私は悪戯っぽい視線を返しました。
 “私は人妻なんですからね”・・・そんな意味を彼は感じ取ったでしょうか?
 

 店はオープンしたばかりで混雑していましたが、彼が店長らしい方に一言二言声を掛けるとすぐに中へと案内されました。
 ここまで準備をしていた彼に当然下心もあったのではと警戒しましたが、食事を取りながら私を褒める彼の言葉にいつの間にか “私って まだ魅力があったんだ・・” と考えてしまいました。
 「うん かおりさんて魅力がいっぱいだよ・・・」
 「エッ !」
 私は心に思った事を瞬時にあてられビックリしてしまいました。


 「何て言うんだろう・・・熟女の魅力って言うのかな?・・・店での明るい感じと、それでいて時折見せる落ち着き・・・上品だし・・貞淑って言葉も似合う・・あと 家に帰れば良妻なんだろうね」
 「え そ そんな・・森川さん 褒めすぎですよ・・・」


 私は頬(ほお)が赤くなりながら身体がフワフワしてくる感じがしてきました。