小説本文




 徳子さんの花電車ショーの次に、舞台に上がったのは、妻清美の高校時代に一番仲が良かったと聞いていた珠美さん事『T子』さんだった。
 珠美さんの容姿は、ベネチアンマスクをしていても、身体の輪郭など妻に似てる気がする。胸元の名札を確認したくなるが、文字はここからでは分からない。
 彼女は見るからに心細そうに立ち竦んでいる。ベッドを囲む人々は黙ったままで、無言のプレッシャーを与えているようにも観える。この静寂の状況も、一種の羞恥プレイかもしれない。


 「さてっと、舞台に上がったこの女性。今も申し上げましたが、初めての女です。と言っても処女ではありません」
 司会の男の冗談に、フロア内の空気がふっと抜けた気がした。
 と、私の肩が叩かれた。
 「貞淑の仮面の下には、偽装に隠された人妻の素顔。この女性も、以前から官能の炎を鎮めてくれる何かを探していたのかもしれませんね」白髪頭の初老の男の声が、静かに語り掛けてきた。
 私は男を見詰め返した。珠美さんが求める何かが、舞台にはあると言うのか。


 司会が珠美さんの肩に手を置いた。「このT子さん…実はMなんです」云って、こちら側の反応を確かめるように見廻し、そして頷く。「では、初参加のT子にオナニーショーを見せてもらいましょうか」
 その言葉は、私に衝撃を与えた。
 咄嗟に由紀子さんを窺うが、彼女は唇に薄い笑いを浮かべている。


 「何ボォっと突っ立ってんのかな、早く脱ぎなよっ」突然、司会の声が冷たく飛んだ。
 その突き放すような声に、珠美さんの震えが激しくなっていく。彼女は今、後悔してる?
 「うふふ、彼女って昔からシッカリ者に観えて、どこかで暗いところがあったのよね」隣からは、由紀子さんの落ち着いた声だ。
 「でも、その暗さの中にマゾの血が入っていたのね」
 「………」
 「ふふっ、Kさんも興味がありますか」
 私は息を飲んで、無意識に頷いてしまっている。
 「まぁ見てれば分かりますよ。彼女が初めてのショーで何を見せてくれるか」
 ベッドを取り囲む人々が身を乗り出している。
 「かぶり付きというやつですな」右隣からは初老の男の冷静な声。


 「どうしました、貴女の決断はウソだったのかな」
 又しても冷たさの混じった声が、響き渡った。そして司会の男は、珠美さんの様子を探って首を左右に振る。と、バシっと頬が打たれる音。珠美さんがよろけて跪いた。
 「ほらっ、いい加減にしろ!」
 髪の毛を引っ張られ、ヨロヨロと立ち上がった珠美さんは、ベネチアンマスクのズレを直しながらも俯いたまま。
 これは演出ではなかったのか?彼女の様子を見る私の身体が冷たくなっていく。周りを窺えば、固唾を呑んで見守る者もいれば、ニタニタ笑みを浮かべる者もいる。
 司会の男が、珠美さんの胸元に手をやった。そして、あっと思った瞬間には、ドレスの襟首辺りが引き裂かれていた。
 だ、大丈夫か…。
 「素直に脱がないからですよ」司会の声が更に冷たさを増して、珠美さんを圧していく。
 と、珠美さんの手がゆっくり動き始め、裂かれたドレスの背中に廻った。
 珠美さんの動きに、私も固唾を飲んだ。彼女は自らドレスの背中に手を廻して、ジッパーを下げようとしている。
 すっと足元に落ちるドレス。露になったのは、赤いランジェリーを纏った肢体だった。
 「彼女、いい身体してるわね。どう、奥様の身体と比較して」
 「え、いや、それは…」
 「ふふふ、高校時代、奥様とT子さんって似てるって言われた事があるのよね」
 「………」
 「今では歳がいったけど、どうかしら。奥様だと思ってご覧になっては?」
 由紀子さんのその言葉に、私の中で嫌な勘が働いた。今、舞台に立っているのは、本当に珠美さんなのか。ひょっとしたら演出があって、あの赤いブラに手をやっているのは…。
 私が見詰める先で、珠美さん自らの意思で外したブラジャーが足元に置かれた。片手で胸元を隠す彼女は、もう片方の手をショーツの端にやっている。
 そのぎこちない動きに「ほらッ」司会の男が珠美さんの尻を打った。
 「もう、遠慮する事もないでしょ」
 諭すような司会の声にも、彼女の今の心境はどういったものなのだ。
 もしもあれが妻なら…高校時代、元彼に調教され尽くした妻は、羞恥の中で裸体を曝した時、心に蠢く何かを感じたのだろうか。


 遂に最後の一枚、珠美さんがショーツを脱ぎおえた。パチパチパチと拍手が起こり、珠美さんの手は胸元と胯間からゆっくりと離れ、腰の横で伸びてすっと止まった。
 拍手を送った連中の身体が、先ほどよりも前のめりになっている。
 そういう私も気持ちは前に、目は無防備な二つの膨らみと腰回りへと向いてしまう。私の視線が、女の胯間で止まった。
 ソコは記憶にある妻の毛並みとは違っていた。妻の剛毛と比べて、彼女のソコは薄い。やはりこの女性は、珠美さんで間違いないのだ。
 その珠美さんの様子は宙を彷徨う感じで、震える身体からは、赤身が滲み出して観える。内側で何かが蠢いているのだ。
 ひょっとして、珠美さんは我慢している?それは…。


 「静寂は人によっては、エクスタシーを呼び寄せるものです」
 その声にギクリとした。初老の男が私を見詰めている。「あの女性は間もなく、自分から身体を開きますよ」
 何だこの人はまた…。
 「自身の恥ずかしい部分を曝す勇気は、快楽と引き換えが出来るものです。あの女性も先天的に資質があった者と考えられます」
 「………」
 「本人は薄々それを感じていたのに、勇気がなかっただけでしょう。しかしそれも又、切っ掛けさえあれば、ダムが決壊して水が溢れ出すのと同じように…」
 「………」
 「ほら、見てごらんなさい」
 男の言葉に、私はジリリと前を向き直った。
 珠美さんが腰を落とし、上半身を両手で支え、立膝で開脚していくではないか。その様は確かに、羞恥と戦っているように観えなくもない。けれど観客達の視線に応えるかのように、股座(マタグラ)は確実に拡がっていく。
 「うふふ」左隣から、再び由紀子さんの意味深な笑い声だ。「N子ちゃんも最初はあんな感じだったのよ。だからT子さんだって…ふふふ、分かりますよね」
 「………」私は固まったまま、舞台の女の動きに釘付けになっている。


 「さてと、私もジックリと見物させて頂きましょうか」言って司会の男が、ベッドから降りて端の方へと消えて行く。同時に舞台を照らす灯りが淡い色に変わった。
 「あぁッ、は、恥ずかしい…」
 感泣を含んだような甘酸っぱい声が舞った。珠美さんの手は、乳房を握り潰している。指と指の間からは、尖り立つ頂きが窺える。
 二つの膨らみはパン生地を捏ねるように、歪な形に変化を繰り返す。
 周りを見回せば、誰もが初めての女に息を飲んでいる。この衆人達の中に、妻はいるのか。果たして、友人の痴態を見ながら、会場の空気に染まっているのだろうか。
 珠美さんの白い両腕が蛇のように、胸房から身体のあちこちへと妖しい動きを繰り返す。
 身に知った急所で動きが止まれば、指先がそこで強弱を始める。そして、甘い声が鳴き声に変わる。
 「ああん、いやぁんっ」
 珠美さんは完全に自分の世界に入っている。いつしか彼女の下半身は恥じらいもなく拡がったまま。その奥はやはり、漆黒の穴、穴、穴。
 「ふふふ、T子さんはやっぱりむっつりスケベ」由紀子さんの声が、冷たい響きになって伝わってきた。「昔からそう。見た目は良い子ちゃんだけど、根はスケベで妄想だらけなのよね」
 由紀子さんの仮面の奥の瞳を観れば、刺すような視線で舞台を見据えている。鋭利な眼差しは、間違いなく珠美さんの肌を突き刺している。


 「うぅぅんッ、ッッ!」
 一際珠美さんの喘ぎに嘆きが加わった。彼女の指が急所を抉っているのだ。
 そしてなんと、女体がのたうち回りながらクルリと四つん這いへと変化した。
 「ふふ、やったわね彼女」
 四つ身から突き出された臀部の中心、これでもかとアソコが開陳されている。
 「今の彼女の心の声を教えて上げましょうか」
 「え!?」
 「アタシには聞こえるのよ、彼女の心の声が。彼女はね、見て見て私の恥ずかしいところを見て、オマンコもアナルも見て!私、変態なのよ!って告ってるのよ」
 「ま、まさか…」
 「間違いないわ。女には誰もがM性があって、仮面に守られる事によって、それが出せるようになるものなの。特に珠美さんは、そのM性が強いみたいね」
 由紀子さんがT子ではなく『珠美さん』と口にした。由紀子さんも興奮しているに違いない。それほどこの空間は、淫靡な空気に包まれているのだ。
 舞台の怪しい息づかいは、止む気配がない。惜しげもなく開いたソコからは、猥褻な香りが立ち上がっていく。中心の穴はパックリ、紅いビラビラが蠢いている。珠美さんの臀部は、疑似セックスをしてるつもりなのか、上下左右に揺れを繰り返す。彼女は自分が今、どんな格好をしているのか、それさえ分かっていない筈だ。そして女穴を掻き回す指は、激しさが増している。もう止まらないといった感じなのだ。


 「どうですかKさん、あのオマンコとアナルを惜しげもなく拡げている姿は。奥様の姿と重なってるんじゃないですか」
 「え、いや、そんな…」
 「いいんですよ、無理しないで。でも…」言って由紀子さんが、私の股間に触れた。
 あっと思った時には、私も気が付いた。『奥様』と言われた瞬間、アソコが反応し始めていたのだ。
 私の前にはベネチアンマスクの由紀子さん。仮面の女が、私を何処かに誘っている感じがするのだった。