小説本文




 土曜日、私が待ち合わせのカフェに着いたのは、約束の時間よりも30分早い1時半だった。
 今日は妻の尾行を思い付いて、渋谷君に相談するわけだが目的はソレだけではない。彼がこれまでして来た“仕事”ーー神田先生の元で行ってきた変態教師のお相手、あの話をもっと聞きたい、それもあるのだ。


 そういえば妻は、今日も午前中から出掛けている。色々と記憶を探ってみて思った事だが、確かにこの半年間の妻は帰宅が遅かったり、休日に出掛ける事が多かった気がする。私は自分のエロい妄想に翻弄されてか、妻の日常をそれほど気にしていなかったのだ。
 彼女から良く聞く教え子の話。それも本当の事かと考えてしまうわけで、そんな話も渋谷君にしてみようかと思っている。
 あぁ、その妻は今頃どこで何をしているのだろうか。


 私は店内の向こう側、路面に面した大きなガラス窓に目を向けた。この店はそこに見える歩道を通って入る造りになっているのだが、まだ彼が来る気配はない。
 視線を戻せば店内の様子が窺える。休日のこの時間はかなりの混み具合だ。多いのはノートパソコンを開げている人達だ。ノマドワーカーといって、最近はカフェなどで仕事をする人が結構いるらしい。もちろん本を読んでる人もいる。
 私の視線は、真ん中辺りの席で本を読む一人の女性の所で止まった。
 目を凝らしてみると、本の表紙の文字が何とか読む事が出来る。
 はくちゅうむーーその文字を読み取ると、瞼の裏に不穏な影が落ちてきた。そしてそれが、サーッと広がって行き…。
 その彼女が本を置き、ふっと顔を上げ…周囲の様子を窺うように軽く頭を振り…。ちらりと視えた片方の耳にはワイヤレスのイヤホン。
 彼女はスッと立ち上がると路面に面したガラス窓に身体を向け…。
 陽が差し込むその大きな窓を眺めながら、彼女は徐に上着に手をやって…。


 周囲の客席では、パソコンに講じる人々。軽やかなBGMが流れる中を、静かに上着を脱ぎとった女。露(あらわ)になるのは豊満な脹らみ。ソレを包むのは漆黒のブラジャー。
 一旦背筋を伸ばして軽く胸を張ったのは、その出で立ちを“誰か”に見せようとしたのか。或いは何かに対して畏まったのか…。
 彼女が傾げるようにして耳元に手をやる。そこのイヤホンから“指令”が届くのか。
 軽く頷いたかと思える仕草も、表情は変わらない。そう、立ち上がった時から彼女はどこか浮遊してるような顔。
 次に彼女はスカートに手をやり…。その素振りに戸惑いは見られない。
 ガラス窓の向こう…通りから店を覗く“男”がいた。耳にスマホを当てて指令を飛ばしている…ように視える。
 店の中では、あちこちから軽蔑な目が彼女に向き始めている。やがて、小さなざわめきが起こる…。


 ーー見て、服を脱いでる人がいるわ。
 いゃんッ、スカートまで脱ぎ出したわ!


 ーーうわっ、あの女、ついに下着だけになっちゃったよ!
 あぁ…エロい身体…。


 ーーねぇ、あそこに変態がいるわよ。
 あぁ…凄い、あれが露出狂っていうの?


 ーーお、おい、こんな所でAVの撮影かよ。
 けど結構美人じゃん。流行りの調教ものだな。


 ーーええっ!?ソレまで脱いじゃうの…。
 そ、それはマズイんじゃ…。


 ーーああッ、全部脱いじゃったよ!
 それにしても…。


 ーーあの貌(かお)、見てみろよ。
 ああ言うの、恍惚の表情って云うんだぜ。


 ーーあぁ…羨ましい…。でも私にはあんな真似は出来ないわ。
 それにしても、なんて卑猥な身体…。


 ーーああ…な、なんなんだよ。今度は中腰になって尻を突き出したぞ!
 お、おい、いい加減に店員気づけよ。


 ーーこっからだとハッキリ見えちゃうよ。
 ああ、うん。見える見える、人妻のオ◯ンコ!。


 ーーもう止めて。流石に止めて。こっちまでおかしくなりそうよ。


 店の中で起こった小さなざわめきは、既に大きくなっている。その喧騒の中で自分一人の世界に入り、産まれたままの姿になった女…。不意に彼女は気づく…周りの目が自分に向いている事に。軽蔑の視線、哀れみの視線、そして好奇の視線、それらを一心に集めながらも変わらない表情。そう、まるで白痴のような貌(かお)。
 その時、彼女の口がグニャリと歪んだ…かと思うと奇妙な声を発した…。
 ーーあぁ…ご主人様、久美子のオマンコを御覧になってぇ…。


 女が両足を四股(しこ)を踏むほどに広げる。
 そして、頭をグイっと下げて股座(またぐら)からガラス窓を覗く。女のショートボブの髪は、床に付く寸前で止まり、揺れる。
 床を踏みしめる脚はピンと伸びて、その張りが巨尻に伝わり、見る者に威圧さえ与える。
 開陳された部分は、黒い翳りの奥から顔を覗かすドドメ色のアソコ。
 股の下からガラス窓の向こうの男を見つめる顔が、その時初めて表情を浮かべた。


 ーーご主人様、これでよろしいでぇすか…。
 どうか御覧になって下さい。これが変態女 久美子のマンコです。


 この世のものとは思えない恍惚の表情。不気味ささえ覚える驚愕の振舞い。
 突き上がった尻は、男に媚びを売るように震え出す。それは振動を起こし、周囲に地響きとなって伝わっていく。
 ふらつく人々。
 ガクガクと身体が揺れて、遂には足元が抜けて行く…。
 と、ガクン!


 …頭を振って身じろぎした。
 あぁ、椅子から滑り落ちそうになっていた…。
 またしても私は、淫夢の中に迷い込んでいたのだ。


 その時。
 「こんにちは寺田先生。あれっ、どうかしたんですか?」
 肩越しから覚えのある声が聞こえて来た。
 「ああ、渋谷君。いや、大丈夫ですよ、ちょっとウトウトしてて…」


 彼に会釈した私の表情(かお)は、虚ろさが残っていたと思う。
 その私を心配そうに見ながら彼は、目の前の椅子に腰を降ろした。私はバツが悪そうに座り直したのだった。


 何日ぶりかに見る彼は、初めて会った時より爽やかに観(み)える気がした。
 あの薄ら暗い淫靡な世界より、昼間の世界の方が…と考えたところで頭を振った。今日の私はクライアントで、彼に会う目的もハッキリしている。私は改めて自分に言い聞かせて彼の顔をジリリと見詰めた。


 「あ、先生、気合いが入って来ましたね。うん、エロはモチベーションを上げますからね」と笑って、そして続けた「僕も今日は会えるのを楽しみにしてたんですよ。神田先生からも寺田先生の事をシッカリと、と言われて来ましたし」
 私は彼の言葉に心で頷いて、遠慮なく話そうと決めた。


 「今日はわざわざ時間を取ってくれて、ありがとうございます」
 改まって頭を下げると、彼は、いえいえ、と謙遜した顔でペコリと頷いた。


 「ええっと、どこから話せば言いかな…」と云いかけたところで思い付いた。
 「ああ、それよりも渋谷君は元気だった?あの…その後も忙しいのかな…ほら“例”の仕事とか…」
 私の言葉に、彼は少し意外な表情(かお)をした。
 しかし「あれっ、ひょっとして“あっち“の話も聞きたかったんですか?」と、ニヤリと笑って「いいですよ。じゃあ、この間の“歳の差夫婦”のその後の話からでも始めましょうか」


 彼の言葉で気持ちが前掛かりになった。今から聞くのは妄想話ではない。そう、リアルな変態夫婦の話だ。
 私は“あの夫婦”の痴態を思い浮かべて、フツフツと高鳴りを感じ始めたのだった…。