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 私はチラリと時計を見た。
 時刻は8時半。そろそろ残業を切り上げていい頃合いだった。
 世間では働き方改革が進んだと言われているのが、私が勤めるこの商社は中堅のせいか、まだまだノルマの為には根性を発揮しないといけない職場だった。
 私はもう一度時計を見て、徐に伸びをしてみせた。
 私の様子に気づいてくれたのか、上司がチラリと時計を見て、フウッと一息吐いた。
 それから直ぐに私は、部下達に目配せした。そろそろ終わりだと、合図を送ったのだ。


 会社を出た所で後ろから声を掛けられた。振り向けば部下の二人が、口元でお猪口を上げる仕種をしている。
 15歳近く歳が離れていても、部下に誘われるのは慕われている気がして、悪い気分ではない。それに今夜は、清美は女子会に行ってて遅くなる筈だ。
 私はニヤっと笑って、頷いてみせたのだった。


 向かったのは、今いる部署でよく行く居酒屋だった。
 店に入り、いつも通り生ビールを頼んだ後は適当に摘みを頼む。
 私の前に座る二人は、共に30前後の男達だ。一人は妻帯者で、もう一人は独身。
 彼等と呑む機会は何度もあったし、酔えば比較的色んな事を話せる間柄だ。
 乾杯して暫くは仕事の話だったが、直ぐに部下の二人が互いの生活の事を突っつき始めた。
 妻帯者の吉田が、嫁さんの有難みを山口に告げれば、山口はそれに頷きながらも独身の自由な身の上を語るのだ。
 今夜の山口の酔いは早く、下ネタ話が多かった。彼は何処で仕入れてきたのか『寝取られ』と言う言葉を出してきた。


 「おい吉田、お前、寝取られって知ってるか」
 「寝取られ?何だそれは」
 「へっ知らないのかよ」云って山口が朱い顔でゲップをした。そして続ける。「フフっ世の中には変わった奴がいてな、自分の嫁が浮気してるところを覗いて、性的に満足するやつがいるんだよ」
 「えっ自分の嫁の浮気を認めてるって事か!?」
 「まあ、そう言う事だ。嫁が他の男とセックスしてる所を写真や動画で視たり、直接覗いて興奮するわけだな」
 「マジかよ!?」
 「ああ、中には自分から男に嫁を提供したり、嫁に浮気してくれって頼む奴もいるらしいぜ」
 「えーーっそれは信じられんなぁ」吉田が声を上げながらチラリと私を見た、気がした。


 それから二人の部下は顔を近づけ、陰に籠もりだした。私はその様子を眺めながら、頭の中では妻:清美の事を思い起こしていた。
 何日か前に、妻は同窓会の延長で、今夜2回目の女子会がある事を告げている。夫である私に、会の出席の了解を求めたわけだ。
 勿論、私にそれを拒む理由などなかった。しかし今、部下の口から出た話題で、私は妻の呑み会の事が気になり出したのだ。
 そう言えば同窓会に行ってからの妻に、どことなく色気が戻って来た気がする。それに時折り、物思いに耽る事がある、気がする。
 頭にふっとある考えが浮かんだ。
 今夜、妻の帰りは遅くなる筈だ。彼女のいない間に、部屋を調べたらどうなる?
 私達夫婦は、娘が中学に入る時に一人部屋を与え、そしてそのタイミングで、夫婦もそれぞれ専用の部屋を持つようにした。
 家族3人で4LDKのマンションに住んでいたから、それが出来たわけだが、それ以上に年頃の娘に夫婦の寝室を意識させたくなかったのかもしれない。


 不意に山口の声が耳に付いた。「不倫の切っ掛けで多いのは、出会い系サイトじゃないぜ。ああいうのは不倫とは言わない、援助交際目的が殆どだからな」
 部下達の話は、いつの間にか『寝取られ』から、不倫へと様変わりしていたのか。
 「女が本気で燃え上がるのは、元彼じゃないかな」
 吉田が呟いたその瞬間、頭の中で何かが弾けた。と言う事は同窓会が切っ掛けか!私は云いそうになった言葉を、咄嗟に飲み込んだ。
 「そうだな、それで女が不倫に落ちると、変わるのが下着の趣味だろ」
 山口の吐き出した言葉が、酔いと一緒に頭の中を廻っていく。
 そして私の思考は、妻の寝室を漁る自分を描くのだった。