小説本文



 
 職場の中学に着いた私は、席に座ったとたんにドッと疲れを感じた。
 二日酔いの怠さがあるのは勿論だが、今朝の車内での悪夢が重くのし掛かっていたのだ。
 私は重い眼(まなこ)で時計を見た。今朝は同僚達と擦り合わせをしておく事項もない。時間が来るまで目を瞑って、暫し心を休める事にする。


 瞼の裏に蔓延っているのは、久美子と女子高生が戯れる姿だ。いや、弄(もてあそ)ばれたシーンだ。
 立ったままガニ股開きした女子高生の股間を、妻が膝まずいた姿勢で舐めるシーンが浮かんで来た。
 女子高生が吐いた言葉が蘇る。


 ーーあぁんッ、気持ちいいわ。
 久美子先生、アタシのクリトリスいっぱい転がして!


 喘ぎ声を上げる彼女の股間をシャブりながら、押し倒されるように久美子は布団の上で仰向けになっていった。そして、妻の口の上、ウンチングスタイルで股間を押し付ける女子高生。彼女の口からはニュルっと舌が露(あらわ)れて…。
 あぁ、疑似3Pだ。
 妻は彼女の“ソコ”を舐めながら、自分のアソコに手を当てていた。恥豆を弄(いじく)りながら、泥濘に指を送り込んでいる。
 彼女の舌使いが激しくなっていく。目に見えぬ牡の直棒を舌で絡みとっている。
 この娘(こ)は本当に高校生なのか。まさか秋葉先生の娘さんなのか。
 そんな事を一瞬考えた私に、彼女は目を開けて嘆きの視線を向けてくる。
 と、その時聴きなれたチャイムの音に目が覚めた。
 私はゆっくり目を開けると、欠伸を我慢して伸びをしたのだった。
 この日、一時間目から教壇に立った私は、明日は土曜日と言い聞かせて自分にムチを入れた。
 昼休みには流石に空腹を覚えて、昼食を腹に詰め込んだ。
 そして一服した時だ。スマホの振動だ。


 この時間帯にメールが来るのも、もう慣れた。
 渋谷君を思い浮かべて開けてみた。


 《寺田先生、お元気かな。
 神田です。
 大塚君と一杯やったみたいだね。それで彼から聞いたのだが、先日話した教員夫婦の奈美子さんと、君の奥様が同じ人物ではないかと疑心があるんだね。
 あなたはハッキリさせたい性格だろうから渋谷優作君に相談しておいた。それで、良い方法を思いついたので伝えておく。
 あちらの御夫婦に3Pプレイを提案する事にした。勿論3人目は貴方だ。直接向こうの奥様、奈美子さんと肌を合わせて確かめてみるのが良い。渋谷君が既に向こうと連絡を取っていて、返事も直ぐに来ると思うので待っていてもらいたい。
 それと、プレイには互いが仮面を着けて素性が分からないようにする事も合わせて提案しておく。
 では》


 メールの内容に衝撃を覚えつつ、読み終えた時には先輩ーー大塚先生の顔を浮かべていた。
 間違いなく、先輩が私の引っ込み思案な性格を読んで動いたのだ。先輩は今朝、私にメールを送った時には神田先生にも送っていたのだ。
 向こうがもしOKして来れば、こちらも覚悟を決めないといけではないか。あぁ…どうなってしまうのだ。


 渋谷君からそのメールが来たのは予想よりも遥かに早く、帰宅途中の電車の中だった。
 《寺田先生、お仕事ご苦労様です。
 神田先生から聞きました。大塚先生が寺田先生を想っての事なんでしょうね(笑)
 僕の方は早速、あちらの御夫婦にお願いのメールを出しておきましたよ。
 メールでは、寺田先生の事は38歳の真面目な現役教師とだけしてあります。
 それで先ほど、早くもご主人の方から返信があって、ご主人は乗り気のようです。家に帰って奥様と相談をするとの事ですが、おそらく大丈夫な気がします。
 夜には返事が来ると思うので、また連絡しますね。
 よろしくです(´・з-)ノ》


 メールを読み終えて、あまりの速さに面食らった私だった。
 駅を降りてからも、スマホがいつ震えるか気が気でなかった。心の中には新たな想いも生まれていたのだ。もし、相手が妻の久美子でなく“本当”の奈美子さんだったら、私は“浮気”した事になってしまうのだから。
 あぁ…渋谷君からの連絡に何を期待する?吉報をか。吉報とはOKの返事か、断りの返事か。


 夕飯も食欲のなかった私だった。
 朝からの二日酔いを心配してくれてる妻の顔も、チラチラ盗み見るだけだった。
 そんな私は震えを帯びた声で「そ、そうだ、友達の奈美子さんとは約束できたのかなぁ」と囁くように訊いてみた。
 「あ、ええ、明日朝から約束できましたわ」と、飄々とした声が返ってきた。
 その瞬間、何故だか得体の知れない緊張が湧き上がった。


 そして夜の10時過ぎ、遂にそのメールが来てしまった。部屋で沈んでいる時だった。
 私は呼吸を整えてから、渋谷君からのそのメールを恐々と開けてみた。


 《お疲れ様です。
 連絡ありました。
 あちらの御夫婦ですが了解されました。
 ただし、3Pプレイを提案したのですが、ご主人は自信が無いので奥様とお二人でプレイをして下さいとの事です。
 ご主人は近くの別の場所で、奥様の痴態を想像してモンモンとしていたいらしいですよ(笑)
 それと、仮面を着ける件ですが向こうからもそのお願いをしようと思っていたそうなのでOKです。仮面は僕の方で用意して行きます。他には部屋はなるべく暗くとか、会話はあまりしないでとか、いくつか希望がありましたが、それは当日に伝えますので》


 私はそこまで読むと、全身の力が抜けていく気がした。
 メールの最後には、いきなり明日の待ち合わせの場所と時間が書かれていた。
 指定のシティホテルは、渋谷君達と初めて会った時のホテルだ。その近くのカフェが待ち合わせの場所なのだ。
 あぁ…どうする。今からでも妻を問いただすか。
 しかし、勇気の足りない私には…。




 当日ーー土曜の朝、寝坊して起きた私は、夢遊病患者のように朝のルーティンをこなした。
 妻の方は平日の朝のようにテキパキと動いている。服装は既に出掛ける恰好だ。
 やがて妻は「じゃあ行って来ますね」何処となく冷たい声で玄関に向かった。
 妻を見送った私は、彼女の後ろ姿に微かな嫉妬の芽生えを覚えた。
 行かせてよいのか。
 いや、もう行ってしまっている。
 じゃあ、どうするのだ。
 それから暫く自問を繰り返した私だったが腹を決めた。相手をするのだ。今日の相手の女性は“どっち”か分からないが、腹を決めてやるしかない。
 そして私は、直ぐに出掛けの準備に取り掛かったのだった。


 ホテルの最寄り駅に着くと、近くのコンビニでヘアージェルを購入した。
 渋谷君との待ち合わせのカフェでは、店内に入ると直ぐに化粧室に行く事にする。買ったヘアージェルは固めるタイプで、念の為にこれで髪型を変えておくのだ。プレイは仮面を着けてと聞いているが、少しでも素性が分からないようにしておきたいわけだ。


 トイレの鏡に向かって、慣れない手付きで髪を固めていく。
 やがて、オールバック気味の変な顔が出来上がった。それでも笑えない私がいる。既に心臓がバクバクなのだ。
 個室を出れば、タイミングよく彼と出くわした。
 「あれ、寺田先生…ですよね」
 私の髪型にだろう…目をパチクリさせる渋谷君。
 彼が笑いを堪えたのが分かったが、こちらは真剣だ。


 席で向かい合った彼は、何かを察したかウンウンと頷いて「先生、ご苦労様です。寺田先生の勇気に敬意を表します」と、真面目な口調なのかどうなのか、よく分からない様子で話し始めた。
 「思いがけない展開になりましたけど、今日はもう、割り切って犯(や)ちゃって下さいね。分かりますよね。相手の奈美子さんが先生の思い違いで奥様じゃなかったとしても、男としては向こうを悦(よろこば)せないといけないんですから」                                           
 彼の指摘は私も考えていた事だった。それでも私の返事は「ああ、はい」と頼りないものだった。
 渋谷君は私の声など気にする素振りもなく続けて来る。
 「それで、昨日のメールにも書きましたが、幾つか注意点があります」
 その声に思わず、背筋が伸びてしまう。
 「段取りはこうです。 “奈美子”さんが部屋で、ご自分で用意した仮面を着けて待ってらっしゃいます。ガウンは羽織っていますが中は裸です」
 ゴクリと私の喉がなる。
 「先生には最初、隣の部屋に待機してもらいます。はい、隣どうしで2部屋押さえてあるんです。そこでシャワーを浴びたら用意してあるガウンに着替えてもらいます。先生も中は裸でお願いしますね。向こうから“どうぞ”のメールが来たら、僕が受けまして隣に移動です」
 「ああ…はい」
 「部屋は薄暗くなってますが、慣れてくればお互いのシルエットや顔の輪郭などは分かると思います。勿論、肌を合わせる距離だと相手の身体の様子は分かる筈です。仮面を着けてますが、鼻とか口は露出してるでしょうから雰囲気も伝わると思いますので」
 「あぁ、な、なんだか艶かしいですね…」
 「ふふっ、もう興奮してますか」彼の口調は闇への案内人のものだ。


 「奈美子さんと相対しても、いきなり“黒子はありますか”なんて事は間違っても訊かないで下さいね。先生にとったら、奥様と同一人物かを確かめたいのが一番でしょうが、違った場合の事も忘れずシッカリ対応して下さいね。それに、同じ所に黒子(ほくろ)が合ったとしても偶然という事もありますから」
 渋谷君のその指摘も覚悟していたものだった。私は硬い表情で黙ったまま頷いてみせる。
 「もしモチベーションが上がらなかったら、そうですね、相手は教師のくせして誰にでも身体を許す売春婦…そんな女と思った方がいいでしょうね」
 「え!そんな…」良いのですか、と思わず聞きそうになってしまう。
 「ええ、あちらのご主人は妻の素行が怪しくて尾(つ)けてみたら、信じられない事をしていた、という設定で興奮したいみたいなんです」
 「アアっ、ウウウッ…」何故か記憶の奥から【白昼夢】の場面が浮かんで来る。
 「はい、ご主人はプレイの後で、奥様の口から男に抱かれた時の心境や肉体に感じた悦(よろこ)びを知りたいのです」
 「………」
 黙り込んでしまった私だったが、心の中では得体の知れない感情を感じていた。そこまでご主人が考えているとしたら、お二人は本物の夫婦なのだろうか…。


 「それと、ゴムは用意してませんから生でやっちゃって下さい。因みにアナルは無しですからね。いいですか」
 「あ、ああ…」
 「それとメールにも書きましたが、奥様はご主人から声は出さないようにと言われています…。まあ、素性がばれないようにしておきたいみたいですね」
 私は黙って頷くだけだ。
 「でも先生、変に畏まらないでリラックスして下さいね。さっきも云いましたけど、好きなように犯(や)って大丈夫だと思いますよ。 “穴奴隷”だと思って、やりたいようにやって下さい」
 そこまで告げた彼の顔は、ウインクでもして来そうな顔だった。こっちは心臓が飛び出しそうだというのに。


 「じゃあ、そろそろ電話してみますか」
 彼が時計を見て立ち上がった。
 スマホを取り出し、私に背を向け電話を掛ける渋谷君。私は頭の中に、先日のマジックミラーで見た仮面の女を浮かべてみた。
 あの女(ひと)は今頃、どんな気持ちで私が来るのを待っているのだろうか…。