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第31話
この場所に来た時から、淫靡なショーがあるのは分かっていた。だが…徳子さん、ここでは仮面を着けたN子さんなのだが、彼女がいきなり精飲をするとは想像のつかない事だった。
「あの彼女は逞しかったですね」
いきなり声がした。いつの間にか、隣に白髪頭の初老の男がいる。
「胃の中に男の残留物を入れて凄いですよ。まるで性に取り憑かれて、欲望の飢えを満たそうとしてたように観えましたねぇ」
初老の男は独り言なのか、前を向いたままブツブツ呟いている。
私の方は会話に加わる気もなく、空になったベッドに徳子さんの残像を見ている。
その徳子さんを窺えば、しれっとイスに腰を降ろしている。労いの言葉なのか、周りから声を掛けているのは、由紀子さんと数人の男達だ。妻が何処にいるかは、未だ分からない。
「皆さん、如何でしたか」司会の男がベッドの前に立って、こちら側を見回した。
「ただ今のは、Sさんによる男性ストリップショーでした。Sさん、ありがとうございました。それとN子さん、美味しかったですか」
司会の言葉に、ドッと笑いが起こった。
「さて、Sさん達が盛り上げてくれた事だし、この勢いで次のショーを始めて貰いましょうか」
その声に立ち上がったのは、又しても徳子さんだった。回りからは、おおっと声が上がる。
「おや、又あなたでしたか」司会が大げさに両手を広げて、徳子さんを舞台となるベッドに促した。
「N子さん、今度は何を見せてくれるんですか。おっと今言った『何』とは、貴女のアソコの事でしょうかね」
司会の冗談に、又も笑い声が起こる。
「ええっとですねぇ…ふふっ、花電車です」
徳子さんが口にした言葉、花電車?私の頭にハテナマークが浮かんだ。
「分かりますか、花電車って」隣から初老の男が窺ってきた。
「え、いや…知らないですね」
私の口調にか、初老の男が含み笑いをする。そしてこちらに向き直る。
「女の構造は摩訶不思議なものです」
「………」
「我々男には分からない神秘さを持っているんですね」
「はあ、そうなんですかね…」
「私は若い頃、よくストリップ劇場に出入りしてましてね、そこでよく見たものですよ」
「ストリップですか、そこで花電車が?」
「そうです。お、始まりますよ」
ベッドの方を覗けば、徳子さんがドレスを捲し上げてショーツを露にしていた。
「さあN子さん、それを脱いでみましょうか」
司会の男が徳子さんを促すと、彼女は「ふふふ、失礼します」と、ショーツの端に手をやった。
先ほどまで流れていた音楽は止って、今は静まり、周りの目が徳子さんの下半身に向かっている。
ショーツを脱いで、徳子さんが仰向けに寝転がった。立て膝の股座の奥には、黒い翳りが見える。
「では私が助手を務めさせて頂きましょう」司会が頷くと、別の男から何かを受け取った。見るとソレは、1本のバナナだ。
「まずはバナナ切りからでしたね。N子さん、お願いします」
司会がバナナの皮を剥いて、徳子さんに手渡した。
まさか…私の視線は、Mの字に開かれたその奥、黒ずんだようにも観える神秘の入口、そこに引き寄せられていく。
「い、挿れますわね…」
震えを帯びた声と共に、バナナが飲み込まれていく。徳子さんの唇から「あぁ…っ」甘い声が零れる。そしてジュルジュルと、出し入れが始った。
周りで息を飲む気配を感じた。ここに集まった性の探求者達にとっても、初めて目にする光景かもしれない。
性具に見立てたバナナの出し入れが続き、やがてふんッと気合いの入った声がした。その瞬間、ポロリと塊が落ちた。バナナは見事に噛み切られたのだ。
最初はバナナを性具に見立てたオナニーショーかと思った私だったが、徳子さんが魅せたのはその名の通りで、バナナを膣圧で切断するショーだった。
「N子さん、貴女のソコは凄い!。彼女とエッチする男性陣は、オチンチンを切られないように気を付けないといけませんね」
司会の言葉に、一瞬にして緊張が解けたか、フロアがドッと湧いた。そして拍手が起こった。
喝采を浴びて、徳子さんは身体を起こすと、ペコリとお辞儀をした。
バナナの切断ショーの次は、同じく徳子さんによる『金庫ショー』に『鈴鳴らしショー』と続いた。
始めて耳にする言葉ばかりだったが、それらは一目瞭然で、金庫ショーは膣に小銭を入れて、床に置いた別のコインを目掛けて上から落とす見せ物だった。
「これはね、昔は博打遊びの一つで、踊り子がコインを落として、命中するかどうかを賭ける遊びだったんですよ」隣の初老の男が淡々と説明してくれる。私はそれを横耳で聞きながら頷くだけだ。
「鈴鳴らしは地味だけど、やっぱり昔からありましたね。女陰…クリトリスを糸で縛って、その先に鈴を付けて鳴らすんです。芸を極めた女(ひと)がやると、鈴の音で簡単な曲なら奏でる事が出来たらしいですよ」
私は男の言葉に頷きながら、徳子さんの痴態を見続けた。それにしても、この白髪頭の初老の男は何者なのだ。エロスに精通しすぎている。ひょっとしてこの男が、妻の…と一瞬思ったが、どう考えても歳が離れ過ぎている。
ベッドの方では、徳子さんの次のショーが始まっていた。それは『習字』と銘打たれたショーだった。
司会が別の男から、筆に墨汁、それに硯(スズリ)などを受け取り、そこから筆を1本、徳子さんに手渡した。
硯に墨汁が垂らされると、半紙が丁寧に置かれた。
私の中には、まさかの思いが湧いていた。徳子さんが手にした筆で、普通に書道をするとは思えない。
「さあ、用意が整いましたよ。文字は何にしますか」
「えっと、何にしましょうか…」下半身を曝したままで、徳子さんがこちら側を見廻す。
「どなたかリクエストは…」
徳子さんの問い掛けにも、周囲は緊張に包まれたままだ。と、唐突に隣から声がした。初老の男だ。
「清、清いの清。さんずいに青の清です。お願いします」
周りの視線が一斉に私に…いや、隣の初老の男に向いた。徳子さんもこちらを向いている。
「はい」小さく頷き、徳子さんはそれまで以上にドレスを捲し上げた。そしてガニ股開きで四股を踏むように屈むと、なんと筆の持ち手部分を膣に挿入していくではないか。
又してもフロア中が緊張に包まれた。その静寂の中を徳子さんは筆の毛先を墨にまぶし、そして半紙に狙いを定めるのだ。
彼女の様は、それは奇妙で滑稽な姿に観えた。しかし、確かなエロスを放射しているのだ。
やがて『清』の文字が書き綴られた。
司会の男が半紙を掲げた時には、割れんばかりの拍手が起こった。
徳子さんが拍手に応えるかのように、何度もお辞儀をしている。
「どうでしたか。滅多にお目に掛かれないショーでしょ」
「そ、そうですね」浅い息を吐く私は、この男に訊いてみたい事があった。何故、『清』の文字を頼んだのだろうか。しかし、私の口から出たのは違う問いだった。
「あのぉ、貴方はこの様なショーにやけに詳しいですよね。まさかこの会の影のオーナーとか」
「影のオーナー?いやいや、私はたまたま紹介を受けて、初めて参加させて頂いてる只の老人ですよ」
男の口元が、ニヤついている。しかし仮面の奥の眼差しは、暗さを帯びていた。私はその暗さを感じて、他にも聞いてみたい事があったが黙ってしまった。
「おや、次はあの女性ですかね」男の視線が前方を向いた。
その視線の先に目をやれば、一人の女性が、徳子さんと入れ替わるようにベッドに向かうところだった。
清美!
身を乗り出した私など気にせず、司会が女性を舞台に促す。
「さて、上がって頂きましたこの女性はT子さん。この方も初めて参加される方です」
『T子』と聞いて、私の肩から力が抜けていく。
「Kさん、よろしいかしら」
肩口から掛けられた声に隣を見れば、いつの間にか由紀子さんがいる。
私はチラリと初老の男を確認してから、彼に背を向けて由紀子さんに向き直った。
「ど、どうしましたか」
「ふふふ、声が緊張してますよ」由紀子さんがクスリと笑う。「ほら、あの彼女。誰か見当がつきますか」
「えっまさか!?」
「ふふっ、違いますよ。『T子さん』って云ったじゃないですか」
そうなのだ。妻なら『K子』だ。
「じゃあ、あの女性は…?」
「T子で思い付く事はありませんか」
「………」
確かに私の中にも、引っ掛かるものがあった気がする。しかし改まって訊かれると。
「ふふ、奥様から聞いた事ないのかな」
その瞬間、あの名前が浮かんできた。『珠美』さんだ。高校時代、妻と一番仲が良かったという女性だ。
しかし彼女…安田珠美さんは、遅くに出来た中学生の子供と二人暮らしという事もあってか、女子会の集まりはいつも、1次会で帰っていた筈。
「ひょっとしてタマミさんですか」私は声を殺して由紀子さんに囁いた。
「うふふ…」せ、い、か、い、由紀子さんが唇の動きで、そう告げる。
頭の中には、何故という言葉が浮かんでいた。由紀子さんや徳子さんと比べると真面目なイメージが浮かぶ珠美さんが…。やはり、珠美さんも由紀子さん達の毒牙に。そう考えた時、由紀子さんが唇を耳元に寄せて来た。
「女は幾つになっても女。彼女も溜まっていたのね。それでなくても、ずっと一人で悶々としてたみたいだし」
「それで貴女達が誘いを…」
「ふふふ、想像にお任せしますわ」そう云って、由紀子さんが仮面の奥からウインクした。
「初めての参加でいきなりショーに出るとは、アタシもビックリだけど…あ、始まるわよ」
由紀子さんが言葉を切って、ベッドの方を向いた。そこでは、珠美さんが心細そうに立ち竦んでいる。怪しげなベネチアンマスクに守られていても、彼女の身体は確かに震えて観えるのだった…。