小説本文



私はアパートの部屋で奥村と電話で話していた。
 私は奥村の近況を尋ね、奥村は私の一人暮らしの感想を聞いてきた。
 お互いの仕事の話で話題が一段落した時 何気なく聞いてみた。


 「ところでかおりと会ったんだって?」
 「おお そうだそうだ、いつだったかな・・・先週の夕方かな・・○○駅で」


 (また○○駅か・・)
 「・・・駅のどっち口だった」


 「北口だったな、あまり時間が無かったから15分くらい立ち話しをしただけだったけど・・・・子供に金が掛かる様になってきたから仕事を変えようかなって言ってたぞ」
 「そうなんだ」


 「あれっ お前かおりちゃんから聞いてないのかよ?」
 「そう言えば 何か言ってたような気がしたな・・・」


 「ああ それで良かったら 知り合いの会社が可愛くて、愛想のいい女性を捜してるから、もしその気があったら連絡くれって言っておいた。ファミレスの時給なんかよりも金額は良いと思うぞ」
 「そうか サンキュー、でも “可愛くて”って言うのは余計かもな ははは」
 笑いながら私は、奥村に電話をして良かったと心の底から思っていた。


 その後は取り留めのない話をして、互いの健康を祈ったところで電話を置いた。
 (良かった。そうさ かおりに限って・・・今からかおりの声を聞けばもう大丈夫だ)


 私は立ち上がったパソコンの画面から無意識のうちにメールBOXをクリックしながら、かおりの携帯の番号を押していた。
 しかし 携帯は何度かけても留守電になるだけで、私は思い直したように家の番号にかけ直してみた。
 私は電話のコール音を聞きながら、メールを一つずつチェックしていた。


 (あれ? ・・・家も留守。・・・まあ良いか、また向こうからかかってくるだろう)
 その時 一通のメールが目に留まった。


 件名は“K”。
 本文は一言だけ 《郵便物は見ていただけましたか》

 
 私はフリーメールのアドレスから送られて来たその文字をしばらく見つめていた。
 (K・・・?  何だ、どういう意味だ、・・・・名前か・・・)


 私は、思い出したように無造作にテーブルの上に置いた郵便物を手に取った。
 ビザ屋、宅配すし、マンションのチラシ・・・・そして1番下にA4サイズの茶封筒があった。


 (近藤ゆうじ様・・・・裏は・・・)
 (差出人は・・・K)


 いつの間にか外の雨は激しくなり、窓から差し込む光も無く、その暗さが一人暮らしの心細さに拍車をかけるようだった。
 私は薄いその封筒をゆっくり開けてみた。
 中からは1枚のCDーROM、それとA4のコピー用紙1枚だけが出てきた。
 白いコピー用紙の真ん中辺りに、わずか1行だけの文があった。

 
 ~一人寝の貴方に~  『昔は普通の主婦でした』


 (何だこれは・・)
 (エロビデオのカタログか・・)


 私はその何とも言えないタイトルの意味を考えながら、CDをパソコンにセットした。
 CDを読み上げる音が響き、やがて画面が現れた。


 (写真・・・だけ・・)
 そこにはわずか30枚程度の写真がある事がわかった。
 私は落ちついて最初の1枚をクリックした。


 現れた物・・・・それは拍子抜けする程、ごく普通の風景の写真だった。
 どこかのビル街だろうか・・・オフィスビルに雑居ビル、信号に車、そして幾人かの歩いている人たち。


 (ん!・・)
 しかし 直ぐにその変哲の無い写真の意味に気が付いた。
 写真の中央部、かなり遠く離れた所に立っている一人の人物にスポットを当てているのがわかった。
 私はわずか数センチのその部分をズームした。
 目の前に広がったぼやけた画像からは、顔や雰囲気は分からないが、その人物がスカートを穿いている事だけがわかった。


 私は次の写真をクリックした。
 それから数枚は、違う場所でその女性を遠くから撮った物が続いた。
 何枚目かの写真にようやく被写体をはっきり確認できる物があった。
 しかし それは女性の首から下の後ろ姿を写した物で、春物のライトピンクのセーターにチャコールグレーのプリーツスカートが似合っていた。


 私は写真の女性の腰と尻をじっと見ていた。
 (・・・似ている)


 また妄想が始まってしまったのだろうか、首下から足首までしか写っていないその女性に妻のかおりをダブらせていた。
 (・・・でも かおりはこんな洋服は持っていなかったはずだし・・)
 (せめて髪型と靴が分かれば・・・)


 私は逸(はや)る気持ちで次の写真をクリックした。
 いつの間にか私の心は画面にのめり込んでいた。