小説本文



拳を握り締めた私の前で、男はお構いなしに話し続けた。

 「俺は何ヶ月も通ったよ、そのファミレスに。最初は軽く声を掛けたんだよ・・でも愛想笑いしてくれるだけでな・・」
 男の口調はまるで懐かしい“馴れ初め話し”でもするかのようだ。


 「俺はいつも昼時の混雑時を外していくんだよ。朝一番だったり、3時頃だったり・・・その内 かおりのシフトもわかってきてな・・」
 (・・・・・)


 「へへ それである時 カウンター席で1時間くらい話す事が出来たんだよ。客もいなくて、店長らしい奴も誰もいなくて・・・」
 (・・・・)


 「“会社の社長さんですか~”・・なんて可愛いらしい顔で聞いてきてな、笑うと方笑窪(かたえくぼ)が出来るんだよな。それで俺も色々アピールしたよ、わずかな時間でも俺達は話題は豊富だし、人身掌握術はお手の物だしな」
 (・・・・)


 「それから数回カウンター越しのデートを重ねてな・・かおりの愚痴を導き出してやってな・・・。あんたも飲み屋のねーちゃんの一人や二人口説いた事があるならわかるだろ・・・」
 (クッ・・・・・・)


 「その頃からだな俺を常連さんとして認識してくれたのは。ああ言うウエイトレスって重労働で結構腰にくるだろ・・重くなって 痛くなって、生理の前なんか特にそうなんだ・・だからある時かおりにプレゼントをしたよ、中国から取り寄せた腰に効く塗り薬を」


 私はただ黙って目の前の男の話を聞いているだけだった。


 「ふふ その頃には、俺はかおりの中に秘めた願望のある事に気づいていてな・・・願望と言うより欲望だな・・・この奥さん 自分でも気づいてないが満たされていない・・なんてな」
 (・・・・・・・・)


 「どうだい あんたもかおりの事を放ったらかしにしてなかったかい?・・・女は“華”だぜ・・水をあげないと干からびるんだぜ・・・へへへ」
 “ゴク”・・・私は唾を飲み込んだ。
 男の言葉が見事に的を得ていたからだった。


 「へへ 図星だったかな・・・。それで ある時誘ったんだよ・・かおりが仕事を終えて駐車場に出てくるのを待っていてな・・・」
 (・・・・)


 「世の中には色んなタイプの奥さんがいてな。それに合わせて俺達は色んな作戦を考えるんだよ・・・プレゼントから入る事もあれば、焦(じ)らす事もある。・・・かおりの場合はストレートに“これから少しお茶を飲もう”って誘ったな・・・」


 かおりが落とされていく過程を聞かされながら、私自身が死刑台の階段を上っていくような気分になっていた。


 「へへ 何だか顔が青白くなってきてないかい・・・・」
 男は私を覗きこみながらも、そんな事はお構いなしに話を続けていった。


 「かおりは流石に直ぐには俺の車に乗らなかったよ・・・ただ そうじゃないと俺も面白くないんだけどな」
 (・・・・・・・)


 「それでも最後は多少強引にいかせてもらったよ・・・かおりはパスタが好きだろ、だから あるイタリアンの店の名前を出して“新しい良い店ができた”  “○時までには送るから”・・なんて言ったら 最後は“ちょっと位なら”って俺の車に自分から乗りこんできたぜ」
 私の頭に赴任先で見たこの男の白いメルセデスが浮かび、再び拳を握り直した。


 「へへへ それで その後の事はわかるよな、いい大人なんだから」
 「そ それで・・・」


 「んん それで? 聞きたいのかい? 俺に言わせたいのかい?」
 「・・・・・・・・・」
 私は目をまっすぐ向けながらも口を開く事が出来なかった。


 「・・・・どうしたんだい 黙りこんで・・・。ふふふ まあその後は俺とかおりは大人の仲だよ、その辺りの細かい所は“野暮”な事だよな・・ははは」
 私はこの男が初めて高笑いするのを黙って見続けるだけだった。


 しばらくして笑いの収まった男が再び私の顔を覗き込んだ。
 「んん まだ他に何か聞きたそうな顔だな、せっかくここまで来たんだから何でも答えてやるぜ、ほら 聞いてみな」


 私はカラカラに渇いた喉(のど)に唾を流し込むと、重く閉ざされた唇を何とか開いた
 「か かおりはあんたと一緒にいるのか・・・。なぜ 俺に写真やビデオを送った。かおりをこれからどうするつもりなんだ・・・まさかAVに・・。そ それと花岡、奥村・・小酒井・・なんであいつらが出てくるんだ。・・・・そ それと・・あ あんたは一体何者なんだ・・・“K”と呼ばれてるのか」


 男の目が再び氷のような冷たさに戻り、しばらく私を見つめていた。
 そしてゆっくり口を開いた。


[ふふふ 何だか質問の順番がバラバラだな。まあいい せっかくだから質問に答えてやる。俺の名前は “森川正明” モリカワコーポレーションの社長だ、表向はな。裏はあんたが想像したとおりだ」
 (・・・893・・・)


 「あの写真やビデオをあんたに送ったのは俺じゃない。送ったのはかおり自身だ。“K”はかおりのKだ」
 「! な 何だって・・・Kは か お り・・・なぜ俺に・・・」


 「・・そう言う事だ」
 「なんで かおりが俺に・・・」


 「ふふふ かおりはあのビデオを旦那に見せる事によって夫婦の関係を終わらせようとしていたんだよ・・・あんたに自分の事を諦めさせようとしているんだよ」
 「う  うそ・・だ・・・」


 「・・それであのビデオや写真撮影に協力したのが奥村たちだ。あんたもビデオは全て見たんだろ、思った以上に良くやってくれたよ。あんたの知り合いは変態ばっかりだな・・まあ それも相手がかおりだったからだけどな。あいつら皆 昔からかおりに憧れてたんだ、その憧れがいつしか黒い欲望に変っていったんだよ・・へへへ」
 森川は私の顔を覗き込むように喋り続けた。


 「かおりと“いい関係”になってから半年近く経った時だったかな、そろそろかおりをどの世界でデビューさせようかなって考えていてな、修行として手始めに“売り”をやらせたんだよ」
 (グッ・・・)


 「○○駅の南口に組(うち)がやってるラブホがあってな、そこで客を取らせたんだよ。かおりは最初抵抗したが、もう完全に俺の女になってたから、最後はちゃんと頷(うなず)いてたよ・・・」
 (ググッ・・・)


 「ただな この時 面白い事が起きたんだよ・・・へへへへ」
 森川が私の前で悪魔のような笑いを見せた。
 この煌(きら)びやかなスイートルームがいつの間にか“淫欲の闇”へと変り、そこに足を踏み入れた私はその闇の奥へと引き釣り込こまれる様な感覚を味わっていた。


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