小説本文



私は携帯を取り出すと、その画面をしばらく見つめ、勇気を持ってかおりの番号にかけてみた。
 (・・・・・・・・・)

 
 「留守電か・・・・」
 私の中に今日の妻の電話での言葉が蘇(よみがえ)ってきた。
 『・・・・あなた これからも身体気をつけて・・』
 (まさか あれが最後の電話のつもりだったのか・・・)

 
 私はもう一度携帯を手に取った。
 奥村一博・・・・あいつなら最近のかおりの仕事の様子をしってるはずだ。
 でも・・・。
 迷った末 私は先に自宅に電話を入れてみた。
 ひょっとしたらそこに妻のかおりがいるのでは・・・・・。


 (・・・・・・・・・・)
 コール音がしばらく私の耳に聞こえていた。


 その時。
 『はい もしもし』


 電話口から聞こえてきたのは、長男のあつしの声だった。
 「もしもし 父さんだけど・・」
 『あ 父さんか どうしたの・・』


 「ん ちょっとな・・どうだ元気でやってるか・・・たくみはどうだ?」
 私は平静を装いながら聞いてみた。
 明るく返事を返す子供の様子に安心した私は、タイミングを見計らって切り出した。


 「・・・それで母さんはいるかな」
 『あれ?・・・父さん聞いてないの、母さんしばらく出張なんでしょ』


 “えっ!”・・予期せぬ息子の返事に、私は何とか言葉を飲み込んだ。
 「あ そうだ そうだ、そう言えばそうだったな・・」
 一瞬のうちに額に脂汗が湧き出し、私は手でそれを拭(ぬぐ)おうとした。


 『本当に 母さんには困るよね、行き成りだもんな・・・それも1週間以上だなんて・・・』
 「・・・それで お前たちは・・」


 『え、だから今おじいちゃんの所へ行く準備をしてるとこだよ・・・』
 「そ そうだったな・・・後で父さんからもおじいちゃんに電話をしておかないとな・・」


 『それと母さんにもね、それなりの土産じゃないと納得しないって・・・・それから小遣いも上げろって言っといてよ』
 私は比較的元気な子供の様子に救われた気持ちになって、しばらくして電話を切った。
 二人の子供の年齢を考えれば一時の親の不在など逆に嬉しいのかもしれないが、それでも1週間以上となると・・・。


 電話を切った私は直ぐに実家の両親に連絡を入れ、妻の出張の説明と子供のお願いをした。
 多少の小言と孫としばらく過ごせる事への喜びの声に私の心は複雑な気持ちになっていた。


 それにしてもかおりが出張なんて・・・・。
 間違いなくそれは“嘘”なのだろうが・・・・。
 やはり“K”と一緒なのか・・・。


 私は再び携帯を手に取り、今度は奥村に電話をいれてみた。
 かおりが嘘の出張をしたとなると、奥村にも迷惑が掛かってしまう・・私はコール音を聞きながらそんな事を考えていた。
 奥村には何と説明しようか・・・・病気、身内の不幸、他には・・・。
 その時 耳元に明るい声が聞こえてきた。
 『はいはい 奥村だよ~』


 私は簡単な挨拶を済ますと直ぐに本題へ入った。
 「奥村 それで実はかおりの事なんだけど・・・」
 『ん・・かおりちゃん、あれだろ・・出張だろ・・』


 (えっ!)
 想定外の返答に、私は一瞬言葉が詰まってしまった。
 

 (本当だったのか?・・・出張は・・)
 『あそこの社長は“いい人”だけど好みにうるさいんだよね・・・、でも気に入られたらいろいろ良くしてくれるんだよ。かおりちゃんは気に入られたんだな・・・でも前から知ってたりして』


 「え 何だって? 最後の方は何て言った・・・よく聞こえなかったんだけど・・」
 『ん・・大した事じゃないよ・・』


 (・・・・・・・)
 私はなぜだかこの日の奥村の様子に不安を覚え出した。
 言葉使いの中に、どことなく小さなトゲのあるような響きを感じたのだ。


 「奥村・・・・お前・・何か俺に隠してないか・・・」
 『ん・・・別に・・・』


 「・・・・そうか・・・それで かおりの勤めた会社なんだけど、人材派遣って言ってたよな、名前は何て言うんだ」
 『・・・ん~名前?・・・何て言ったっけな~』


 「・・・お前の取引先だろ・・・しっかりしろよ」
 『・・・・・・・』


 「・・・・おい 何て言うんだよ」
 『・・・・・うるせぇ』


 「えっ」
 『・・・うるせぇー って言ったんだよ・・・』


 (・・・・・・・・)
 『・・お前 お前って うるせぇんだよ・・』


 「奥村・・・・・」
 私は親友の豹変振りに携帯を握ったまま言葉を失っていた。


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