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 私の目の前、秋葉先生がようやくウンウンと頷いた。
 そして「黒子だけど、奈美子の右の耳たぶの下に黒子なんて無いよ」
 「!…」
 「だけどね、ふふっ、たまにシールを貼る事があるんだ」
 「シール?」
 「ああ、そうだよ、シールだ」
 「何故シールなんかを」
 「んっ、それは久美子君の耳たぶの下にあるからだよ、黒子が」
 「えっ、どういう意味ですか」
 「実はね、以前に久美子君と同じ勤務先になった時期があっただろ」
 「ああ、それは私も聞いています」
 「うむ、その頃、僕と久美子君は言わば上司と部下の関係で、色々と指導していたわけだ。そのうちに僕の方が、彼女に対して好意を持つようになってな」
 「え、それって」
 「ああ、分かり易く言えば、久美子君と犯(や)りたくなったわけだよ」
 「ええっ!」
 「それでも中々上手くいかず、いずれ僕が別の学校に転勤になったんだ」
 「………」
 「その後は会う機会もなくなって、疎遠になっていったわけだよ。そんな時、当時の勤め先に赴任して来たのが奈美子だ。初めて見た時に、ずいぶん久美子君と似てると思ってな。その事を奈美子と親しくなった時にポロっと云ったんだ。奈美子もそれが直ぐに久美子君と分かってな。聞けば同じ大学を出ていて、仲も良かったと言うから更にビックリだよ」
 「そんな事があったんですか」
 「ああ、それから僕と奈美子は親密な関係になって行くわけだが、ある時に、久美子君の耳たぶの下に黒子があった事を何故か覚えていてね、それを思い出したんだ。奈美子にも訊いてみれば、親友の黒子をよく覚えていてね。それで暫くして、奈美子にお願いしたんだ」
 「そ、それは何を?」
 「うん、黒子を付けてくれと。久美子君と同じ所にシールでいいから付けてみてくれないかとね」
 「あぁ…」
 「そう、僕は正直に告(い)ったよ。前から久美子君と一度オマンコしてみたいと思ってたんだ、ってね」
 「あッ!」
 「奈美子は特に驚く事もなくてね。と言うのも、その頃の僕達は互いに変態度を認めあってて、性癖をカミングアウトしあってたから、奈美子も理解を示してくれたわけだよ」
 「せ、先生に、そんな癖が…」
 「ああ、そうだよ。今の君なら聞ける話だろ」
 「ああ、はい」
 「ふふっ、それだけでも薬の効果があったかな」
 「ああっ」
 「そう、それで髪型も久美子君に似させて、時に黒子のシールを貼って貰って、奈美子に久美子君を演じて貰ったわけだよ。それにしても、今のシールは精巧に出来てるね。僕はその黒子を意識しながら奈美子を久美子君と思って、これまで頭の中だけでしか犯(や)れなかった事をたっぷりやったんだよ」
 「な、奈美子さんはそんな…扱いといいますか、それを受け入れたんですか…」
 「だから、奈美子もストレスの塊だったんだよ」
 「ああッ!」
 「そう、教師特有の病的なストレスに蝕まれたから…いや、蝕れないように、精神の開放を性的開放に委ねたんだよ」
 「アアアッッ、ウウウッ」
 「そしてある時、久美子君から君の相談を貰って、それを切っ掛けに会うようになってね。背景には奈美子が僕への相談を促した、と言う事もあるんだけどな」
 「………」
 「そう、それに娘のストーカー被害が発覚して、それを久美子君に相談したりもしたんで、余計に会う機会が増えてね。久美子君自身も凄いストレスを抱えてるのは分かっていたから、解消の手伝いをしてやろうと思ってね」
 「そ、それって」
 「ん、もう分かっているだろ。奈美子と相談してマンションに呼ぶようになったんだよ」
 「あぁ、奈美子さんと夫婦として借りてるマンションですか」
 「覚えていたね。そう、そこでさっきも云った変態プレイの協力をして貰ったよ」
 「………」
 「ん、どうだね?」
 「あ、あの…それで先生は、く、久美子とはセックスまでいったんでしょうか…」
 「それはさっきも云ったじゃないか」
 「あ、あぁ…そうでしたか。けど、ハッキリしないんですよ頭の中が。先生の話なのか自分の妄想なのかが。思い出そうとしても…そう、ひょっとしたら、全ては白昼夢ではないかと…」
 「………」
 「………」
 「…じゃあ、どっちが良い?」
 「え!どっちと言いますと…」
 「ん、だから久美子君とセックスした方が良かったのか不味かったのか」
 「そ、それは…」
 「ふふふ、いや、悪い悪い。久美子君とはまだ犯(や)ってないから大丈夫だよ」
 「………」
 「逆に聞くけど、君は奥さん以外の“誰か“と浮気…セックスをした事はないのかい?」
 「あうッ!」
 その一言に、身体の中を電流が走り抜けた。


 「んっ、どうした、大丈夫かい?」
 「あ、あの…実は1度だけ」
 「ふふっ、分かってるって」
 「えっ!」
 「ああ、君は何時だったか◯◯町の◯◯ホテルに行った事があるだろ」
 その言葉に、一瞬にして電流が流れたように背筋が伸びてしまった。
 「ロビーをこっそり見ていたら、変な髪型をした男性を見つけてね。本人は上手く化けたつもりかもしれなかったが、僕には直ぐに分ったよ」
 あぁ、あの時…。
 そして、やはり「先生と奈美子さんだったんですね“歳の差夫婦”って…」
 「ん、歳の差…?」
 「あ、いや…」
 「確かに、僕と奈美子は一回り以上の“歳の差”があるが?」
 「いえ、それはこちらの事でして…はい」
 私の聞き取れないような小さな声にも、先生は特に興味を示すような事はなかった。


 「あの…確かに私は“ある人”を通して誘いを受け、そのホテルに行きました。そこで」
 「ああ、分かっているよ。僕もまさか寺田君が現れるとは思っていなかったから、その時は凄くビックリしたよ。同時に恐ろしい偶然があるものだと2度ビックリしたね」
 「本当に仰る通りです」
 「しかし狭い世界だから、共通の知り合いがいてもおかしくはないよね」
 「はい…」
 頭の中には、渋谷君や神田先生の顔が浮かんでいた。考えてみれば、彼等の仕事の範囲もある程度は決まっている筈なのだ。まして体験者によって紹介が生まれるのだろうから、自ずと狭い世界での出会いになってしまう。


 コホン、先生の咳払いがした。私は改めて先生の顔を見つめる。
 「それで、君は奈美子を抱いたわけだ。だから僕も、堂々と久美子君をね。どうだい“ご主人”」
 「あぁ…」
 私には先に奈美子さんとセックスしてしまった負い目がある。それに、妻を寝取られたいという願望もある。そう、今ならハッキリそれが自覚できるのだ。
 しかし…。
 「あのぉ、先生」
 「ん、なんだね?」
 「やっぱり、その、無理そうです…」
 「………」
 先生は私は暫く見詰めた後、フーっと大きく息を吐き出した。そしてニコリと笑った。
 「そうか。それは仕方ないなぁ」
 「す、すいません」
 「いや、気にする事なんか何もないよ」
 「………」
 「君の方は、最近になって久美子君との仲が良い方向に向かってるみたいだしね」
 先生の言葉に、私は無意識に頷いていた。そうなのだ。先だっての日曜日から、久美子の“一人語り”によって私の欲求は満たされつつあるのだ。同時に妻の精神も開放されてると実感する事が出来ているのだ。奈美子さんとセックスした負い目はあるわけだが、その秘密を内に秘めるのも快感の一種と考えよう。私は自分の思考を上手くコントロールしようとしていたのだ。


 先生との会話はその後、世間のニュースや職場の話題に変わり、いたって健康的な時間となっていった。不思議なもので、陰湿な空気が流れていたこの店の雰囲気も、開店を待つ有りふれた酒場の一つに思えていた。
 そして、頃合いを見計らった時だった。
 「秋葉先生、ではそろそろ」と腰を浮かせようとした。
 先生の方も、引き留める素振りを見せる事もなく、あっさりとお別れの挨拶となったのだった。
 「じゃあ寺田君、また何かあればね」
 先生は最後に、ウインクまでみせていた。その表情(かお)は、年甲斐もなくお茶目な一面を浮かべていた。


 先生が店のドアを開けてくれて、私は陽の高い世間へと歩み出た。その時だ。
 「そうだ。久美子君の事だけど」
 その言葉に、一瞬緊張が走った。
 「奈美子が今まで通り、お茶会なんかに誘うのは許しておくれ」
 私は笑みを作ろうと試みながら頷く。
 「僕から久美子君を誘う事は、もうないからね」
 「は、はい」と私は畏まった。
 「でも、久美子君の方から“僕達夫婦“に新たな相談でもあったら…ふふふ」
 「………」
 先生がまだ何か云いたそうに見えた私だったが、その会話を自ら打ち消すように、先生はニコリと微笑んでドアを閉めたのだった。