小説本文




  私の視線の先、一人の女性が司会の男…由紀子さんのご主人のYさんの元へと歩いて行く。
 その女性は、他の女性達と同じような形に結かれた髪型。ベネチアンマスクも似たような物で、ドレスや体型は珠美さんに似てる気がする。
 司会のYさんに誘導されて、女性は舞台となるベッドの前で、こちらを向いて畏まった。そこに別の男が椅子を2脚持って来て、向かい合う形にセッティングした。
 続けてそこに、衝立てのような物が運ばれて来た。そしてそれは、女性を隠すように立てられた。
 衝立てはパーテーションのような物に観えるが、材質は薄い紙で出来ているのか、向こう側に女性のシルエットが透けて見える。
 Yさんが何処かに合図を送った。かと思うと、こちら側の照明が暗く、舞台側の照明が明るくなった。衝立ての向こう、椅子に座った女性のシルエットがクッキリとした影絵となって、浮かび上がった。


 「マイクもお願いします」Yさんの声が、落ち着いて聞こえる。「では、本日のメインイベントの一つに移りたいと思います」
 その言葉に、フロアが緊張に包まれた。何人かの人達が舞台の方へと移動を始める。
 「我々も行きましょうか」隣で先生と呼ばれた初老の男が、私を見詰めながら頷き掛けてくる。
 「そうね、行きましょうよ」反対側からは、由紀子さんの声。
 私は二人に挟まれる形で、前の方へと移動した。


 「椅子に腰掛けたこの女性。実はこの方も初めての女です」Yさんがマイクを片手に、衝立に浮かび上がる影絵を指さした。
 私は、この影絵の女性の事がやけに気になってしまう。頭の中には“もしや”の文字。
 Yさんが薄ら嗤いを浮かべて続ける。「しかもこの女は、とてもシャイなのです。なので、この様にシルエットしているわけですね」
 隣からは、由紀子さんが私を窺って来る。「ふふふ、Kさん緊張してますよ。仮面をしてても分かるものですね」


 「では、自白剤の準備が出来たので飲んでもらいましょうか」
 自白剤!Yさんが口にした言葉に、一瞬息が詰まりそうになった。
 「大丈夫よ、自白剤といっても安全なものだから」小さな声で私に聞かせて、由紀子さんが笑っている。それでも、私の緊張は増していくばかりだ。
 別の男が、よく見かける紙コップを持って来て、影絵の女に手渡した。
 コップを受け取った影絵の女は、一旦躊躇したように観えたが、それでも中身を飲み干した。
 Yさんがこちら側に向けて、人差し指を唇に当てている。静かにと伝えて、女の変化を確認しようと言うのか、静寂が広がっていく。これは演出なのか、私には怪しい儀式のプロローグのように観えて仕方がない。


 「さて、もういい頃でしょうか」Yさんが、ふうっと息を吐いた。そして衝立ての向こう側を覗く。「大丈夫です、薬が効いてきたみたいです」云って、Yさんはこちらを向いてコクリと頷いた。
 「皆さん、よろしいですか。これから催眠ショーを始めたいと思います。が、このショーは女性の深層心理を探る告白のショーでもあります」
 ゴクリと私の喉が、大きな音を立ててしまった。
 しかし私の事など誰も気にせず、Yさんが続ける。
 「実は、ここにある方からお預かりした手紙がありまして」
 又も私は、息が詰まりそうになってしまった。手紙と聞くと、妻の元彼から送られてきた『手紙』を思い出してしまう。
 「手紙にはこの女性に訊きたい事が、幾つか書かれています。私が今からそれを訊いていきます。彼女は催眠状態にあり、自白剤も効いています。嘘も誇張もなく正直に答えてくれる筈です」
 「………」
 全ての視線が向く中、Yさんが衝立ての向こうに消えて、シルエットとなって椅子に腰を降ろした。私の意識が、向かい合って座る二つの影絵に引き寄せられていく。
 大きい方の影絵が、マイクを口元に持って行くのが分かった。手元にあるのは、広げられた便箋用紙だろうか。


 「では」Yさんの畏まった声が、マイクを通して聞こえた。
 「一つ目の質問です。貴女の初体験の時期、それとその時の相手を教えて下さい」
 「………」
 シーンと誰もが固唾を飲む中、本当に薬は効いているのかと考えるのは私だけだろうか。と、その時。
 「…あたしの、初体験は、高校生の時、です」
 聞こえてきたのは、高揚のない気怠そうな声だった。これが催眠状態にあり、自白剤が効いているという事なのか。
 「…相手、それは、学校の」
 この声に覚えはないのか。私の全神経が耳に集中する。
 「先生です…」
 ええっ!一瞬にして血の気が引いて、私は隣の初老の男を見ようとした…が、見当たらない。隣いた筈の初老の男がいないのだ。


 「先生ですか、それはいわゆる、恩師と呼ばれる人ですかね」
 「…はい、そうです」
 Yさんの落ち着いた声に対して、影絵の声は高揚のない虚ろなまま。
 「貴女はその初体験の相手…その方とは付き合っていたのですか」
 「いえ、付き合いは…」
 「付き合うようになるのは、関係を持ってからですか」
 「そう…ですね」
 「なるほど、セックスが良かったんですか」
 「…はい」
 「ほお、それは具体的には」
 「………」
 「正直に、どうぞ」
 「…その方は、私を虐めてくれました」
 「くれました…と言う事は、貴女は虐めて欲しかったんですね」
 「たぶん…そうだと思います」
 「そうですか、ではもう一度聞きますが、具体的にどのような事を」
 「……..」
 衝立ての向こう、影絵と影絵の会話を聞きながら、私の胸は得体のしれない何かに鷲掴みされたように苦しくなっている。
 私の勘が、ますます嫌な方向に向いていくのだ。


 「さあ、もう少し具体的に」
 Yさんの声だけが落ち着いて聞こえて、ここにいる全ての人々が女の答えを欲している。
 「舞い上がるような、快感、があったんです…」
 「舞い上がる?」
 「…はい、裸を見られ、恐怖があり、痛みがあり、でもそれ以上の快感があったん、です」
 「なるほど、貴女には持って生まれた資質があったんでしょうね」
 「先生の…前で、制服を脱ぐ時、もの凄く、興奮がありました…」
 「その彼氏…先生とは制服で会う事が多かったんですか」
 「はい…罪の意識が…それを破る事に…脱いでると、太腿の裏辺りが震えて…オシッコを我慢してるような、感じになって…」
 「ふふふ、想像できますよ。先生の目が冷たく、でも抗らえない自分が焦れったくて、やがては堕ちていく我が身を想像して負けてしまうんですね」
 「…ええ、たぶんそんな感じで…」
 「………」
 Yさんのふんふんと頷く音がマイクから聞こえ、ガサガサと紙に触れる音がした。
 「質問の方に戻りますね。当時の彼との付き合いの中で、印象に残っている事は?これは今、話して貰ったのと重複するかもしれませんが、改めて他には、どうですか」
 私は強張る背中に、じんわりと汗を掻いていた。
 ギリリと硬くなった首を回し、由紀子さんを窺った。私の目は、救いを求める眼差しだったかもしれない。
 それでも彼女は、何も言わず首を小さく振って、前を向けと告げるのだ。


 「おしゃぶり…」
 「ああ、おしゃぶり、フェラチオですね」
 「おしゃぶりも、キスも、初めての事で…」
 「そうでしょうね。貴女は色んなものをシャブったわけだ」
 「…はい」
 「じゃあ、具体的に印象に残ってる事を教えて下さいよ」
 「あぁぁ、それは…匂い…」
 「匂い?」
 「タバコの、匂いです」
 「そうか、彼氏はタバコを吸う人だったんですね」
 「唇を合わせる時、いつもその臭いがして、悪い事をしてるって気持ちが何故だか…ゾクゾクしてきて…それで」
 「ふふふ、分かりますよ。思春期の頃はそうですよね。それで他に覚えている事はありますか?」
 「…先生のアレ、を口に含んだ時…最初は気持ち悪かった、ですが、いつの間にか、オシャブリしてると、アタシのアソコが濡れてくるのが分かって、気付いたら、夢中になってました…。それからも、お口にする度に匂いが立ち込めると、ジンジンしてきます」
 「ふふ、それも分かります。それ以外でジンジン、ゾクゾクした事はありましたか?」
 「あぁ、お尻…アナルを舐めました…」
 「その時も抵抗なく?やっぱりゾクゾクした?」
 「はい、ケツの穴を舐めろと、命令されました。身体がゾクゾクして、従いました」
 「ちなみに、どんな格好でしたか」
 「先生が四つん這い…で、アタシも四つん這いで…舌だけで、ねじ込むように…」
 「興奮したんですね」
 「はい…獣だって、自分で思いました」
 Yさんのふうっと一息つくような音が、マイクから漏れて聞こえた。私の中には冷たいものが走り抜け、身体が震えを帯びてくる。
 「分かりました。じゃあ私からも質問を」
 私は自分を落ち着かせようと、意識して唾を飲み込む。
 「貴女と先生とのデートは、どういった場所が多かったですか」
 「…アパートや、ホテルでセックス、しました…」
 「あらら、セックスと云ってしまいましたね。ええ、どうぞ続けて」
 「会えば、セックス。外で、した事もありました。初めて外で、下半身を見られた時は、恥ずかしくて、恥ずかしくて、たまらなかった、ですけど、それでもアレを挿れられると、頭が真っ白になって、とても気持ち良かった…」
 「もう充分に変態だったんですね」
 「………」
 「黙ってるって事は認めてるわけです。はい、それで、遠慮せず続けて下さい、変態デートの内容を、どうぞ」


 影絵の女は、Yさんの言葉に導かれるように喋り続けた。本当に催眠状態にあるのかどうか、そんな事はもう誰も気にしていなかった。私も強張った意識のまま聞き続けたのだ。
 女は、卑猥な下着でポーズをとらされたと告った。
 精飲は当たり前で、性器の見せ合いもしたと告った。
 観察ごっこ、と言う言葉を使った時には、衝撃を受けた。妻の元彼からの手紙にもあった言葉だったからだ。
 そして女の告白からは、変質者どうしの絆のようなものが生まれていた気がして、何と表現すればよいか、私は異様なザワメキを覚えていたのだった。