小説本文




 ーー私はカフェで渋谷君が来るのを待っていた。
 この窓際の席からは、先程までいたホテルの姿を遠目ながら見る事が出来る。
 下の階から上に数えていって10の所で目を止める。
 あの部屋だっただろうかーー。
 今頃あの御夫婦はどんな事を考え、何をしている事やら。奈美子さんが私との“行為”の様子をご主人に話し、ご主人はそれを聞いて嫉妬の炎を燃やしながら奥様を責めているのだろうか。
 私の頭の中で繰り返されるのは、彼女が絶叫を上げたシーン…もあるが、その時目に映った一点だ。
 そう、まさに一点。四つん這いの肢体に後ろから私の硬直したソレを突き刺し、絶頂に導いた瞬間に目に映った首筋。
 ズボズボ厭らしい出し入れの音を聴きながら、私は彼女の耳に掛かる髪をまさぐった。
 ショートボブの髪が振り乱れ、耳たぶの下辺りに目をやった。
 そこには黒子(ほくろ)が有ったのだ!
 仄暗い灯りの下で、やっとその場所を見る事が出来たのだった。
 同時に心と身体が沈んで行く気がして、思わず一物を引き抜いてしまった。
 腰が止まった私に、喘ぎの声を上げていた肢体が振り返って、私達は見つめ合った。
 この女は…やはり…あぁ…。


 しかしだ『止めないでッ!お願いもっと突いてッ、突いて下さいッ!』
 その声に衝撃が走り抜けた。
 違うっ!久美子の声ではない!


 私の驚いた様子など気にする事なく、女ーー奈美子さん(?)が膝歩きで寄ってきた。そして私の物を咥えた。
 股間のソレは、再びヌルヌルになっていった。
 卑猥な舌使いを感じながら、奥様の右側の髪を掻き上げた。そして、もう一度確認しようと試みたがよく見えなかった。
 そこで私は、腰を浮かせながら一物を引き抜き抜いて、奥様の手を取って通路の壁にあった姿見の前へと連れて行ったのだ。


 姿見の前も薄暗いスペースだった。私は身体を出来るだけ鏡に近づけた。
 すると、直ぐに奥様が跪(ひざまづ)いて私の股間に唇を寄せてき。
 その唇からは『あぁ…嫌らしいィィ。変態女が映ってますわぁ』何とも言えない卑猥な響き。その声も間違いなく妻のものとは違っていた。
 と思った瞬間、私のソレはもう一度奥様の口の中へと飲み込まれていた。
 鏡の中はデジャブのようないつかのシーン。違うのは二つの顔が仮面に覆われている事だった。自分の髪型が滑稽に観(み)えたが、そんな事を気にする時ではなかった。
 私は跪(ひざまず)く女体を見下ろした。仮面を外してやりたい衝動が起こるが我慢する。


 鏡に映る奥様…奈美子さんのフェラチオは何とも厭らしく、快感の高まりと共に妻の口技との違いを意識してしまった。
 牡のシンボルは、あっという間に爆発の予兆を感じた。奥様が口を離して、信じられないような隠語を吐き出してきた。
 『アタシのアソコ、もう1度後ろから突いて下さぁい。アタシ、見ず知らずの他人(ひと)にオマンコを汚してもらいたいんでぇす。アタシ変態なんですよお』
 その声に導かれて、奥様の手を取り鏡に付かせた。そして、剛直を握ってアソコに先っぽを充てがった。
 泥濘を探して挿入すると、何かに急かされるように腰を打ち付けた。鏡の中の痴態を視ながら振り続けたのだ。


 理性は快楽に連れ去られそうになったが、私は奥様の耳たぶに掛かる髪をまさぐり問題のヶ所に目をやった。
 確かに黒子はあるが、声は間違いなく違っている。
 『イャンっ見て!鏡の中のアタシ達、凄く厭らしいわッ』
 その声は堪らないくらいの卑猥なものだった。声は出さないでーーそんな約束はとっくに消えていたのだ。
 『ねぇぇアタシのオマンコ気持ちいいですかぁ』鏡越しに卑猥な声が続いてやって来た。
 『あぁ…はい。ぐしょぐしょのヌレヌレですよ。凄く気持ちいいですっ』私は導かれるように応えてしまっていた。


 身体は卑猥なやり取りに高揚を感じっぱなしだった。
 私は腰を振りながら結合の箇所を観(み)てみようと破れ目を拡げてやった。
 『あぁ入ってますよ奥さん。奥さんの大好きなチンポが変態マンコに入ってる所が丸見えだ。アナルがヒクヒクしますよっ』
 『いやんッ!厭らしいわ!もっと見て。もっと突きながら見て!』
 しかし…。
 耐えに耐えていた射精の瞬間が来てしまったのだったーー。


 ーー逝った後、私はバツが悪そうに姿見の前からベッドへと奈美子さんの手を引いた。
 しかし、浮気を経験した事のない私は、ここでどうすれば良いか分からなかった。そんな私に気が付いていたのか、奈美子さんがバスルームを指さしていた。


 奈美子さんがシャワーを終えた後は私も使わせて貰った。バスルームで仮面を外して鏡に自分の顔を見た時だ。一気に現実に引き戻され、それまでの“行為”を思い出してか身体が震え出した。
 妻を裏切った事実と、牡としての役目に納得いかなかった愚息に打ち拉(ひし)がれていたのだ。
 バスルームから出た時の奈美子さんの視線が恐かった。だが、我慢してそこを出た。勿論、仮面を着け直してだ。
 出てみれば渋谷君の迎えの姿を見て、ホッとした惨めな私だった。


 先に部屋に戻った私は、取り敢えず着替える事にした。
 着替え終えた丁度その時に、ドアが開かれた。渋谷君だ。
 『先生、すいませんけど、さっきのカフェで待ってて貰えますか。ご主人も上がってきたので、もう少し話を』と、入ってくるなり目配せして、直ぐに隣の部屋へと戻って行ってしまった。
 そして私は、今いるカフェにやって来たわけだ。
 彼が姿を見せたのは、それから20分ほど経った頃だったーー。


 「すいません。お待たせしました」
 少し息を弾ませた彼の表情には、安堵の色が見て取れた。当然、あの御夫婦に彼なりの気遣いがあったのだ。
 彼の様子に「ご苦労様…」私の口には自然と労いの言葉が付く。
 しかし、私の口調に重いものを感じたのか「先生、疲れました?」と、心配そうに尋ねて来た。
 「いや、大丈夫ですよ」即座に首を振る私。
 それでも彼は、こちらをシゲシゲと眺めながら「本当ですか。思ったより早かったみたいですけど1発でした?」悪戯っ子のような笑みで訊いてくる。
 「えっ、ええ、まあね…」
 「そうですか。ふふっ、大丈夫ですよ。緊張で先生が勃(た)たなかったらどうしようかと、実はそっちを心配してましたから。ああ勿論、先生もそうですけどあっちの先生方にも悪いですからね」
 「あぁ、そうですね…」絞り出すように返事をした私だったが、早漏(はや)かったんですよ、とは言えなかった。


 そんな私は、話しの視点を変えたくて「ところで渋谷君さぁ、ご主人は何処にいたの?ずっと喫茶室?」と尋ねてみた。
 「ああ、ご主人ですか。ご主人は寺田先生が奥様の部屋に入って直ぐ、電話でこっちの部屋に呼んだんですよ。先生を迎えに行く時は一旦又、下に行ってもらいましたけどね」
 「そうだったんですね。私と顔を合わすと気まずいですもんね。それで、部屋にいる時はどんな感じだったんですか」
 「それがですね、部屋の中をウロウロしたり壁に耳を当てたり色々やってましたよ。自分から声は出すなって指示してたし、聞こえる筈もないのにね」
 彼の言葉に心臓が一跳ねした。まさか“アノ”声が訊かれていたのかと。


 「まぁでも、ご主人はご主人なりにムラムラモヤモヤ興奮してたと思いますよ」
 「………」
 「で、寺田先生の方はどうだったんですか」
 「え、どうと云うと?」
 「ん、あっちの奥様の身体ですよ。満足出来たんですか」
 「はぁ、まぁ一応…」
  私の答えに、渋谷君が意味深な目を向けながら「ふふふ」と笑いを浮かべた。
 「寺田先生、その云い方だと相手の奥様は久美子さんではなかったわけですね」
 あッ!改めて指摘されて慌てて頷いた「そ、そうなんですよ。申し訳ない。実は声…奥様が声を出してしまって、それが妻とは全然違ったんです」
 無意識に謝罪の言葉までついた私だったが、渋谷君はニコリと頷いた。同時にスマホを取り出した。
 見ればメールだろうか、画面を覗き込んでいる。
 私は彼を横目に、もう一度奈美子さんとのあのシーンを思い出してみた。右の耳たぶの下には確かに黒子(ほくろ)があった。あれは“白昼夢”ではなかったかと改めて自分に言い聞かせたのだーー。


 と、渋谷君の声だ。
 「先生、ご主人からのメールですよ。読みましょうか。いいですか。えっと『色々とありがとうございました。妻は想像以上に興奮したみたいです。御相手の先生のぺニスが自分に合ったのか、異様に気持ち良かったみたいです。私の方も妻の話に大興奮で、アソコがビンビンになってハッスルしました(笑)』…ですって先生」
 メールの内容に一瞬の安堵を覚えたが、直ぐに奥様の謙遜が入ってるのだろうと、私は却って自分の情けなさを自覚してしまった。


 「………」
 「先生、それにしたって良かったじゃないですか。相手は奥様の久美子さんじゃなかったんだし。おまけに奈美子さんとの身体の相性も良かったわけだから。奈美子さんもメールにあった通り満足したんですよ。そうそう、僕が別れ際の挨拶をしてる時も仮面を着けたまま俯いてましたね。やっぱり初めてのお相手だから恥ずかしかったんでしょうね」
 「ええ…そうかもしれませんが、でもね」
 「ん?ひょっとして浮気をしてしまったとか嘆いてます?」
 「そ、それはそうだよ」
 「………」


 渋谷君は私の言葉に口を閉じてしまった。
 沈黙の間に私は、繰り返しコーヒーを口に運ぶ。
 やがて。
 「お気持ちも分からなくはないですが、先生だって切っ掛けがあれば奥様を寝取られたいとか、ご自分も淫靡な世界を経験してみたいとか思ってたわけですよね」
 改めて“それ”を告(い)われると、ぎこちなくも頷いてしまう。確かに渋谷君の指摘は当たっているところなのだが。


 「ふふっ、まぁ先生の性格も分かってきたつもりですから、ここで責める気はありません。でも、神田先生も云ってましたけど寺田先生みたいな真面目な人に限って、嵌まると凄いと思ってますけどね」
 あぁッ、それは先日の酒の席でも先輩ーー大塚先生からも告(い)われた事だ。


 私は息苦しさを覚え始めていたが、その時彼が思い出したように訊いてきた。
 「そうだ。そうなると奥様の久美子さんが云ってた“半年前からしてる好きな事”。それって分からないままですよね」
 「そ、そうなんですよ。実は今日も、妻は友人の方の奈美子さんに会うと云って出掛けてるんですよ」
 「え、奥様の友達にも奈美子さんって方がいるんですか」
 「ああ、そうなんですよ。凄い偶然なんですけど…」
 「なるほどね。じゃあ、奥様はそっちの奈美子さん会うと云って、実は浮気の最中だったり…な~んてね」
 「あぁ…」
 「ふふふ…」


 渋谷君が口元を歪めながら意味深な目を向けている。
 「では先生、また機会があれば尾行してみますか。前にも云いましたけど、僕なら協力しますよ。はい、悩み多き中年教師の為なら身体張りますから。へへっ」
 「あ、ありがとうございます」
 素直に感謝の言葉が口に付いた私だった。
 しかし、その尾行のチャンスはいつ来るか分からない。妻が二日続けて…明日も出掛けるとは思わないし…。
 ところが…。
 この日、家に帰ると…。