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第24話
日曜の朝、私は目を覚ますと重い眼(まなこ)を擦って朝陽が射し込む窓に顔を向けた。
起き上がって、そのバルコニー側のカーテンを開けてみる。そこには、いつもの朝の眺めだ。
夕べの淫靡な夢を想いだしてみる。窓に貼り付いてあったディルドを中腰になって咥え込んでいた女だ。と、股間の硬さに気がついた。朝勃ちというやつだ。
私は一物を握って苦笑いをすると、気付かれませんようにと念じながら部屋を後にした。
リビングに行くと、今朝も妻の久美子が忙しそうに働いていた。ダイニングのテーブルには朝食用のパンケーキ。心が病んでなければ、平和な朝の風景なのに。
朝食を腹に詰め込みながら、妻の様子を探った。目は自然と下半身に向く。既に外行きのスカートで、その短さは妻の“本気度”を考えてしまう。今日の相手は、私の知らない男だったりして。
彼女が屈んだ。シンクの前、食べ残しでも床に溢したのか。
こちら向きの後ろ姿から、臀が突き上がって来る。
無防備な臀だ。いや、挑発しているのか。それともその膨らみを誰かに捧げようと曝しているのか。
あぁ、スカートを捲ってみたい。夕べの女のように、アソコでディルドを咥えているのでは。私の股間が再び硬くなってくるではないか。
その時、彼女が振り向いた。
「あなたは、今日はどうされてますか」
「へ、ああ、僕かい。僕は…」
「また古本屋ですか」
「あ、そうだね…。そうしようかな」
どことなく冷たく感じた妻の言葉に、私は萎縮してしまった。私を見る彼女の目に、小馬鹿にしたような色が浮かんでみえたのだ。
そんな彼女に気後れを感じて部屋に戻る事にした。
部屋に入ると、ヤキモキしながら色々と考えた。そして頭を整理するーー。
ーーこのところ感じていた妻への疑心は、教え子の相談事だった。共通の知人、秋葉先生の娘さんがストーカー被害にあっていたのだが、それは一応の解決をみた。
直近の“黒子“騒動も、歳の差夫婦の奈美子さんとは別人であると確認出来た。
あと残っているのが、友人の方の奈美子さんの事だ。その女性(ひと)が問題なく本物の奈美子さんと判れば、全てクリアーなのだ。いや違うか。半年前からしている“好きな事”、それだけが残るわけだ。しかし、まずは今日の尾行だ。
私はそこまで頭を整理したところで、渋谷君にメールを送る事にした。今、何処にいますかと簡単な一文だ。
返信が来たのは、10時半になる時だった。
直ぐにメールを開けてみる。
渋谷君は既にコンビニのイートインスペースでコーヒーを飲んでいるとの事だった。私はホッとすると、落ち着いて返信をした。
《朝から御苦労様です。
妻の方はそろそろ出掛けそうな雰囲気です。
出れば直ぐにメールします。
私の方も少し遅れて家を出るつもりです。
今日は小まめに連絡を取り合いましょう。 よろしくお願いします!》
返信し終えた私は、今日の尾行を妄想してみた。
妻は間違いなくバスで最寄り駅に向かう筈だ。そのバスには渋谷君がこっそり乗っている。私は一本遅れのバスに乗るつもりだ。勿論、時刻表も調べてある。
バスが駅に着けば、渋谷君から細かい連絡が来るだろう。そして、妻の相手が友人の奈美子さんなら目的の半分以上は完了だ。その二人が怪しげな遊びをするとは思えないし。
妻の久美子は予想通りの時間に家を出た。その事をメールで連絡して暫くすると、渋谷君からターゲットを確認できた、同じバスに乗り込めたと報告が来た。
こちらも直ぐに家を出て、予定通りのバスに乗り込んだ。
私の乗ったバスが駅に着いてからも、渋谷君とのメール連絡は上手くいってくれた。妻が電車に乗り、M駅で降りたと連絡があった時は流石に不穏なものを感じたーーまたM駅かと。しかし直ぐに、改札の前で女性と落ち合ったと報告があった時はホッとする私がいた。
その次の報告では、相手の女性は髪型がショートボブで体系も雰囲気も妻と瓜二つ(うりふたつ)との事だった。それは間違いなく学生時代からの友達の奈美子さんだと、安堵の気持ちを感じていた。
私は2、30分遅れで妻を追っていたわけだが、北口のカフェに入ったと報告があったところで一旦考えた。そう、渋谷君の事だ。妻の相手が友人と判れば目的は達成で、彼は帰ってしまうかもしれない。私としてはまだ居てほしいのだ。
そんな事を考えながら、渋谷君に今いる場所を聞いてそこに向かった。
彼を見つけたのは目的のカフェが観(み)える場所…と云っても、彼は電柱に身体を隠すようにして私を待っていたのだった。
私は「渋谷君、御苦労様。色々とありがとうございます。けど、M駅とはびっくりしましたよ…」と、苦笑いを浮かべながら話し掛けた。
渋谷君の様子は、何かを思いつめている感じだった。彼の口からはーーしょうがないですね寺田先生は心配性でーーでも良かったじゃないですか奥様の相手が男じゃなくて…なんて言葉が返って来るかと想像していたのに…。
彼は「奥様達は、ほらあそこです。ここから見えますよね、窓際の後ろの席です」と、視線を投げて伝えてきた。その声も何処となくな重そうな感じだ。
それでも私は視線をカフェの方に向けると、妻とその前に座る女性の姿を認めて頷いた。
「うん、間違いなく妻の久美子ですよ。ありがとうね。ところで大丈夫?なんだか元気がないみたいだけど」
「ヘ、ああ僕ですか。僕は大丈夫ですよ、はい…」
私は心配そうに、もう一度彼の顔色を覗いてみた。
すると「奥様の相手も問題のない女性(ひと)ですか」と、硬い声だ。
彼のその声にもう一度窓際に座る二人に目をやった。
「ああ、はい。髪型もショートボブだし、あれが友達の奈美子さんで間違いないと思います。それにしても似てるなあ…」
「そうですよね、僕も最初見た時は双子かと思いましたよ」
双子は大げさだと思いながらも「渋谷君、なんだかお疲れみたいだね」と声を返した。
「いや、ちょっとばかし寝不足なだけですよ」
その言葉に何となくだが納得がいった。確かに彼らくらいの年代は、夜型で朝は弱いのだ。私は黙ったまま頷いている。
そんな私に彼が続けて来る。
「先生、暫く二人を見張りますよね」
彼のその言葉に背筋が伸びた気がした。私は「そ、そうだね」と呟いて「渋谷君は…」と尋ねてみた。
「ああ勿論、僕もご一緒しますよ。ちょっと気になる事もあるし」
見れば渋谷君の眼が、光った気がする。
「僕、店の中に入ってもう少し近くから見てきますよ」
そう告げて彼は、それまで手にしていたキャップを被って見せた。ポケットからはサングラスだ。
カフェに向かう後ろ姿を見送りながら、私はスマホを取り出した。
ここからカフェの窓まで10mチョッとか。スマホのカメラ機能をズームして覗いて見る事にする。そして当然、写真も撮っておく。
3枚ほど写真を撮ったところで、その画像を確認しようと電柱の影で背を向けた。
手元で広げてみる。妻は横顔、前に座る女性は私の方、こちらを向いているところだ。
私は画像の中ーー奈美子さんを見詰めた。以前、妻から見せて貰った時以上に久美子とそっくりな気がする。渋谷君が双子みたいと云った理由も納得がいく。
電柱からそっと顔を出して、もう一度妻達の様子を覗いて見る。彼女達のお喋りは続いているようで、奈美子さんの斜め後ろの席には渋谷君の姿も確認する事が出来た。
頭の中にムラムラと盗撮者の気持ちが湧いて出て来た。いや、支配者か。いつかの妄想の場面が浮かんでくる。
ーーさぁ久美子、テーブルの上に乗って全てを曝すんだ!
ーーお前は好奇の視線に曝されるのが堪らないんだろ。
ーーさぁ脱げ!
ーー尖り立った乳首を見てもらうんだ。
ーーマンコも自分の指で拡げて見て貰え!ドドメ色に変色したお前の嫌らしいマンコだ。
ーーほら早く!
その時、私の横を通り過ぎるカップルに気が付いた。彼らは訝(いぶか)しそうな目を向けていた。あぁ、無意識に一人言まで呟いていたのだ。
身体中がカーっと熱くなって行く。顔から火が出そうだ。あぁ、怪しげな男を演じてしまっている。
そして私は、俯いて溜息を吐き出した。そこから視線を上げれば妻達が立ち上がるところだ。
渋谷君は?そう思いながらも、電柱で影になるように身を隠した。妻達がこちらに来ないようにと願いながらだ。
それからどれ位、縮こまっていただろうか。メールの着信音にゆっくりスマホを開けてみ…と思ったら電話だ。画面に『渋谷優作』の文字。
『先生、奥様達は駅のエスカレータを登ってますよ』
『は、はい。直ぐに追いかけます』
私は云うなり、スマホを耳に当てたまま歩き出した。
渋谷君の後ろ姿を見つけると小走りになっていく。耳には『あれ、南口に行くのかな…』渋谷君の呟きが聞こえてくる。
それからは通話状態のまま、渋谷君の呼吸音だけが聞こえていた。
私の頭の中には『南口』のイメージが浮かんで来ていた。膳と悪が同居してる怪しげな街の姿だ…。