小説本文




  月曜の夜も、私は馴染みとなった居酒屋にいた。
 今日の昼間に、妻の元彼が言ってた通り茶封筒が届いたのだ。


 お決まりの生ビールをジョッキで、それと軽い摘みを頼むと、私は直ぐに鞄から手紙を取り出した。
 それにしても元彼と名乗るこの男は、普段はどんな生活をしているのだろうか。手紙の雰囲気はアングラなエロ小説の感じがするので、男の私生活も病的なものを想像してしまう。
 とは言え、男は最初の頃の手紙で自分は役所で硬い仕事をしていると。そして合間に執筆活動をしていると告っているのだ。
 男が妻帯者か、子供がいるかは分からないが、この様な手紙を出す以上は、精神の一部が欠損している人間を思い浮かべてしまう。
 手紙を持ったまま考え込んでいた私は、店員の声で我に返った。
 この夜もビールを半分ほど一気に呑み干してから手紙に目をやった。


 【ご主人、こんにちは。
 今回の手紙にも、清美さんとの変態セックスの日々を綴ろうと思っていたのですが、今回は少し趣向を変えようと思います。】
 いきなり切り出された文面に、私はおやっと少し戸惑った。心の何処かで妻の…ノンフィクションかどうかは置いといてだが…痴態に気持ちの準備をしていたからだ。


 【実は私が、清美さんと再会した同窓会の時の話しです。】
 『同窓会』の文字に、私は遂に来たかと身構えた。そこにこそ最近の妻の様子に、疑念を抱く原因があると感じていたのだ。
 私は同窓会があってから1ヶ月ほどの妻の様子を、改めて記憶の奥から呼び起こそうと試みた。同窓会の詳しい様子までは聞いてないが、彼女の口からは『懐かしかった』『楽しかった』『おもしろかった』といった言葉を聞いている。
 それとだ。妻はそれ以外にも…そうだ『同窓会は女の階段が残酷なほどに表れる場所…』確かそんな言葉を口にしていた。いつかの夕飯の席での事ではなかったか。
 今になって思うと、『女の階段が残酷』などと、妻が詩的な表現をしたのが信じられない気がする。
 詩的…ひょっとしてその言葉を口にしたのは、この男ではないのか。私に不穏な高鳴りがやって来た。


 【私は1次会で、清美さんと何十年かぶりに再会しました。会場は立食で、バーカウンターの方に清美さんが向かうのを見て、私が後ろから声を掛けたのです。
 振り向いた清美さんを間近に見た瞬間には、雷に撃たれたように硬直してしまいましたよ。彼女の方も、直ぐに私が誰なのか気づいた様子でした。
 清美さんは私の理想通りの歳の取り方をされていましたね。身体全体がふっくらした感じはありましたが、歳相応の魅力を醸し出していましたよ。その事を彼女に云うと、頬を赤らめ視線を外しました。そして俯きながら『恥ずかしい…やっぱり恥ずかしいですわ、同窓会って残酷な一面もありますから』と云いましたね。
 私は直ぐさま『確かに女性にとっては、女の階段が残酷に現われる場所かもしれないね。でも貴女はとても素敵だ。うん、間違いなく良い歳の取り方をされてる。おそらく素敵な家族に囲まれているんでしょうね』と、そんな事を言いつつ、現在の彼女の家庭環境や仕事の事などを探りました。
 アルコールのせいか、会の雰囲気のせいか、彼女はご主人と娘さんがいる事を話してくれましたね。貴方のお勤め先の名前を聞いた時は、嫉妬も覚えました。今の私と比べれば月とスッポンですからね。まあ、それはいいとして話しを続ける清美さんを見てると、私の中にモヤモヤとした感情が湧いてきました。あの頃の二人の秘密を思い出したのです。いや、それは同窓会の案内が届いた時から感じていたものなのですがね。
 そして私は、彼女に意味深な謎かけをしました。謎かけの内容は想像にお任せしますが、大したものではありません。『あの頃…あの薄暗い店…いかがわしい場所…外…痛かった?でも…』この程度の言葉を囁いただけです。それでも私は、手応えのようなものを感じたつもりでした。私は彼女の反応を見たかったのですが、立ったままの会話でしたし、周りに他の人達もいましたし思惑通りには行きませんでした。そして彼女は友人に呼ばれ、私に軽い会釈をすると去って行ったのです。
 彼女の背中を見送ってますと、私の中にあの頃の薄汚なさが蛆(ウジ)のように湧いて来ましてね。それでも結局、1次会の場では清美さんと話す機会はやって来なかったのです。それからの私は、彼女に近づく機会を窺い続けました。機会が来たのは、2次会の時でした。
 2次会にもそれなりの人の数が集まってました。
 会場は幹事の一人がやってる店で、洋風レストランの貸し切りでした。
 私は清美さんと同じテーブルに着こうと狙ってましたが、運の悪い事に叶いませんでした。それでも彼女が座った4人掛けのテーブル席の背中側に、何とか席を確保出来たのです。
 清美さんの席のメンバーは今でもよく覚えています。見た目は当然ながら昔と代わってる人もいれば、面影を残している人もいます。
 本名はここには出せませんので、アルファベットで『Tさん』『Y子さん』『N子』さんの3人に、清美さんを入れた4人です。
 少し意外だったのが、Y子さんとN子さんです。彼女達と清美さんが特別仲が良かった記憶が、私にはなかったのです。とは言っても、皆んなそれなりのキャリアを歩んだ歳だし、1次会で話が弾んだ可能性もありますから、それほど気にはしませんでした。】
 手紙を読みながら、私は無意識に頷いていた。ここに書かれたイニシャルが、私の記憶と一致していたのだ。
 Tさんとは、妻が一番仲が良かったという『安田珠美さん』で間違いないだろう。
 Y子さんは、名字は思い出せないが、才女で美人で夫婦で教師になった『由起子さん』という人ではなかったか。
 そしてN子さんは『大田徳子さん』明るくぽっちゃりタイプの人の筈だ。


 【彼女達4人の話を、私は背中越しに聞き耳を立てて聴いておりましたよ。
 それでも会話の内容は他愛のないもので、さすがの私も飽きてしまい、同じ席の人達の話に相槌を打つようになります。
 チャンスが来たのは、何人かが席を移動し始めた時です。
 彼女の隣の席が空くと、他の席の誰かがそこに座り。また空くとそこに違う誰かがやって来る。中には当然男子が座る事もありました。
 私は中々タイミングが合わなかったのですが、やっと機会が来てくれました。しかも私が移ろうとすると、他の人がトイレにでも行ったか、私と清美さんの二人きりになれたのです。
 テーブルの角を挟む形で、私達は見詰め合いました。と書けば、嘘っぽいと思われるでしょうが、私の方はシッカリ彼女を見詰めましたよ。そうです、むかし彼女に調教を施す時に向けた眼差しです。
 僅か何十センチの距離で見詰め合いますと、彼女の瞳が揺れるのがよく分かりました。二人だけの世界です。
 そのまま見続けてますと、その瞳が潤んで来るのが分かりましてね、私は小さな声で彼女にだけ聞こえるように『清美は変態マゾ』と囁いてやったのです。
 彼女の胸の鼓動が、鳴り出したのが分かりましたよ。】
 読んでる途中から、私の鼓動も鳴り出している。


 【さて、ここで話は一旦過去に戻ります。
 私と清美さんの別れです。】
 『別かれ』の文字に、私の胸がキリリ疼き始めた。


 【別れた理由は幾つかあるのですが、例の女店主。この人の中に何だかんだ言いながら、嫉妬心があったのです。私は清美さんの処女を頂いてから、調教の過程をその女店主に報告していたのですが、最初は興味津々、スケベ心満載で聞いてた女店主も、次第に清美さんを嫉妬の対象にしていたのです。ある時、私達の関係…私と女店主、私と清美さん、二つの関係を世間に教える言い出したのです。
 私としたら清美さんを救う為だと言えば、格好の付けすぎですし信じて貰えないでしょうが、心の中には清美さんを想う気持ちを持っていたのです。
 ある平日の昼休み、私は清美さんを学校の校舎の裏に呼び出しました。
 制服のままの彼女は、いつもと違う緊張をしていたと思います。
 その場所で私は、別れを切り出すわけですが、その時ちょっとした賭けをしました。】
 賭け?…私の頭に疑問が浮かぶ。


 【私はそれまで、決して人様に見せれない彼女の卑猥な写真や動画を、デジカメで撮ってきました。そしてソレを脅しの材料にして、清美さんを言いなりにしてきたわけです。
 しかしその画像や動画を消したとしても、彼女は性奴隷として私に従い続けるだろう思っていたのです。
 なので私は、デジカメの画面を見せながら『この通り』と、目の前で証拠を削除して見せたのです。
 しかし、彼女は暫く眉間に皺を寄せてましたが、小さな声で『さようなら』と云ったのです。それは私が賭に負けた瞬間でした。もしも清美さんに服従を誓う様子があれば、私は例の女店主と争う気持ちもあったのですがね。
 それで残った私はどうなったか…まぁそんな事はどうでもいいのですが、その後は惨めで陰湿な人生を送るのです。
 結局、私と清美さんの関係が続いたのは半年くらいです。
 ご主人は私の事を、妄想にかぶれた只の変質者と思っているかもしれませんね。それは否定しませんが、私が清美さんと過ごした半年の時間は本物です。そして事実です。証拠として幾つか上げて起きましょう。
 清美さんの剛毛の件は、以前に話したと思いますが、それ以外に、彼女のアナルの右横に小さな小さなホクロが縦に二つ並んでいますよね。】
 その文字を読んだ瞬間、雷に打たれたような衝撃を感じた。
 アナルの横で縦に並ぶ小さな小さなホクロ。それは今、この手紙で読むまで忘れていた事だが、それは事実で間違いない。


 【それともう一つ、清美さんの左胸の乳首】
 その文字にも、私の記憶が躍動し始めた。
 妻の左の乳首に、何が…。


 【ほんの少しですが、右の乳首に比べると陥没気味ですよね】
 アーーーッ、思わず叫びが上がってしまった。


 【何度も彼女の身体を打ったり縛ったりしていたので、目に付いていたのです。
 まぁこの二つだけでも、私達が関係を持ってた動かぬ証拠と言えるのではないですかね。
 でも、写真などは残っていませんし、貴方を脅す気もありませんので安心して下さい。
 では再度、2次会の話しに戻りたいと思います。】
 私は便箋を次に捲ろうとして、一旦手を止めた。
 手紙の内容を振り返れば、別かれのシーンを思い浮かべてしまう。
 男は写真や動画を消しても、妻と主従の関係が続くと自信を持っていに違いない。しかし清美は、彼との関係を解消したのだ。そして賭けに敗れた男は、それから何十年も清美と会っていなかったのだ。
 そんな男が妻と同窓会で逢って、それから…。そう、それからどうなったのだ。何故、このような手紙を送る事を思い付いたのか…。
 私はその答えを知りたくて、手紙に目を向け直したのだった。