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第30話
fallーー。
無人のキャッシャーの前を過ぎると、奥のカウンターが目に入った。更に進むと、テーブル席が幾つか目に付いた。
仄暗い店内には数人の男女がいる。誰もが皆んな、同じベネチアンマスクを着けている。それでも彼等の雰囲気を見れば、中年の様相だろうか。
私は由紀子さんに促されて、壁際のボックス席に腰を降した。
目の前のイスに腰掛けた由紀子さんが、小さな声で話し掛けてきた。
「逃げずによくいらっしゃいました。まあ、必ず来るとは思っていましたけどね」
「ええ、なんとかね。それで、妻は…」と、由紀子さん以上の小さな声で訊ねてみる。
「ふふふ、その前にコレもお願いね」
由紀子さんが私に手渡したのは、『K』の一文字が小さく書かれた名札だった。
「それを襟首辺りか胸の所にでも着けておいて下さい」
言われた通りにソレを付けて、私は彼女を改まった。
「えっと、K子さんね。さて、彼女は何処でしょうねぇ」
言って首を回す由紀子さんを見ながら、K子?私は一瞬考えたが、清美だからK。だけど、K美よりもK子の方が正体が分かりづらいからだろうと、勝手に納得した。そして私も、フロアの隅々に視線をやってみた。
人数を数えてみると、目につく範囲にいるのは、男が私を入れて13人の女性は10人だ。
その女性達だが、皆んな似たようなドレスを着ている。なるほど、この店のコンパニオンの衣装かもしれない。『fall』はBARとあったが、店内の雰囲気はClubのようなのだ。
「どうですか、K子さんはいましたか?」
「いや、それが…」目を細めて見回すが、見分けられない。暗さも原因だろうが、皆んな同じ女性に見えるのだ。いや、一人だけポッチャリの人がいる。あれは徳子さん、ここでは『N子さん』と呼ばれるのだろう。
「うふふ、同じような体型の女(ひと)が多いし、髪型もごらんのように弄ってますからね」
声に由紀子さんを窺えば、確かに先だって会った時の髪型と違っている。迎えに来てくれなかったら、本人と気づかなかったかもしれない。
「ねぇKさん、たとえK子さんが分かったとしても、絶対その場で声を掛けたりしないで下さいね」一瞬だが、由紀子さんの声に鋭さが加わった。
彼女の言わんとしてる事は分かる。この集まり自体、大人の社交場として、秘密裏に存在してないといけないのだ。私の中に、改まって緊張が湧いてきた。
「あら、そろそろ始まりますわ」
由紀子さんの視線の先を見ると、一人の男がフロアの中央に足を運んでいる。
しかし私は、男の姿に唖然となった。男は黒いビジネスシャツを着ていて、周りと同じベネチアンマスクをしているのだが、首元には大げさな赤い蝶ネクタイを、肩からはタスキを掛けていたのだ。そのタスキには『私が司会です』の文字。
何だこれは。何年前のパーティーグッズだ。ここは茶番を見せ合う場所なのか。
由紀子さんの横顔を見れば、彼女の口元は嬉しげだ。遠目に周りを窺えば、他の人達の口元も緩んで観える。男の格好は、この会ではお決まり事なのか。
「皆さん、今日はお忙しいところを、お集まり下さりありがとうございます」男が姿形とは相まった、落ち着いた声で話し始めた。「最初にお断りがあります。本日は前回と同じくカメラを回しますので、ベネチアンマスクを着けて頂いての進行となります」
由紀子さんが腰を少し浮かせて会釈すると、幾つかの目がこちらを向いた。私は由紀子さんの影に隠れるように俯いている。
「それと、本日は初参加の方が何人かいらっしゃいますし、アルコールが進んでも、周りの方に無理強いをするのは止めましょうね」と、男が両手を拡げて大げさにジェスチャーした。
何人かの人達が軽く笑うが、私は目を凝らして周囲を探っている。
妻は何処かと視線を強めても、女性は皆んな先程から同じように観える。あれが妻か!と思っても、似てる人があそこにもいる。いや、あっちにもいる。とにかく髪型も似たように弄られ、マスクのせいで同じに観えるのだ。
「では、いつものお約束ですが、男性の方はスマートフォンを出してかざして下さい」
司会の言葉に、男連中が一斉にスマホを取り出した。
なるほど盗撮を防ぐ為に、揃って電源を落とそうというのだ。私も素直に取り出し、周りに合わせて電源を落とした。女性達はドレスに着替えた時に、スマホはロッカーにでも置いて来たのだろう。
「ご協力ありがとうございます。それでは乾杯に移りましょう」
男が言うと、何人かの女性が席を立って、カウンターにグラスを取りに行く。同時に世話役の人だろうか、テーブル席に人数を等しく配置をし直していく。
由紀子さんと一緒だった私の席には、一人の男性がやって来た。
「こんにちは、ご一緒させて頂きますね」
私の隣に腰掛けた男が嗄れた声で挨拶してきた。私は「どうも」と、緊張気味に頷く。
男を観れば、白髪頭に茶色のシニアジャケットを着ている。嗄れ声から察しても、かなり年配のようだ。
「はい、お待たせしました」
女性の声がして、テーブルにグラスが置かれた。そしてそのまま女性が腰を降ろす。
同じ姿形の女性がいる中で、斜め前に座ったこの女(ひと)だけが浮いている。悪い意味ではないが、このポッチャリさんはN子さんだ。
そのN子さんの耳元で、由紀子さんが囁いた。
N子さんが私を見て、ニタリと唇を歪める。私が何者なのかを聞いたのだ。
「さぁ皆さんお立ち下さい。おっと、立つのはアソコじゃないですよ」
司会者のくだらない冗談に微笑みながら、全員が起立した。手にはグラスが握られている。匂いを嗅げはウイスキーのようだ。
司会の唱和と共に、軽くグラスを上げる。
隣の白髪の男がグラスを合わせてきた。
軽く会釈を返して座り直した私だったが、先程からもう一人の男を探していた。私をこの場所に呼び込んだと言っても過言でない、妻の元彼と名乗る男だ。
その男がこの会場に居るかどうかの確信はないが、やはり気になっているのだ。由紀子さん達に聞いたとして、知っていても本当の事を教えてくれる筈がない。
暗い会場の様子を何度も見回すが、元彼の男の気配など全く掴めない。妻と同級生の筈だから、歳の頃は私と同じぐらいだろうが、ベネチアンマスクもあってか見当すら付かないのだ。
「あのぉ…」不意に隣の白髪男が話し掛けてきた。「申し遅れました。私、Aと言います。初参加なんです、よろしくお願いしますね」
私は男の胸元の名札を見た。「そうなんですか、私はKと申します。よろしくお願いします」
私達は頷き合ったが、そこから会話が進む事はなかった。周りは歓談の時間となったが、私など初心者には余裕などあったものではない。
由紀子さんを観れば、隣の徳子さんと顔を近づけて話し込んでいる。彼女達の横顔はベネチアンマスクもあってか、卑猥な企てを図ってる様にみえなくもない。
そんな私の思考を止めたのは、司会者の声だった。「ご歓談中を失礼します。一番手の方の用意が出来たので、ショーの方に移りたいと思います」
司会の言葉が終わると、フロアの片隅が明るくなった。天井のスポットがそこを照らしたのだ。
遠目に観ると、そこにちょっとしたスペースが見えた。簡易ベッドのようだ。あれが動画にあった舞台なのか。
「うふふ、さが…あ、ごめんなさい。Kさん、今日は男性ストリップショーからよ」由紀子さんが身を乗り出している。
「えっ、男性ストリップ!?」
周りからは、パチパチと拍手が起こっている。
司会の男の視線の先に、ホテルでよく見かけるガウンを纏った男がいた。
「皆さんもよくご存知の『Sさん』です。今日はなんと、彼がストリップをしてくれます。さあベッドの回りに集まって下さい」
司会に紹介された男が、拍手に手を振りながらベッドへと歩みよる。
私の身体は一瞬躊躇したが、ソロリと立ち上がった。一人で席に残っていると、かえって目立ってしまう。私は人垣の一番後ろに立つ事にした。
この位置から女性達の名札を見ようとするが、全く読み切れない。
「ではSさん、どうぞ」
Sと呼ばれた男がベッドに上がると、聴いた事のない怪しげな音楽が流れ出した。それに合わせてSがガウンの胸元に手をやり、パタパタと開いたり閉じたりしながら観覧する男女を煽りだした。
その煽りに乗って、私を除く殆どの男女が手拍子を始める。
Sがガウンを脱ぐと、筋骨隆々の身体とそれにマッチしたビキニパンツが現れた。そして、コミカルにマッチョポーズを披露すると、尻や腰を突き出して女達の叫声を誘う。
口を押さえて笑いを我慢する女がいれば、Sの胯間に手を伸ばす女もいる。それをあしらいながら、Sはビキニパンツを少しずつ降ろしていく。胯間の中身が見えるか見えないかのところでは、一層手拍子が大きくなった。
Sがベッドを降りて、拍手の大きい方へ寄って行く。そして胯間の膨らみを一人の女の顔近くに寄せると、歓声が最高潮に達した。するとついに、女が目の前のビキニパンツの両端に手を掛けた。
テロンと顔を露にしたのは、ニョキッと伸びた肉の棒。
その肉棒を一人の女が隣の女に握らせた。握ったのはポッチャリの女、徳子さんだ。
拍手が一層強まり、それに囃し立てられてか、徳子さんがSのソレを咥え込んだ。
Sが呻きの声を上げるが、茶番に見えなくもない。
徳子さんの口元からはモゴモゴ、ングング動物が餌を味わうような音が聞こえてくる。
その時、二人の様子を撮影してる者がいた事に気が付いた。同じベネチアンマスクを着けた男だ。彼はデジカメらしき物を徳子さん達に向けている。例のUSBにあった動画は、妻が撮影したと聞いたが、今日は妻の役目ではないらしい。
カメラを向けられてる事に気付いているのかどうか、徳子さんのフェラチオは激しさを増し続けている。
誰かが後ろからSの尻をひと打ちした。Sが心得たように、尻を回してカクンと腰を突き上げる。
「N子ちゃん、美味しいか?」何処からか男の声が飛んだ。徳子さんは肉棒を咥えながら頷いている。
やがて、Sが天を見上げてふうっと大きな息を吐き出した。そろそろ限界が来たのか、と思った瞬間、徳子さんの喉がゴクリと鳴った、ような気がした。
徳子さんの口元から、ツーッと欲汁が落ちていく。司会の男が用意していたティッシュの箱を手渡そうとする。
しかし、徳子さんは手を振って断ると、ゴクリともう一度喉を鳴らして牡汁を受け止めたのだった。
牡精を絞り取られたSが、徳子さんに拍手を送る。周りの男女がそれ以上の拍手をすると、徳子さんが恥ずかしげにペコリと頭を下げた。最初のショーが終了したのだった。