妻の元彼からの5回目の手紙を読み終わり、私は大きな溜め息を吐き出した。
手紙の終わり方がどうも気になってしょうがない。これまでは必ず、最後に次の手紙が届く時期が書かれていたのに、今回の手紙にはそれがない。
男の動きが、現実の時間の流れに追い付いて来たのも原因だろうか。
私は頭の中で時系列を整理しようと思った。
同窓会が開催されたのは、もう2カ月以上前の事だ。そしてこの2カ月の間に、2回の女子会があった。
私はその間、妻の雰囲気に鈍色の匂いを感じて妄想を浮かべ、それに合わせて男からの手紙に取り込まれていった。そんな私を、男は離れた所からどう思っていたのだろうか。男は自分の欲望の為に由紀子さんを通じて、何かの仕掛けをした筈なのだ。ターゲットは妻の清美、それに私もか?
だが…妻が誰かに誑かされたり、脅されてる気配は感じない。娘の所に泊まりに行くのに家を留守にした事はあったが、特に怪しいところはなかった。
ただし、先日から妻の態度が硬く、どこか冷たいのだ。
結局、今夜も私はモヤモヤとした気持ちと共に帰宅するしかなかった。
この日の夜から、私は妻に何かしらの痕跡がないものかと、これまで以上に気にするようになった。今一度見たいのは、彼女のスマホにある同窓会と女子会の写真だが、スマホはさすがに見る事が出来ない。
だからと言って、根拠のないところで妻を問い詰める…清美は元彼の男と連絡を取ってるだろ…等と訊く事など出来るわけがない。
しかしだ。
ひょっとしてこれは過ぎた妄想ではないのか。5通の手紙に書かれた内容も、大半が男の妄想話ではないのか。私はとんだ見当違いをして、知らずのうちに、己が築き上げた袋小路に迷い込んでいるだけなのではないのかと、時おり自分を問い質す声が何処からともなく聞こえて来る。
だが、少し前に部下との会話で耳にした『寝取られ』と言う言葉。
自分の妻を他人に差し出し浮気を勧める夫。そして妻と他人の交わりを想像したり、実際に覗いて性的興奮を得て喜ぶ夫。
私自身にこういった性癖があるとは、一度だって思った事がない。それでも冷静に振り返ってみると、元彼の手紙に何度も興奮した覚えがあるのだ。
同窓会の真実を訊いてみようかと言う考えは常にある。だが、手元にある5通の手紙を妻に見せて、色々と問い質す事が出来るのかと、自分自身に問い掛ければ答えはNoだ。中身があまりにも異常すぎるし、それにもし本当の話だとしたら、妻が傷つく恐れがあるからだ。
結局のところ、同じ自問自答が何日にも渡って繰り返されるだけだった。
男から次の手紙が来たのは、前回のものが来てから1週間後の金曜日だった。
職場で見慣れた茶封筒を手にした時は、これまでとの違いを感じた。厚みが今までのものとは違うし、上から触った手触りも違うのだ。中に何かが入っている。
早速その日の夜に、いつもの居酒屋に行った。顔馴染みの若い店員が、ニヤニヤ笑って迎えてくれた。彼の顔には、先日の女性は誰ですかと書いてある。私は構わずに、ビールと摘まみを頼むと手紙を取り出し、封を開けた。
厚みを感じていたのはUSBメモリだった。私はソレを持って暫し考え込んだが、直ぐに手紙に目をやった。
【こんちには。
ご主人は今回の手紙が、いつ来るかいつ来るかと気を揉んでいたのではないですか。】
いきなりのその文章に、男の薄ら笑いが透けて見えた気がして舌打した。
【実は同封したUSBメモリ、これにレコーダーで録ったものを移しかえる作業に手間取ってましてね。時間が読めなかったので、前回の手紙には期日が書けなかったのです。ダメですねアナログ人間は。
でも何とか編集が終わり、無事にコピーする事が出来ました。】
私はふうっと、安堵の溜め息を吐き出した。この男に人間らしい一面を見た気がする。
【このUSBには何が録音されているかと言うと…いや、その前に前回のおさらいをしましょうか。
同窓会の3次会の後に、Y子とバーに行った所からです。あの店で私とY子は、互いが持ってる性癖を曝しあいました。お互いに弱みを見せ合ったという言い方も出来ますが、それでも力関係は私の方が上なのは、Y子も気づいていた筈です。
失うものがどちらが大きいかと言えば、向こうは現役の教師でおまけに夫婦揃ってですから、私のしがない身分と比べれば一目瞭然です。彼女達の変態遊戯の証拠などありませんが、SNSで吹聴すれば一発です。その現実に気付いた事もあったでしょうし、なので彼女は、私の指示に従う事になるのです。】
今度は唸り声が上がった。この男の老獪さに舌を巻きそうになってしまう。
【ではご主人。
これはY子にも話した事ですが、私の元に同窓会の案内状が届いた時の事もお話しさせて頂きます。
あの案内状を読んだ時、私の中に何十年も前の清美さんと過ごした出来事が蘇って来たのです。私はあの頃の後ろめたい快楽の渦に巻き込まれた日々を思い出して、清美さんの中にも昔と変わらない性癖や資質が今も生きてるのか、確かめてみたくなったのです。
そして彼女が、その性癖を今に活かせてないら、私が手助けをしたいと考えるようになったのです。】
そこまで読んだ瞬間、私は胸が苦しくなってしまった。そして今の箇所を読み直した。
妻の清美が『性癖』を今に活かせてないとは、どう解釈すればいいのだ。私は暫し考えを巡らせた。するとジワジワと男の云いたい事が分かった気がした。
それはーー清美が思春期に体験したマゾヒズムな奴隷生活。その時の変態セックスが染み付いていたなら、妻はその後の性生活に満足がいく事なく、何十年も自分を欺いていた事になる…元彼の男は、そんな妻の心と身体を開放しようと云いたいのか。
【同窓会で実際に清美さんと接して、私は彼女からある気配を感じました。そしてその気配の正体を確かめる為に、計画を立てる事にしたのです。
偶然にもY子という秘匿な性癖の持主を見つけた事も、後押しになりました。そして彼女を、協力者に仕立てたのです。
私は例のバーで、Y子に女子会の開催を指示しました。そしてそこで『貴女は自分自身の性癖を清美にカミングアウトして、彼女に刺激を与えろ』と云いました。それを聞いたY子は躊躇した素振りをみせましたが、既に私の傀儡です。
『教師のスキャンダルはネット民の格好のネタだよね。拡散されて、貴女達夫婦の変態行為がバレたら大変でしょ。だから頼んだよ』と、脅しも念を押しておきました。
そして私は、1週間後にもう一度会う事を彼女に約束させたのです。】
男の言葉、いや文章からはこの男の陰湿さが嫌と言うほど漂って来る。しかし、由紀子さんも変態気質の持主なら、逆に喜んで男の計画に協力したのではないだろうか。
私は、会った事のない由紀子さんの事を考えながら、次の文章に目をやった。
【1週間後、Y子を呼び出したのは、とあるシティホテルの喫茶室でした。その時の彼女によれば、1回目の女子会の準備は既に進んでいると言うので、仕事の速さに感心したものです。そしてもう一つ、驚いた事がありました。Y子はその場に、ご主人を連れて来てたのです。
私の前に座ったご主人は終始オドオドしていましてね、夫婦の秘密を拡散されないかと、そればかり気にしてる様子でした。
私は、Y子さんがこのまま協力を拒まないなら、貴方達の事は誰にも話さないし、SNSで拡散する事はないと改めて約束しました。と言っても、その時の喫茶室の会話はICレコーダーにこっそり録音してたのですがね。】
ICレコーダーは名前こそ耳にするが、実際に手にした事はなかった。私はスマホで『ICレコーダー』と検索した。
画像を見て説明を読めば、なるほどと思えてくる。想像していた以上に盗み録りに適した物のようで、しかも見た目がソレと分からない物がたくさんある。
【さて、土曜の夜でしたが、そこの喫茶室は空いてまして、思った以上に秘密の打合せを続ける事が出来ましたよ。
会話が進むにつれて、目の前の夫婦、特に旦那の方はマゾだと確信しました。彼等がやってる夫婦交換やパーティーでも、この二人の役割がよく分かるようでした。
それでも話を進めて行くと、彼等の目にはサディスト特有の色も観えて来ましたよ。それも不思議ではありません。最近はSとMが同居してる人が結構いますからね。それと、ひょっとしてY子は清美さんに対して嫉妬心を持っていたのかもしれませんね。
遠い昔の高校時代、才女で美人のY子は、人当たりが良くて明るく人気者の清美に嫉妬、これはあり得る事です。Y子がS性に目覚めた原因も、この辺りにあった可能性がありますね。】
私はまたまた唸り声を上げた。まるでこの男が、直ぐ近くにいて、影から歪な嗤いを聞かせようとしてるように思えるのだ。
【私はY子に、先日の話を確認の意味でもう一度しました。女子会では清美を酔わせて、性癖の話を持ち出せと。まずは貴女の方から、自分達夫婦がスワッピングをしてる事を告白しろと。
話しの仕方は任せるが、清美の内面は貴女と同じで変態気質で出来ているから、安心して自分を曝け出せと。
清美が黙っていたとしても、彼女はシッカリ話を聞いている。彼女の耳は性感帯で、貴女の言葉が卑猥なら卑猥なほど、清美の身体はそれを受け入れているからと。
そしてそのうち、清美の方からも愚痴や願望を口にしてくる。貴女はそれに同調してあげれば、後は自然な流れで性癖の暴露に繋がるからと。
話をしながら私は、Y子の中から淫靡な香りが沸き立つのが分かりましたよ。彼女は想像を膨らませて、あの場でアソコを濡らしていた事でしょうね。
それから彼女にICレコーダーを渡しました。二つあるうちの一つです。
Y子はソレを手に取ってしげしげと見てましたね。
最近は卑猥な遊びを動画に撮るのは、珍しい事ではありません。Y子達も経験があるでしょう。しかし私が求めるのは、言わゆる隠し撮りです。なのでY子には、その点に気をつけるように念を押しました。
そこで、お手元にあるUSBメモリです。】
私は、テーブルの上に置いてあったUSBメモリに目をやった。この中に女子会の時の会話が録音されているのだ。
【録音は長時間に及ぶものでした。声は意外なほど鮮明に録れてました。しかしまぁ、最初から卑猥な話題になる筈がありません。乾杯から2時間ほどは、在り来りな話です。ただの呑み会です。そこに集まった4人、清美さん、Y子、N子、そしてTさん。乗りは熟女の井戸端会議で、互いの近況報告から、高校時代に誰と誰が付き合ってた、好きだった等などです。
私は録音された会話を根気よく聞いて、要点よく編集しました。実際にそれらしい会話が聴けたのは、全てこの日の2次会のものでした。
Y子にとって運が良かったのは、Tさんが1次会の途中で帰られた事でした。2次会のメンバーは清美さんとY子に、Y子に世話になってるN子ですから。
そう言えば書き忘れてましたが、N子は少し前からY子の遊びに引き込まれていたようですよ。その経緯までは詳しく訊ねませんでしたが、私は同窓会の3次会の席で、N子の言葉にも怪しさを感じていました。その事をY子に問い詰めてみたら、案の定ビンゴでしたね。】
又も男の薄ら笑いが浮かんで来るようだった。男は間違いなく、このUSBに淫靡な会話を録り込む作業に興奮していたに違いない。それにしてもN子…大田徳子さんも怪しい世界の住人だったのだ。
それとTさん、『安田珠美』さんの事だ。
妻の話を思い返せば、珠美さんはお子さんの事があって、確かに早めに帰った筈だ。
【ではご主人、今回の手紙はここまでです。後は同封したUSBを聞いてみて下さい。
因みに中身は、1回目の女子会のものだけです。2回目のものは編集の作業中ですのでね。 では。】
私は息を吐き出し、そのUSBメモリを顔の前でかざして見た。
この中で妻は何を語っているのだ。と思った瞬間、身体が悪寒を感じて震えだしたのだった。