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第17話
4回目となった手紙を読み終えた私は、家路へと歩いていた。
店を出る時から頭の中を占めていたのは、今夜妻と何を話せばよいのかと言う想いだった。
ヒタヒタと夜道を進みながら、妻と女子会の事を考える。
彼女は私が申し出た女子会の写真を、見せてくれている。スマホを目の前で開けて、画像を1枚ずつスライドしてくれたのだ。
そこで私が見たのは、全てが妻と他の女子との写真だった。そう、名前の通り女子だけの会だと私は思っていた。
しかし先ほどの手紙から推測すると、元彼自身は女子会への潜入に成功しているに違いない。
ならば妻は、この元彼と写真を撮った可能性もあるのではないか。そしてソレは私には見せれないと、咄嗟に削除したか別のフォルダに移したのではないだろうか。
ああ、でも今夜妻の顔を見てもその事は訊けない。何故だか、聞いてしまうと大変な事が起こりそうな気がしているのだ。
いやいや、俺は何をビビっているのだ。何気なく、さり気なく訊いてみろよ…そんな声も何処からか聞こえて来る。あぁ今夜の俺は酔っているのか。いや、もう少し確実に酔っていれば、酒の力で妻を問い詰められるのに。
結局、そんな自己問答を続けているうちに、自宅マンションに到着した。
今夜もエントランスに立った所から、インタフォンは鳴らさずに我が家のドアを開けるところまで来た。
そっと玄関から奥を覗くと、電気は足元のフットライトが点いてるだけだった。妻は既に寝てるようだ。
自分の部屋に入り、部屋着に着替えながらシャワーを浴びる準備をした。このところ湯船にユックリ浸かった記憶がない。
浴室を出て、ドライヤーで髪を乾かし終えた時だった。
洗面室を出た私の目の前に、妻が立っていた。
唐突に現れた彼女に、私は肝が冷えて驚きの声を上げてしまった。
「ど、どうしたの!」
「…お帰りなさい」
「ああ…ただいま」
「………」
「起こしちゃった?」
「いえ、眠りが浅くて…」
「そうか…俺ももう寝ようと思ってるんだけど」
「…そうね、そうですよね」
そう呟くと妻は、ふわりと背中を向けて自分の部屋の方へと歩いて行ってしまった。
会話は数秒だったはずだが、私にはとても長い時間に感じられた。妻の瞳が暗く深く、ブラックホールに飲み込まれるような感じを受けていた。
一旦リビンクに行ってソファーに腰を降ろすと、今しがたの妻の様子が気になりだした。
もしかして彼女は、最近の私の遅い帰宅に勘が働いたのかもしれない。
それかだ。元彼から連絡があって、手紙を私が読んでる事実を聞かされているのではないのか。同様に手紙の内容も知らされていたら、彼女だって冷静でいられる筈がないだろう。過去とはいえ、あの様な経験をしていたのなら…。
火曜水曜と、私はなるべく早く仕事を切り上げ真っ直ぐ家に帰った。
妻は久し振りの早い帰宅に少しビックリした感じだったが、だからといって私達の日常に特別な変化はなかった。
しかし。
水曜の夜に私は「あのさ、雰囲気の良い店を見つけたんだ。明日の夜にでも行ってみない」妻を例の居酒屋に誘ってみたのだった。
「最近はほら、テレワークなんてのもあるじゃない。だから俺もね、帰りに一杯やりながら雑務が出来る居酒屋を見つけてね。雰囲気も結構良いんだよ、肴も美味しいし」
我ながら芝居じみた誘いと思ったが、妻の方は意外とあっさり了解の返事をくれた。
私の中には勿論の事、狙いがあった。酒の力を借りて、女子会の事や元彼の存在を探ってみようと思っているのだ。それに彼女も酔っ払えば、弾みで何かを話すかもしれない。
当日木曜の夜。職場から例の居酒屋に向かう時は、変な緊張を覚えていた。
先日は妻から外食を誘われたり、私が買い物に声を掛けたりしたが、昼と夜では雰囲気が違う。そう、温度が違うのだ。
妻の方は設計事務所の仕事場から直接行くと言うので、先に着くのは彼女の方かもしれない。そんな事を考えながら電車に揺られていると、あっという間に駅に到着した。
店には思った通り、妻の方が先に着いていた。
「遅くなってごめん」私は妻のいる個室に入るなり、軽く頭を下げる。
「私もさっき来たところですよ」
私は妻の声に頷きながら腰を降ろす。
店員が直ぐに注文を取りに来て、私達は中ジョッキのビールを二つに、摘みを適当に頼んだ。
その店員は顔見知りになった若い男の子だったが、私が初めて女性連れだったからか、いつもより愛想が良い気がした。
掘りごたつで足を伸ばすと、妻の足にぶつかってしまった。何故か緊張が生まれてしまう。
俯き気味にメニューを見てる彼女の顔を覗き見る。
ショートボブの髪型は何年も前からだが、この数カ月はこれまで感じた事のない色艶を、身体全体から滲み出してるように観える。やはり、内面に何かしらの変化があったと考えてしまう。
ビールが到着すると、改まって乾杯した。
「こうやって呑むのって久し振りだよな」一口目を美味しそうに飲んだ妻に訊いてみる。
「ええ、ほんと。でも貴方はしょっちゅう飲んでますよね」
「いや、それも仕事の内だし、女性と一緒ってのは殆どないよ」と言って、私は苦笑いを浮かべた。
摘みが来ると、暫く黙ってそれを口に運んだ。やはりまだ、二人の間には緊張がある。
妻のジョッキを見れば、まだ3分の1程度しか減っていない。ビール好きの彼女だが、私の前で遠慮しているのかもしれない。私は早く彼女を酔わせたくて、自分のペースを上げる事にした。
それから1時間ほど、私も妻もそれなりの量のアルコールを摂取した。会話は、最初は妻の職場環境の話を訊いた。ハラスメント等がないかどうかだ。そして一人暮らしの娘の事。
妻は2度ばかり娘の所に行ってるが、その後の様子はどうなのか、連絡はあるのかと訊ねたりした。妻によると、最近の娘の調子は良いとの事だった。
私は何杯目かのビールのお代わりを注文した。勿論、妻の分もだ。
ビールが届き、店員が出て行ったところで、「えへん」と咳払いをした。
「ところでさぁ、アレはもうやんないのお」
「へ、アレって何ですか」妻の口調に酔いが窺える。
「ほら~ぁ女子会。同窓会の後、2回くらいやったろぉ」私も少し砕けた感じを装って訊いた。
「ああ、3回目はやんないのかって事ね」彼女が箸を止めて、少し考え込む。
「そうですねぇ、どうなのかな…」
「あれって幹事は誰がやってたの。確か…由起子さんって人だっけ?」
私の質問に、妻は素直に答えてくれた。私はそれを切っ掛けに、他の参加メンバーの事も訊く事にした。妻にすれば、以前にも話した内容だったが、同じように答えてくれたのだ。返事の合間、彼女の呑むペースが上がっている。
「それでさ、女子会とか言いながら男子も来てたんじゃないのぉ」私は更に砕けた口調を装い、妻を窺った。
「………」
見ればジョッキを置いて、妻が俯いている。どうしたのだ。
ふぅーー彼女が溜め息を吐き出した。
「参加したいって人はいましたよ、一人二人は…。でも珠美なんかは最初はやっぱりって…」
「男子は断ろうと?」
「そうですね…」
「ふ~ん」私は相づちを打ちながら、珠美さんの事を思い出そうとした。「珠美さんってあれだっけ、確かバツイチ?」
「そう、彼女はバツイチなんですよね。良い人がいるのかどうかは知らないけど」
「じゃあ、同窓会で昔の彼に会ったりしたら…」云いながら私は、自分の唇が震えるのが分かった。これは確信に迫る切っ掛けになる質問かもしれないのだ。
「珠美のですか…彼女は同じ高校には…あ、彼氏は違う高校だったかも」
私は静かに頷いた。次は妻自身の事を訊くのだ。
「あの、清美はさ、そのぉなんだ、高校の時は…」
私の心臓がドキドキと音を立て始める。
「私の高校時代?」一瞬、妻の瞳がキリリと光った、気がした。
「高校時代は人並みに…」こちらに向く眼差しが、揺れてる感じがする。「…恋愛はありましたよ」
云い終えた妻が少し俯く。私の目に、彼女の睫毛が震えて観える。言い辛い事を訊いてしまったか。それとも誰かに口止めされている?それこそ元彼の男に?。
しかし、次にスッと顔を上げた彼女の瞳の中には、鈍い光が混じって観えた。
「…好きな人はいましたし、それなりに良い思い出も、悪い思い出もありますわ」
言い切った彼女の雰囲気は、それが何か?と、こちらを問い詰めてる感じだ。
彼女の中に、女の強(したた)かさを感じたつもりはなかったが、私はこれ以上この話題に触れるのは止めようと思った。が、彼女の方が続けてきた。
「格好良い男子も結構いましたよ。教師の中にも面白い癖のある人もいましたし、個性のある学校でしたわ」
「そ、そうか、俺って清美の高校時代の話はあまり聞いた事なかったからね、ハハハ」
私は苦笑いを浮かべながら、頃合いを見計らった。そろそろ御暇しても良い時間と思ったのだった。