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第16話
カフェを出た私と渋谷君は、南口の怪しい方角に移動していた。その街の一角、私は目の前の如何にもの雑居ビルを見上げている。
「このビルの中に神田先生の事務所があるんですか…」
「ええ、そうですよ」
飄々と答えた渋谷君には、この街の空気に腰が引けた様子など全くない。やはり彼は、闇の住人なのかと思ってしまう。こちらは緊張に身体を強張らせているというのに。
「先生、大丈夫ですか?さぁ行きましょう」
彼の声にカクカクと頷いて、私は震える足を一歩踏み出した。
ビルのエントランスは薄ら寒いものだった。いつ掃除したかも分からないような床に、乱雑にチラシが投げ込まれた集合ポスト。そんな空間の中を、渋谷君がエレベーターのボタンを押している。
「渋谷君もここは久し振りだったんだよね」
「はい、僕は“ここ”の仕事はしてませんから。中は女性の管理をしてる“野郎”が一人いるだけで、それで充分なんですよ」
彼が『野郎』と口にした声にはトゲが混ざっていた気がした。しかし直ぐに、落ち着いた声で「まぁ神田先生も趣味と実益を兼ねて色んな事をやってますよ。あ、もちろん“教師救済”の大儀はお持ちですけどね」と、笑みを浮かべた。
「そうですよね…ははは」私が苦し紛れに笑みを返した丁度その時、エレベーターが到着した。
事務所の中に入れば、そこはビルの外観と同じような古い香りがする味気のない部屋だった。渋谷君が云った通り、若い男がパソコンに向かって作業をしているようだが、こちらを向く気配はない。私は渋谷君の背中を追うように奥へと足を進めた。
渋谷君が振り向いて「ここですよ」押し殺したような声が届く。続けて「じゃあ、ドア開けますね」今度は私の覚悟を計ろうとする声か。
開いた扉から彼に続いて通路のようなスペースに足を踏み入れる。と、直ぐにその“窓”に気がついた。大きさにしてどうだろう…膝元から私の背丈近くあるから高さは1.5m位か。幅もゆうに1m以上はある。
「先生、もっとこっちに来て下さいよ。ほら」
彼の声に近づいた。既に“あちら側”の部屋が透けて見えている。
あぁ、これが夢にまで…いや、間違いなくアダルトビデオや寝とられ小説に出てきたマジックミラーの部屋だ。
中を覗くと、聞いていた通り仮面を着けた二人がいた。
「おや、二人とも畏まってますね」と、渋谷君。
仮面の二人は、お揃いのガウンを身に着けてベッドに並んで腰掛けている。あのガウンの下は、間違いなく一糸も纏わない裸なのだと想像がいく。
私はもう一度目を凝らして二人を見詰めた。
男ーーご主人の髪には、少し白い物が混ざって見える。肩幅は想像していたより広い感じで、ガッチリした体型か。
女ーー奥様は..あぁ、髪型がショートボブだ。仮面をしててもそれは良く分かる。そう、妻の久美子と同じ髪型だ。
この二人が今見ているのは、鏡に映る自分達の姿なのだ。今の彼らの心境はどんなものなのだろうか…。
「さあ、あの二人に俺達が到着した事を教えてやりますか」
その声に気が付いた。僕が“俺”になっている。やはり渋谷君にもスイッチが入ったのだ。その彼がスマホを操作し始めた。
「…ああ、俺ッス。…はい、そうです。南口にいたスケベそうなオヤジ…はい、それが今隣にいますよ」
彼が私にも聞かせようとしているのが、直ぐに分かった。向こうではご主人が耳にスマホを当ててコクコクと頷いている。その様子からは、渋谷君との主従関係が成り立ったのだと思ってしまう。
「…ええ、もう始めていいッスよ」
通話する彼の目を見れば“いよいよですよ”と告げてくる。
向こうでは、二人が立ち上がってガウンに手をやった。
ついに私は他人のセックスを初めて生で見るのだ。しかも二人は、私と同じ教師。改まってその事を想うと、ブルブルと身体が震えてきた。
緊張を覚える私にスマホを仕舞いながら、渋谷君がすっと顔を寄せてくる。
「実はこの夫婦には、俺達を喜ばす為の“命令”を幾つか出してあるんですよ」
「ええっ!」思わず驚きの声を上げてしまった。慌てて口を押さえて、彼を窺う。
「ああ、大丈夫です。声はお互い聞こえませんから」
そうだった。小説で読んだ通り音が聞こえない造りになっているのだ。
渋谷君が私の様子にウンウンと頷きながら「命令の詳しい内容については“お楽しみ”という事にしておいて下さい」と、落ち着き払った声で告げて来る。
「でもね、この夫婦は生粋のマゾですから、俺からの命令なんて二人にとったら有難い事なんですよね。俺はこの夫婦に切っ掛けを与えて、背中を押してあげるだけなんですから」
渋谷君の言葉に魅入られながら、暫く彼の横顔を見ていた。すると「おっ!」その口元がニヤリと歪んだ。
前を向き直れば、全裸姿の身体が二つ、窓越しまで寄ってきている。私はその迫力に、思わず後ずさりしそうになってしまった。向こうからは本当に見えてないのか心配になってしまう。
「へへっ、まずは品評会ですね。自分達の裸を“お客様”にお見せするんです」
あぁ…小さな呻きを吐いて、ゴクリと唾を飲み込んだ。でも、こちらがビビる必要はないのだ。うん、私は安全な場所にいるのだ…と、自分に云い聞かせて、目に力を入れ直した。
二つの裸体を見詰める。渋谷君に云われた通り、じっくりと品評してやるのだ。
ご主人の方は改まって見ても、それなりに良いガタイをしている。中年特有の腹の膨らみが見られるが、全体的にガッチリした感じなのだ。それに微かに見える胸毛も、中年の魅力と思えてしまう。それにしても、この男(ひと)がマゾだなんて…と、思ったところで視線が下に向く。
そこには男性器。その垂れている“物”が、自分の物と同じぐらいの大きさかと思えて安堵する私がいる。
奥様ーー奈美子さんの裸を見詰める。
彼女の肌は、隣のご主人と比べれば遥かに瑞々(みずみず)しいのが良く分かる。なるほど“歳の差夫婦”だ。奈美子さんの歳は妻と同じ位の筈だ。
乳房の大きさも妻と同じサイズだ。私は被り付くように目を寄せて乳輪の先まで見詰めてやる。奈美子さんもご主人と同じで、ずっと微動だにする事なく裸体を晒している。これも渋谷君の“躾(しつけ)”の成果なのか。
私の鼻からはフーフーと息が吐き出されていた。そして視線が下へと移動する。そこは括れた腰回りに、適度に膨らむ下腹。ヘソの窪みは愛らしく、それと反比例するようにアソコの毛は剛毛…あぁ、恥毛を晒す奥様。官能小説のワンシーンが浮かんできそうだ。
そんな事を考えていると、二人がクルリと背を向けた。
今度は二つの後ろ姿だ。目は自ずと臀部に引き寄せられていく。豊満で柔らかそうな臀と、隣はやや硬そうな臀。
暫く段違いに並んだ二つの臀を見ていた。後ろ姿も微動だにしないのは、二人の阿吽の呼吸が成せる技かとも思ってしまう。あぁ、主(しゅ)に畏まる奴隷夫婦。そう言えば、夫婦揃って奴隷に堕ちていく小説も読んだ事があった気がする。
その時、腰の横に置かれていたそれぞれの手が相手の尻肌へと動き出した。奈美子さんの掌がご主人の左臀部に。ご主人の掌が奈美子さんの右臀部に、交差するように。
そこで互いの掌が摩るように蠢き始めた。
やがて、鷲掴みされた尻の肉が、いびつな歪みを魅せていく。そして、二人のアナルが見え隠れし始めた。
互いの尻肉を揉み解した次は、奈美子さんがググっと前に身体を倒し始めた。直ぐに渋谷君から聞かされた光景が浮かんでくる。
『…頭を下げさせまして、股の下から外を覗かせて…』
あの時、渋谷君が言った通り奈美子さんが足幅を拡げた姿勢から床に掌を付けている。肥大化した尻がガラス窓いっぱい迄やってくる。
『…ショートボブ…あの頃の体操部って…』何故か妻の久美子の声が聞こえてきた。それが何なのだ。身体が柔らかいとでも言いたいのか…。
見れば奈美子さんの掌がピタリと床に付いたみたいだ。股ぐらから仮面がこちらを覗く。
奈美子さんのデカ尻の横にご主人が立って、彼女の尻肉を両手で鷲掴んだ。
そして左右にガバッと拡げた。瞬間、ネチャッと音が聞こえた気がして、見れば割れ目の奥が生きたアワビのように息をしているではないか。
夫婦は自分達のそのエグい格好を鏡越しに見ているのだ。その例えようのない卑猥な我が身を見て、何を想うのか。私の体温が上がっていく。
尻を突き出していた奈美子さんが、身体を起こして行く。彼女は横向きでしゃがむと、目の前にはご主人の股間だ。そのご主人は首だけこちら…私の方に向けて腰を軽く突き出した。奈美子さんは“ソレ”を咥える。やはり首を少しこちらに向けて、口元がよく見えるように。
奈美子さんの口に出し入れが始まれば、嫌でもご主人のソレに目がいく。同じ男として牡の“象徴”が気になってしまうのだ。
たちまち膨らむ牡のシンボル。それに唾液をまぶしてシャブる奥様。
ご主人のソレは私の目には立派に映る。インポに悩んでいたとは到底思えない。と、隣の渋谷君に目をやった。
彼の表情(かお)は、どことなく満足げな様子だ。夫婦の悩みの解決に手応えでも感じているのだろうか。
「先生、どうしました?さぁ、もうすぐ“絡み”が始まりますよ」
彼の声に前を向き直れば、奈美子さんがガラス窓に手を付いている。
「実はね、背面座位…覚えてますよね」
あぁ…頭の中、直ぐにその格好が浮かんでくる。
「ええ、女が背中を預けて、後ろから男が突き上げるやつですよ。男の手が腿を下から持ち上げるようにして、大股開きするやつね…」
「あぁ…はい」
渋谷君が実際に奈美子さんとソファーで犯(や)った体位なのだ。そして、繋がった部分をご主人に舐めさせた…。
「それでね、その体位を立ったまま犯(や)らそうと思ったんですよ。でもね、それって流石にこの歳じゃキツいじゃないですか。腰を悪くしたら教壇にも立てないし」と、声が笑っている。それはそれは無邪気な笑いだ。
それに比べて、アハっと返した私の笑いは、引き攣ったものだ。
彼が前を向いたまま「だから背面座位はやめて、コレですよ」と、二人を指さした。
向こうでは、奈美子さんの後ろからご主人が挿入していた。立ちバックだ。
と、思ったところで奈美子さんがガラス窓から手を離して、床へと沈んでいく。
その身体をご主人が腰を密着したまま押し始めた。あぁ、これは…。
「ふふふ“押し車”とかいう体位ですよ」
「そ、そうなんですか」
「はい、俺も色々と勉強しました」
又も彼の無邪気な声だ。
鏡越しとはいえ他人(ひと)に覗かれて、その事をこの夫婦がどれほど意識してるか分からないが、奇妙な体位で腰を合わせた二人がその格好(かたち)のまま歩き始めた。そう、ご主人が四つ足の奈美子さんに挿入して押しながら。まさに押し車ーー言い得て妙だ。
奇妙な…しかし、器用に部屋を回る二人。仮面の様子からは、快感を得ているのか分からないが、必死に“芸”を披露している感じが窺える。
「先生、知ってますか。マゾって性器の刺激以外でも快楽を得るんですよね。二人は“これ”で快感を覚えているんですよ」
あぁ…彼の言葉に、納得の想いが湧いてくる。
「奥さんのアソコはもう、ビショビショなんじゃないですかね」
「そ、そうかも…」
「ふふ、お堅い職業の人って案外自虐的な人が多くて、自分を惨めな境遇において、性的興奮を覚えたりするんですよね」
私は又も心の中で呻きを上げてしまった。確かに渋谷君の言う通りかもしれない。そして今度は“そのつもり”で二人の“芸”を追ってみた。
あっという間に部屋の中を一周して、奈美子さんが再び目の前だ。手は上がって、しっかりとガラス窓に当てている。朱(あか)い…いや、黒っぽい口紅を塗ったような唇と揺れる乳房の様子が良く分かる。
「さぁ、旦那がハッスルしますよ」
その声と同時に奈美子さんが揺れ始めた。ご主人が勢いよく腰を打ち付け始めたのだ。
向こうからは喘ぎ声も何も聞こて来ない。しかし、奈美子さんの口からは間違いなく“あの”声が発せられている。唇が“たまらない”と歪んでいるのだ。
目の前には作り物ではないリアルな現実がある…。