小説本文



 小酒井は改めて私の表情を確認するとニヤッと笑いながら口を開いた。
 「近藤さん 私は昔 女房と子供に逃げられましてね、それ以来女っ気が無かったんですよ」
 (・・・・)


 「それで数年前から実は風俗に嵌(はま)ってましてね。中でも私の好みは“熟女”だったんです」
 (・・・・)


 「近藤さん知ってますか。今は何処にでもいそうな普通の奥様がたくさん働いているんですよ」
 (・・・・)


 「それでどの位前でしたっけね、○○駅の南口で、その日 どこの風俗(みせ)で遊ぼうか考えながらうろついてましたらね、奥様に似た女(ひと)を見掛けたんですよ」


 小酒井はいつの間にか自分の世界に入り込み嬉しそうに話し続けた。
 「時間は何時ぐらいだったかな・・・私も酒が入ってましてね。でも、その女(ひと)を見た時 一気に酔いが冷めていきましたよ。だって近藤さんの奥さん似てたんですから・・・」


 私はいつの間にか目の前の細身の男が、怪談話を聞かせるような錯覚に陥っていたのかも知れない。
 そんな怖い物見たさの心理が、ますます私を話の中に引き込んでいった。


 「そ それで・・・」
 「へへ でもその女性は男連れだったんですよ。凄くガタイの良い・・いやどっちかと言うとデブですね・・見た目100kgくらいありそうな男でしたよ」


 「ウッ・・・・」
 「二人は夫婦には見えないし、恋人同士にも見えない。だからと言って不倫のカップルって感じでもない・・・私の目にはそれが風俗嬢と客に見えたんですよ」


 「ウグッ・・グググ・・・」
 「でも、その二人は駅の方へ歩き始め、その後を追いかけると二人は改札口の前で別れたんですよ」


 「・・・・」
 「それで私はいけないと思いながら後を尾(つ)けたんです・・・女の方をね」


 「そ それで・・・」
 「へへ それで女は北口の方に行き、階段を下りて行った時、私は思い切ってその女の肩を叩いてみたんです」


 「・・それで・・・」
 「ふふふ それで女が振り向こうとした時ですよ・・・」


 「・・・・・」
 「・・私の肩が後ろから誰かに叩かれたんです」


 ( ? )
 「女の顔が半分くらい振り返った時でしたよ。物凄い力で私は後ろを振り向かされてたんです」


 「だ 誰だったんです? その巨漢の男ですか?」


 そこで小酒井は一旦言葉を切ると目を瞑(つむ)り黙って首を横に振った。
 「・・・あの方がいたんです」
 「あの方?・・・知り合いだったんですか」」


 「いいえ 見た事もない人でした・・・それ以上に本来なら誰も遭遇したくない人種の人でしたよ」
 (・・・・893?)


 「ふふ 今近藤さんが想像したとおりの人ですよ」
 「何で・・・そんな所で・・・それに“その人”がなぜ“あの方”になるんですか」


 小酒井は私のその質問に構う事無く喋り続けている。
 「私はその人に睨まれ身動きが出来ませんでしたよ・・・そして心の中でこの女の後を尾(つ)けた事を後悔してましたよ」
 「・・・・・・」


 「でも、その人が私に面白い事を言ったんです」
 「?・・・・何ですか・・・何と言ったんですか」


 「“この女の所有者は俺だ”・・・“でもこの女は修行中だ”・・・“お前 あまり女に縁の無そうな顔をしてるな”・・・“お前みたいに屈折した欲望を持ってそうな奴が一番良いんだ”・・」 

 
 (・・・・所有者 ・・・欲望)


 「そ それで小酒井さんはどうなったんですか」
 「その後 その人に言われて着いて行きましたよ・・・・その時 女はずっと背中を向けて俯いていました。私はそれからその人の命令・・・いや 依頼でしばらくその女のレッスンの相手をさせてもらう事になりました・・・」


 「・・・・・」
 「ちなみに私のような男がもう一人いましたね。さっき言った巨漢の男です」


 「・・・その男と・・・その女って・・・」
 私はその時 急に眩暈(めまい)がしてきた。
 そんな私の様子など気にする事無く、小酒井は喋り続けた。


 「それとその後 もう一人仲間が増えました」
 「な 仲間?」


 「はい その女のレッスンの相手をする仲間ですよ・・」
 目が眩(くら)んだ私は小酒井の話を聞きながら今度は吐き気をもよおした。


 「どうしました近藤さん 顔が青白いですよ」
 「・・・・」


 「・・・もうこの話は止めますか? せっかくそのレッスンについてもお話ししようと思っていたのに」


 吐き気がこみ上げてきた私は小酒井の家を飛び出していた。
 その後の事は私はあまりよく覚えていなかった。
 何処をどう歩いたのか・・・。
 気づいた時には、何度か行った事のある小さな公園のベンチに腰を降ろしていた。

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