小説本文




 生まれて初めて見ている他人のセックス。
 ガラス越しとはいえ、私と同じ教職に身を置く夫婦が、仮面を着けて恥態を披露しているのだ。


 “押し車”という初めて耳にした奇妙な体位と立ちバックを交互に披露し終えた二人が、今ベッドに倒れこんだ。
 渋谷君が口にしていた“命令”、まだその続きがあるのかと私の目は二人を追っている。


 私の横で渋谷君が「奈美子の方が一回りほど若いし、まだ満足してない筈ですよ。旦那のインポが治った影響もあるでしょうしね」と、意味深な視線をベッドの二人に向けながら呟いた。
 そのベッドの上では、奈美子さんが早くも起き上がっている。そして、仰向けのご主人の顔を跨いで立つと自身の股間に手をやった。


 「先生、この夫婦は二人ともマゾっ気があるって前に言いましたけど、二人の間では互いがSになる時もあればMになる時もあるんですよ。ほら、奈美子がマンコをシャブらせますよ」
 見れば奈美子さんがご主人の顔の上、股間を拡げてMの字でしゃがんで行くではないか。これは間違いなく“痴女”が“M男”に跨がる構図だ。
 ご主人の口の辺りに股間を落とした奈美子さんが、ウンチングスタイルのままアソコを擦(こす)り出した。まるで痒い所を当て擦るようにだ。


 「ほら、見てて下さい。擬似3Pに入りますよ」
 渋谷君の声と同時に、奈美子さんの口からヌルっと舌が露(あらわ)れた。
 「ふふふ、奈美子は下の口でチンポを咥えて、上の口でもう一人の男のアレをシャブってるんですよ」
 あぁ、言われてみれば奈美子さんは騎乗位の格好で腰を振って、別の男の“物“を確かにシャブっている…ように見える。
 「へへっ、実は先日、3人で絡んだ時もこの格好で犯(や)ってるんですよね」
 「あっ、ウウウっ…」私の口から出るのは唸りだけだ。


 「ふふっ、先生は3Pってやった事あったんでしたっけ」
 「えっ!そ、そんなの…」あるわけないじゃないですか…と、口にしようとしたが言葉にならなかった。
 彼は私の表情に気づいてか「ああ、すいません。分かってますよ」とニコリと笑う。
 その笑いは小心者の私の性癖を見通してる笑いに違いないのだ。


 「先生、ほらアレ、旦那の方」と、彼からは嬉しそうな声が続く。
 ご主人の方をよく見れば、仰向けのまま右手が胯間を握っている。
 「旦那も復活して以来、調子が良ければ2、3発はいけるようになったみたいですよ」
 ああ、今の声には下品な響きがあったが、間違いなく嬉しさも込められている。
 そんな彼の期待に応えるわけではないだろうが、ご主人の手に握られた一物が反り上がりを魅せ始めた。


 「先生、僕はね“薬”は使わせないんですよ」
 「?…」
 「ほら、バイアグラを使う人とかいるじゃないですか」
 「あっ!」
 「ええ。バイアグラが邪道とは言いませんが、男の勃(た)つ勃たないで1番大事なのは“脳”だと思ってますから…な~んてね」
 彼の口調にはおどけも混ざっていたが、私の中では唸りが上がっていた。
 言われてみれば、寝取られ小説でもそのような事が書かれていたではなかったか。


 「ちょっと先生、顔が真剣になってますよ」と、渋谷君が苦笑いを浮かべる。
 「今はエロに集中して下さいね。ほら、旦那が起き上がりますよ。もう一発ヤル気ですよ」
 「ほ、ほんとだ」
 確かにご主人が股間のソレを握って、奈美子さんの後ろに移動している。
 奈美子さんはご主人に背中を押されて、四つん這いに畏まった。


 「ふふ、犬の格好ですね」
 「………」
 「でも、この夫婦って以前はバックでやった事、あまり無かったらしいですよ」
 「そうなの!」と、驚きが口に付いた。同時に頭の中には“私達も”と言う声が通り過ぎていた。
 そうだ。妻の久美子も若い頃『お尻の穴が見えちゃうなんて』と渋った事があった気がする…と思い出したところで、先日のホテルの様子が蘇って来た。あの時、やけに興奮を覚えた理由を思い付いたのだ。それは、何年かぶりに犬の格好で交わったからではないだろうか。


 「先生、奈美子は以前は、バックでやると尻(ケツ)の穴が見えるからって渋ったそうですよ。それでね、この格好で犯(や)る回数が少なかったみたいですよ」
 「!…」
 「でも、それが今は“これ”ですから」
 渋谷君が顎をしゃくった先では、早くも奈美子さんがご主人の突き上げに、獣のごとく咆哮(ほうこう)を上げている…ように見える。
 それにしてもだ…目の前の奈美子さんと妻の久美子には、似ている所がありすぎるのではないか。


 それから激しい腰使いを見せ始めたご主人だったが直ぐに「あれれ、ダメみたいですね」と、渋谷君の声だ。
 ご主人の様子を見れば、俯いて結合の部分に目をやっている。
 「あぁ、勃(た)ちが悪いみたいだ。やっぱり連発は無理そうですね」と、渋谷君が再び苦笑いを浮かべた。


 「ん~っと、じゃあ先生が中に入って旦那の代わりに犯(や)るってのは如何ですか」
 「ええっ!」
 「先生も見てるだけじゃつまらないだろうし“お助けマン”としてどうですか」と、真剣な眼差しが向いてきた。
 「あぁ…いや…しかし」私の額からは汗が流れ落ちていく。


 「ふふっ、冗談ですって」
 あぁ…彼の笑いに、身体の力が抜けていく。
 「大丈夫ですよ。無理強いはしないように神田先生からも云われてますから」
 「あ、ありがとう…ございます」
 私は俯いて額の汗を手で拭った。


 「先生、疲れてきました?でも、奈美子はまだ物足らないみたいなんですよね」
 「えっ」
 顔を上げると、衝撃の姿が目に飛び込んで来た。
 なんと目の前、ガラス窓いっぱいに紀美子さんがヘバリ付いている。
 それはまるで、巨大なヤモリが窓にお腹を見せて、貼り着いている姿ではないか。私はその迫力に一瞬言葉を無くした。だが、目は飛び出すほどに見開いている。


 観(み)れば、乳房が押し潰されたみたいに拡がっている。その中心の乳輪が二つとも目玉のように見える。
 下腹もガラス窓にピタリと吸い付いている。


 「ふふっ、変態でしょ、この女。乳首をしゃぶって貰えないから押し付けてるんですよ。マンコに挿(い)れて貰う物がないから、股間を擦り付けてるんですよ。ほら、止まりませんよ」
 「あぁ…」
 彼が言う通り奈美子さんの身体は貼り付いたまま左右に小刻みに、そして前へ前へと乳房と股間をグリグリと押し付けている。


 「あらら、今度は舌を出しましたよ」
 本当だ。奈美子さんが舌を出して舐めている。鏡に映る自分の唇をシャブっているのだ。
 あぁ…こんな小説もあった。乱交パーティーに出た妻をマジックミラー越しに夫が覗く場面が浮かんでくる。


 「これ、逝くまで止めないですよね、きっと」
 「………」
 渋谷君の声に何か言葉を返そうと思った私だったが、口が動かなかった。唇が渇いて上手く開かないのだ。


 「先生どうしましょうか。誰かがこの女にトドメを刺さないと終わりませんねぇ。そうなるとやっぱり…」
 あぁ、またも渋谷君の圧だ。
 「あ、あの…これも“命令”ですか」
 「ん!?ふふっ」
 彼の何とも言えない笑みに、身体が再び震えていく。しかし。
 「あ、もうこんな時間だ」ああ残念…と呟いて、彼がニコリと微笑んだ。今度は無邪気な笑みだ。
 「先生も帰らないと明日の授業に響きますものね」
 彼の言葉に、私はふうっと息を吐いてスマホで時間を確かめた。その私の目の端では、巨大ヤモリがまだ乳房と股間を捏ねるように押し付けている。


 「じゃあ、そろそろ旦那に電話を入れますか」
 それから渋谷君が電話をかけてる間も、私は奈美子さんの得体の知れない姿を興奮状態のまま見続けていた。
 それにしても、快楽の深遠をさ迷うこの女(ひと)の性癖がどのようなものか、私はただただ圧倒されるだけだった。勿論、仮面が奈美子さんの振る舞いを担保したのは分かるのだが。


 向こう側では渋谷君との通話を終えたご主人が、紀美子さんに寄って彼女の肩に手を当てている。そして、耳元で一言二言囁いた。
 奈美子さんはご主人の言葉に、ようやく我に帰ったのかガラス窓から身体を離している。そして俯き、ご主人の胸に顔を埋めた。その瞬間、私の中に衝撃が走った。奈美子さんの耳たぶの下に、黒子(ほくろ)が見えたのだ。それは、小指の爪ほどの大きさの薄い黒子…妻と同じようなやつだ!


 呆然とした私の視線の先、二人が床のガウンを拾い上げたタイミングで「あのぉ、寺田先生」
 ハッと声に振り向けば、渋谷君がどこか申し訳なそうに私を覗き込んでいた。
 「すいませんが、僕はこちらのお二人をお見送りしますので、先生はお先に」
 そうだった。あちらの夫婦と顔を合わせるような事にでもなれば、心臓が止まってしまうかもしれない。それでなくても今見た黒子のせいで、この心臓はバクバクなのだ。
 私は彼の言葉に従い、部屋を出る事にした。
 挨拶もそこそこに現実逃避するように、駅に向かった。それでも頭の中では、”奈美子さん”の黒子が舞っていた。


 M駅に着いて電車に乗って直ぐだった。
 着信音に気が付いて、スマホを開けてみれば渋谷君からのメールだ。


 《寺田先生、今夜はお疲れ様でした。
 急な出来事にも対応していただきありがとうございます。
 あの後、ご夫婦に覗きをしていた中年男がお二人の絡みに興奮してパンツから“アレ”を出して、シコシコやり始めたんですよ、って告(い)ったら奥様の顔が真っ赤になってましたよ。
 そう言えば奈美子さんは、プレイ中も視線を感じて興奮していたと仰ってましたね。
 今度は本当に3Pプレイへのご招待が来るかもですね(笑)
 それと、先生の相談にはこれからも協力しますのでお気軽にどうぞです。
 では、気を付けてお帰り下さい。
 失礼します》


 私は車中、その返信を何度か読み直した。『…本当に3Pプレイへのご招待が…』そんな事より、あの奈美子さんと妻の久美子の姿がダブってしょうがない。二人は同一人物だったりして…。
 それから少し頭痛を感じて目を閉じた。しかし、直ぐに先ほどの奈美子さんの裸体が浮かんできて、そこに妻が重なってーー。


 ーー二人は同じ髪型、同じサイズの乳房に尻。そして黒子だ。
 彼女達は後ろ姿を見せると、身体を倒して股ぐらから私を覗く。身体の軟(やわ)らかさも二人一緒。
 やがて二人は並んで犬の格好になる。
 そして…。
 『アタシ、本当は後ろから犯されるのが大好きなんです…お尻の穴を見ながら突いてぇ…』
 『アタシもお願い…』
 良く似た女が二人、私に向かって四つん這いで尻(ケツ)を突き出している。
 あぁ…何だこれは…。
 あぁ…これは悪い夢に違いない…。