小説本文



私は本社を離れると駅に行き、次の目的地に向かうため電車に揺られていた。
 懐かしい景色が通り過ぎながらも、私の心は怒りに満ち溢れていた。
 やり場の無い“怒り”とは、こういう事を言うのだろうか。


 先日の奥村・・。
 今日の花岡・・。
 突然豹変した二人の友人・・。


 (あいつらに“何か”あったのか・・・)
 (いや “何が”あったんだ・・・)
 (二人そろって“欲望”の為に生きるだと・・・)
 (それと花岡が言ったあの言葉・・・・凄いかおりとは)

 
 そんな事を考えていた私の耳にアナウンスが聞こえてきた。
 電車が自宅の最寄り駅へ到着した。


 何日ぶりだろうか、久し振りの帰宅に心躍ったあの時とは違う、暗く重い気持ちで私は改札口を抜けていた。
 自宅の方向へと足を向け、途中の大通りを渡ると大きな四つ角を曲がった。
 そこから3軒目が次の目的地・・・小酒井栄治の自宅兼店のある場所のはずだった。


 昔からその場所で雑貨屋を営む痩せ気味で大人しい男。
 その男の裏の顔が“K”なのか。
 商売が上手くいってないと聞いていたその店は案の定シャッターが下りていた。
 私はそのシャッターの横にある自宅のインターホンを迷う事無く押していた。


 中から直ぐにあの陰気な声で返事が帰ってきた。
 (そんな声だから商売が上がったりなんだよ・・・)


 心の中でそんな事を考えていた私の前に、小酒井が姿を現した。
 「近藤さんのご主人ですね・・・・」
 「・・・・・・」


 一瞬 二人の間に気まずい空気が流れたが、私の口からは自然と言葉が溢れ出た。
 「小酒井さん 急で申し訳ないのですが聞きたい事があります。出来れば中で・・・」
 「はい どうぞ、お待ちしていました」


 「えっ」
 “お待ちしていました” と言う意外な返事に私は驚いたが、それとは反対に小酒井の目は嬉しそうに微笑んでいた。


 「どうされました、さあ 入ってください」
 「あっ はい・・」
 気勢を制された格好の私は、振り返った小酒井を追いかけるように家の中へと入っていった。


 玄関で靴を脱ぐと、咄嗟にそこに女性物の履物がないか、さり気なく注意をはらった。
 ひょっとして ここにかおりがいるかもしれない・・・そういう可能性も考えていたからだ。


 居間に入った私は、小酒井に勧められソファーに腰を降ろした。
 私の前に腰を降ろした小酒井は、どことなく堂々としているようだった。
 私は小酒井の目をまっすぐ見据えると口を開いた。

 
 「小酒井さん 聞きたい事があります」
 「・・・・・・・・」


 「最近 妻のかおりを見かけましたか」
 「・・・・いいえ」


 「本当ですか、確か小酒井さんも妻も自治会の役員だと聞いてますが」
 「いいえ 私は確かに自治会の役員をやらせてもらってますが、奥様は知りませんよ・・・役員ではありませんよ」


 「えっ うそだ」
 「・・・うそじゃありませんよ、面白い事を言いますね・・・・私は2年続けて役員をやってますが、奥様は1度も役員にはなってませんよ」


 「そんな・・・」
 「話はそれだけですか」


 「いえ・・・あの・・・」
 先程の花岡の事で怒りのマグマが湧きあがっていた私は、そのままの勢いでここまで来たが、その熱も一気に冷めてしまいそうな気配だった。
 そんな私に小酒井は、落ち着いた声を向けてきた。


 「近藤さん 何だか悩み事がおありのようですね、それは奥様の事ですか」
 「えっ まあ・・・」


 「ふふふ ひょっとして奥様が私と浮気でもしてると思ったんですか」
 「・・・・・」


 「私はご覧の通りうだつの上がらない中年おやじですよ、こんな私に奥様のような貞淑な人妻が気を寄せる事なんて考えられますか」
 「・・・・・」


 私は小酒井の言葉を黙って聞くしかなかった。
 そんな私をいたぶるような目つきで小酒井はしゃべり続けた。


 「近藤さん ただ奥様の事で思い当たる事があるのですが・・・お聞きになりますか・・・どうします?」
 「そ それはいつかの夜に私と駅の近くで会った時に言われた事ですか」


 「ふふ そうですね “○○駅の南口で奥様によくにた女(ひと)を見かけた”・・・と言う話でしたよね」
 「ええ・・・」


 「ふふふ・・・」
 私は小酒井の怪しい瞳に吸い込まれようとしていた。

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