小説本文




 カフェで渋谷君と分かれた私は、真っ直ぐ家に向かった。
 夜になると妻の久美子も帰ってきたが、彼女の表情(かお)はどことなく浮かないものだった。 

 
 「お帰り。あの、どうだったのかな…デートは」
  妻を迎えた私の声には、緊張が混ざっていた。 “デート”の言葉を使ったのは、私なりの妻への探りだ。妻は私の言葉に「えっ…奈美子の事ですよね」と、彼女の声にも緊張が混ざっている。私は目で、そうだよ、と告げて頷いてみせた。


 「ああ…はい。それが実は、奈美子の体調が悪くて延期になったんですよ」
 「え、そうだったの」
 「はい。それで明日、お昼頃から会う事になったんです」
 「…じゃあ、今日はどうしてたの」
 「今日ですか…。奈美子からメールが来た時は駅に着いていたので、一人でショッピングモールに行ったり、後はカフェを2軒ばかし寄ったりしてましたわ」
 「ああ、そうだったのか…」
 それは短いやり取りであったが、心の中に不穏めいたものを感じていた。妻の方はそそくさとキッチンに足を運んでいる。


 彼女が冷蔵庫に手を掛けた時だ。その後ろ姿に、帰り際に考えていた事を思い出した。そう、念の為に黒子(ほくろ)を観(み)ておこうと思っていたのだ。
 その試みは上手くいってくれた。冷蔵庫を覗く素振りで近づくと、ソレはすんなりと確認する事が出来たのだ。
 見た瞬間にはーーあぁやっぱり“歳の差夫婦”の奈美子さんの“もの”とは違ってるじゃないかと、そんな声が聞こえた気がした。


 そんな私を「あら、あなた」妻がこちらをジイっと見詰めていた。
 「髪の毛が…」
 今更のその一言に心臓が縮み上がった。ホテルからの帰り、途中駅のトイレでいつもの髪型に直したつもりだったのに。
 それでも妻は「あなた、お風呂がまだならどうぞ。私は後でいいですから」と、それ以上に気にする素振りもなく呟いた。
 私はぎこちなく頷くと、逃げるようにバスルームに向かったのだった。


 脱衣所で下着姿になった時だ。 “その”事に気づいて、パンツを脱ぐと広げてみた。
 それは浮気の跡がないかの確認だった。
 問題の部分に顔を近づけてみる。どうやら精液の臭いも跡もないようだ。ホテルでシャワーを浴びたので大丈夫だと思っていたが念の為だった。
 私はふうっと息を吐いて、湯船に向かった。
 身体はいつもより丁寧に洗っていた。これが浮気した者の習性なのか。果たして私に妻を追求する資格はあるのだろうかと、色んな事を考えた。


 風呂から上がると真っ直ぐ自分の部屋に行く。
 イスに座れば直ぐそこにパソコンがある。が、今夜もそれを開くつもりはない…筈だったが、私は一旦ドアを振り返ってから電源を入れた。
 このパソコンを開くのは、妻に性癖を知られてからは初めてかもしれない。
 とは言え、エロサイトだけが目的ではないのだ。そんな何気な気持ちで検索サイトを立ち上げてみれば衝撃の…いやいや見慣れてしまったニュースの見出しに目がいった。


 【教員夫婦が自分達の裸を未成年に!】
 その文句に風呂上がりの身体が、更に熱くなるのを感じた。
 身体を前屈みにして読み始めてみる。


 記事に出ている教員夫婦は、九州にいる40代の中年夫婦だった。
 二人とも小学校で教鞭をとっているようで、その夫婦が公園の砂場で遊んでいた4 、5人の児童の前で露出プレイをしたみたいだ。
 素っ裸の上にコートだけを羽織った奥さんが、いきなりガバっと開げたらしい。旦那の方は、その様子をこっそり撮影していたとか。


 これまでも教師が教え子を盗撮したり、痴漢、それに買春に売春、そんな同じ職の人間の不祥事や事件をイヤというほど見てきた…いや、実際に目にしたわけではないが、事実として受け止めてきた。
 どこの学校でもそうだろうが、この類の事件があった日には、学校長からの注意と訓示めいたものがあったものだ。しかしそれも、回数が増すに連れて慣れたものになってしまった。そして、教師の職が長くなるに連れて同情の気持ちが強くなっていった。それは勿論、加害者への同情だ。
 教師という職業は、それほどストレスの溜まるもので、たちの悪い事に病的なものが多いーーと思っている。


 私は記事にある教員夫婦の様子を頭の中で想像してみたーー。
 広い公園。
 砂場で健気に遊ぶ子供達。
 平和な日常の光景だ。
 そんな平和な場面を息を殺して見詰める夫婦。
 彼らにとっては、初めての“露出”では無かった筈。
 魔が差してやった初めての行為が、きっと病みつきになったに違いない。
 話を持ちかけたのは夫の方ではなかったか。
 夫に“その手”の癖があったのは、想像が付く。それが溜まりに溜まったストレスで解放に向かってしまったのだ。
 妻の方は、その話を持ち掛けられた時にどんな事を考えたのだろうか。元々、その手の願望があったのか?
 どちらにせよ、妻も夫の企みに乗ってしまったわけだ。そして“嵌って“しまったのだろう。


 それにしても、私より上のキャリアの先生が露出プレイをしたなんて。
 しかし私の中には、この夫婦に対する軽蔑など全くない。
 あるのは同情とシンパシー。そして、素直に羨ましいという気持ちだ。そう、その気持ちもあるのだ。私達だって…このまま教師を続けて行ったら…。


 そんな露出夫婦の事を想っている時、大切な事を思い出した。尾行の事だ。
 久美子は明日の昼頃から奈美子さんと会うと云っていた。とすると、家を出るのは11時頃か。
 渋谷君の言葉を思い出してみる。彼は前に、このマンション近くから尾行を始めてもよいと言ってくれた筈だ。私は頭の中を整理してメールを送る事にした。


 返信が来たのは、ベッドに潜り込む寸前の時だった。
 彼はこちらの急な依頼にも快(こころよ)い返事をくれた。


 《畏まりました(笑)
 ご自宅の近くにコンビニがあるのがネットで分かりました。
 そこはイートインスペースがあるみたいなので、11時前にはそこに入って時間を潰してます。
 奥様が家を出たら連絡をよろしくです!》


 彼からのメールを読み終えた時には、そのコンビニの様子が頭に浮かんでいた。
 我が家もよくお世話になるコンビニだ。イートインスペースがあるのも、もちろん知っている。うん、あの席に座ればマンションのエントランスが見える筈だ。
 渋谷君によろしくお願いしますと返信を送って、私はベッドに横になり天井を見上げた。


 常夜灯の暗さの中、目はシッカリ開いている。昼間にあった気疲れは、今は不思議と感じない。
 私は先ほどネットで読んだ露出夫婦の事をもう一度考えてみた。
 彼らは捕まらなければ、これからも露出行為を続けたに違いない。そしてプレイは、間違いなくエスカレートして行った筈だ。その行為に歯止めは、あっただろうか。どこかのタイミングで神田先生のような人と出会えれば、カウンセリングを受け、秘密裏に変態プレイを行える場所を提供されたかもしれない。
 しかし、そんな願望を持った教員が神田先生に出会えたとしても“失敗”して世間の晒し者になる事だってある筈だ。
 そう、 “歳の差夫婦”だってギリギリだったのだ。
 あの御夫婦は渋谷君にそそのかされたとは言え、自宅の部屋のカーテンを開けて、隣のマンションに向かって局部を露出しているのだ。


 私はフト想った。私もやっていたのだと。
 酔ってたとはいえ、この部屋のカーテンを開けて惨めな格好で淫部を曝したのだ。そう、隣のマンションの窓、窓、窓に。


 身体がモゾモゾと蠢き始めていた。部屋の空気もザワザワと鳴っている。何かに導かるたように私は起き上がった。
 バルコニー側のカーテンの前に立って、隙間から外を覗いてみた。向こうのマンションの窓に薄っらとしたシルエットが見える。他も見てみれば、同じような影があるではないか。
 ゴクリ、喉が鳴った。


 向こう側の影、影、影に目を向けながら、パジャマのズボンに手をやった。
 テロンと露出される局部。ソレを右手で握ってみる。2、3度擦るとみるみる大きくなっていく。私はソレをカーテンの隙間からガラス窓に押し付けた。隙間をもう少し開けて、顔も近づけた。
 こちらは常夜灯。向こう側から私の姿など見える筈がない。私はヤモリになって股間を更に強く押し付けた。
 意識の奥から湧いて出るのは、奈美子さん。そう、歳の差夫婦の奈美子さんだ。
 あぁ、あの女(ひと)と鏡の前で中年に差し掛かった身体を見せ合って、刺激を得たい。世間に顔向け出来ないような秘密の行為を、聖職者同士で愉(たの)しみたい。
 あぁ…異様にアソコが硬くなっている。この惨めな姿も見られたい。軽蔑の視線を浴びてみたい。
 そうだ、久美子とも。
 久美子にカミングアウトして、変質者の世界に一緒に行かないかと話してみようか…。


 と、眼の前のガラス窓に小さな“何か”が張り付いている。
 それこそヤモリか。
 私は屈んでソレに目を近づけた。手を出して触れてみようとしたが、ソレはバルコニー側に引っ付いてある。
 その時、気配を感じた。人がいる。バルコニーに裸の女だ。
 瞬間、ゾゾゾと悪寒が走り抜けた。
 こちらに向いているのは、括れれた腰回りに豊満な臀。間違いなく一糸も纏わない裸の女性だ。
 その女が足を肩幅程に拡げて前傾に倒れて行く。
 豊満な臀が、膨れ上がって目の前に寄って来る。その迫力に私の身体は後退りしそうになった。女の股ぐらからは、手が伸びてくるではないか。そして“ヤモリ”を掴んだ。
 いや違う。ソレはアレだ。エロ小説や動画でもよく見たヤツ。
 ヤモリと思ったのはディルドだ!
 女がディルドを扱きながら破れ目に充てている。
 みるみるうちに飲み込まれていく卑猥な性具。同時に巨大化した臀が揺れ始めた。
 私は結合の部分に顔を寄せて、抉るように見詰めた。ふと、頭の中に渋谷君の言葉を思い出した。歳の差夫婦のご主人が、妻の奈美子さんと渋谷君の繋がりの部分を舐めた話を思い出してしまう。
 そんな私は、無意識に舌を出していた。そして、ディルドが女穴に挿し込まれてる部分に舌を当てた。
 冷やっとしたのはガラスに舌が当たったからだ。しかし、向こう側に突き破らんとばかりにガラスに舌をねじ込んだ。


 いつの間にか股間はカチカチだ。私は立ち上がると、中腰になって股間をディルドに向かって…ガラス窓に押し当てた。そして腰を振り始めた。
 ガラス1枚を隔てた疑似セックスだ。


 女の臀(ケツ)の揺れが激しくなっていく。私の身体も揺れてくる。
 女が地べたから手を離して中腰だ。そして振り向き、髪を掻き上げた。
 あ、黒子!
 私の様子に女がニヤリと笑った。瞬間、サーっと暗い幕が降りてきて…。
 私はハッと我に帰った。
 あぁ…又とんでもない夢を…。