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第32話
遂に、私達夫婦のデビューの時が来てしまいました。
会場となる部屋では、20人程のお客が私達の登場を楽しみに待っていると言うのです。そこに向かう私の身体は、自分でも強張っているのが分かるのですが、それでも磁力にでも引き寄せられるように前へ前へと進んで行ってしまいます。
迷路のような廊下をしばらく歩き、突き当たりの所で前を歩く堀田さんが立ち止まりました。そこは狭い空間で、木目調の壁には薄汚れた扉があります。
「菊地さん、どうか余計な事を考えずに、流れに身を任せて頑張って下さい……。では、後程」
後ろを歩いていた川村さんが、そう言ってニタリと笑みを浮かべました。
川村さんは堀田さん達にも軽く会釈をして、夫婦そろって廊下を戻って行ってしまいます。
残った堀田さんが改まるように、私達に向きました。
「・・・・・・・」
しかし、言葉はつかず黙って頷き掛けるだけです。司会をする堀田さん達にも、緊張の色があるようです。
堀田さんが一人頷き扉に手を掛けますと、私は心の中で「ふうっ」と息を吐いたのです。
扉の向こうは、想像していた通りの仄暗さでした。大きさは前回のものと同じ位でしょうが、あの時は10人位の男が、今回は倍の20人です。足を踏み入れた瞬間に感じたものは、20人分の暗くて重い眼差しでした。
部屋は密度が増しているせいか、早くも熱気でムラムラしています。
仄暗い電球の下からは、男達の顔がボオッと浮かび上がって見えます。その男達の顔つきはどれも、好色で、下品で、厭らしそうな感じです。
目は直ぐに慣れ、部屋全体の様子が分かってきますと、緊張に膝が震えました。腰を降ろす男達は、私達と同じような浴衣を着ているようです。部屋の奥では清水が、ニヤ付きながら私達を見ているのが分かりました。私は顔を隠したい気分ですが、恐々前を向いているのです。
「ええ~それでは……」
隣に立つ堀田さんからも、緊張を含んだ声が聞こえてきました。
「み、皆さま……本日は新しい奴隷夫婦のお披露目に御来場頂き誠にありがとうございます。本日の司会を任されました奴隷夫婦5号の堀田学と妻の紀美子でございます。どうかよろしくお願いいたします」
「・・・・・・・」
「本日デビュー致します隣におりますこの夫婦は、例のサイトで釣りまして。私達にとっては二組目となり、奴隷全体としましては10番目となる“ツガイ”でございます」
「・・・・・・・」
「では最初に、この者達の性癖を軽くお話ししておきたいと思います」
堀田さんもこの日の為に挨拶を考えていたのでしょう。私達の事をどう話すのか……、私は心臓の鼓動を覚えながらも、堀田さんの口元が気になります。
「まず牡(オス)の方でございます。この者はお堅い仕事に就き、世間からも評価を受けてきた人間ですが、それだけにこの男には『あの人に限って』というフレーズがとても似合います……」
堀田さんの第一声に、私の目が恐々ですが部屋の隅々へと走りました。最初から心配していた事ですが、私の事を正に『あの人に限って』と言う人間がこの場にいないかと気になっていて仕方ないからです。
「性格は生まれついての小心者で、性癖は典型的な寝取られマゾだと思います。そして隣にいる牝(メス)の方です」
その言葉に今度は、眼球が妻の方を向こうとしました。堀田さんの言った事は見事に当たっているのですが、夫の事を『寝とられマゾ』と言われ、そして自分自身の事をどう話されるのか………私は妻がどんな気持ちでいるのかも当然気になってしまいます。
「この牝も牡と同じく堅い仕事をしているのですが、この者も昔から清楚、貞淑と思われながらも卑猥な妄想を溜め込んでいたようです」
「・・・・・・・」
「二人は……いえ、この二匹はある時、例のサイトに“出会い”を求めてやって来まして。そして私達と知り合ったのです」
「・・・・・・・」
「それでは、このツガイに挨拶をさせたいと思います。皆様、拝聴をお願い致します」
堀田さんが一息ついたのを確認して、私は意を決して半歩前に踏み出しました。
一斉に向かってくる視線は、改めて緊張を思い出させます。昔から小心者で、人前に立つ事さえ苦手だった記憶を見事に甦らせるのです。それでも私は勇気を振り絞って…………。
「み、皆さま初めまして。……奴隷夫婦10号の菊地俊也と妻の浩美でございます」
発した言葉が自分の耳に、やけにハッキリ聞こえた気が致しました。そして、客座の反応を無意識に探ってしまいます。ですが私は、用意していた言葉を思い浮かべ、続けました。
「年齢は私俊也が42才。妻の浩美は40才です。……子供は高校1年生の男の子が一人おりまして、現在は静岡県で寮生活をおくっております」
「・・・・・・・」
「い、家は東京の杉並区でして、現在の仕事は私は◯◯市役所に勤め、……妻の浩美は◯◯市役所に勤めております……」
私はそこまで言った瞬間、身体全体に発汗を覚えました。私を見つめる無数の男達はずっと黙ったままなのですが、私の氏名や住所、それに勤務先を聞いて声を上げる者はいないかと身構えてしまいます。
「それで……私達夫婦は昔から揃ってむっつりスケベでして、子供が地方に行った事を幸いにと、それまで溜め込んできた妄想を実現出来ないものかと、色々やってみようと思いました…」
「・・・・・・・」
「とは言いましても、家の中で裸になってエッチなポーズを写真に撮るくらいがやっとの事でして。その後、同じ“癖”の夫婦を探してみようと、皆さまもご存じの“サイト”に行き、そこの掲示板で堀田様と知り合い、そして清水様と出会う事となりました……」
「・・・・・・・」
「……今の私達は…」
と、そこまで話した時でした。客座の真ん中辺りから声が致しました。
「おいおい、何を勿体ぶった喋り方してんだよ。え?」
「・・・・・・・・・」
「そのイライラする喋り方は止めて、清水さんと会ってどんな嫌らしい事をしたか。それと、今はどんな変態的な事をしたいのか、早くそれを言えよ!」
「!…………」
男が何を言ったかはよく分かりましたが、私はドスの効いたその声に身体は震え、胃袋の辺りから足元に掛けて力が抜けていくような感じがしました。要はビビってしまったのです。奥に見える清水の表情(かお)は愉快気です。
頭の中は舞い上がり、それでも何か言わなければというのは分かるのですが、唇はワナワナと震えるだけで言葉は一向に付きませんでした。その時です。
「申し訳ございません」
と、隣から声がしたのです。
私は一瞬唖然としましたが、その横で妻が一息ついて続けました。
「・・・・妻の浩美でございます。あの…主人に代わりましてアタシがお話しさせて頂こうと思います……」
妻の声も幾分震えてる感じを受けました。そして“何を”言うのか?・・私は耳に神経を集中しました。しかし、私の耳には再び、客座の男の野太い声が届きました。
「奥さん、エエ心掛けや。けど、先にアンタらの素性の確認をさせて貰えるか?個人情報の提示や」
関西弁の男の言葉に、他の男達の顔に下卑た笑みが浮かんでいくのが分かりました。私の手はゆっくり浴衣の袖の裾に向かいました。そこには妻から預かった物も含め、私達の免許証と名刺が入れてあったのです。
私は裾からソレを取出し、手のひらの上で揃えようとしました。しかし緊張のせいでしょうか、それを下に落としてしまったのです。
それを拾おうとする私の動きはオドオドしていて、手を伸ばしたその横からニュッと別の手が伸びてきました。
顔を上げると堀田さんが、ソレを拾い上げ、そして揃えながら部屋の奥を見つめた気がしました。清水に確認を取ったのでしょうか。
「皆さま、間違いなくこのツガイの免許証と名刺です。ジックリ御覧になって下さい」
私は堀田さんが端に座る男に、ソレを重ねて渡す様子を見ながら、心の中で「ああ…大丈夫だろうか……」と、呟いていました。住所や職場の所属までも書かれた、私そのものを証明するものです。男達がそれを見てどういうリアクションをとるのか…私は目を凝らし客座の様子追いかけました。
名刺に免許証は、端に座る男から順番に廻って行きます。ソレを手にする男達からは、揶揄(やゆ)する言葉など何も上がりませんが、時々意味深な笑いが溢れます。私に出来るのは、祈る事だけなのですが、胸は苦しくなっていく一方です。もし『アッ』と驚く表情が現れた時は、それは私を知っている……もしくは妻を……。あるいは職場や居住地に馴染みを持った者がいるという事ではないでしょうか。もしそうであれば、その者が私達を訪ねて来るのでは……。とにかく私は祈る気持ちだけで、客座の様子を目で追っておりました。
列の真ん中辺りまで、回った時です。
「奥さん、黙ってないで続けろよ」と、前の方に座る男から声が上がりました。隣の妻からは息を整える気配です。
「は、はい……」
そう呟いて、妻が本の少しだけ足を踏み出しています。そして静かに喋り始めました。
「……私達は堀田様御夫婦に“こちら”の世界に導いて頂き、最初の頃はお二人にココのホテルで白黒ショーを見せて頂き、次に相互観賞の相手をして頂きました」
「・・・・・・・」
「その次には別室での夫婦の交換だったのですが、その時…………」
「・・・・・・・」
「私は……清水様達に……可愛がって頂きました……」
妻は清水達に“凌辱”された事を“可愛がって”とハッキリ申しました。その声質も無理に言った感じではなく。既にあの日の”痛み”は懐かしい記憶の一部にでもなっているのではないかと思ってしまいました….。
「その後、清水様は私の職場まで来られ……はい……◯◯市役所です。……そこの男子トイレで清水様に遊んで頂きました……」
その瞬間、客座でウオオッと、うねりの声が上がりました。
「奥さん凄いねえ、男便所でオマンコして貰ったのかよ」
男の一人が嬉しそうに言葉を吐き上げます。
「ええ……はい。最初は仕事中にと…いう事もありましたし…それに…男子トイレですから……けど、いけない事と分かっていながらも、清水様に…その…キスをされたりアソコを弄られますと…」
「・・・・・・・」
私は、妻が『清水』『キス』『アソコ』と口にした時のその表情(かお)の歪みに、言い様のない痺れを感じました。まるでその時の快感を思いだし、それを与えてくれた“男”に媚びを売るような色が、滲み上がった気がしたからです。
「奥さん、変態だなぁ。それで、そこでどんな風にオマンコして貰ったんだよ」
「はい……。狭い個室ですから、こう……壁に手を当てまして……後ろから……」
妻は無意識にでしょうが、微妙に身体を揺らし喋っております。
「じゃあ立ちバックかよ」
「ええ……はい」
「清水さんの持ち物はよぉ、かなりデカイから奥さんもヒィヒィ言わされただろ」
別の男の下品な言い方に、所々でこれまた下品な笑いが起こりました。それでも妻は、真面目にと言いますか、恐縮した感じで次の言葉を探しているようです。
「清水様のアレはとても大きくて。その…入って来ました時は、頭の中が真っ白になって行く感じでした」
「そうかい、そうかい。それで何回くらい逝ったんだい」
「ええ……もう訳が分からなくて……何度も何度も逝ったと思います」
妻が言い終えた途端、そこらじゅうから「うひょ~」という感嘆が聞こえてきました。
「奥さん、それでよぉ。清水さんの持ち物と旦那の持ち物とじゃ、どっちが良かったんだい」
その時、おそらく全員でしょう。男達の視線が一斉に私に向かってきたのです。
私は震えながら、妻を覗いてみました。しかし、妻は私の様子などこれっぽちも確認する事なく、いや……少しはしたのでしょうか、遠慮気味に「それは……清水様です」と言い切ったのです。
まさに晒し者の私です。けれど覚醒した変質者の血のせいでしょうか、軽蔑交じりの笑い声を聞き取りながらも、身体が熱くなっていくのが分かりました。
「奥さん、それで、それ以外にはどんな事をしたんだよ」
「はい……。清水様にはそれ以外には、生まれて初めての野外露出を経験させて頂きました」
「ひゃあ~やっぱり。それで、どこでやったんだい」
「ああ…はい」
言葉の節々からは、か弱い嘆きの響きも感じていましたが、それでも妻の高鳴りが増していく気がしてなりません。
「……清水様には運動公園の駐車場に連れて行って頂きました。…… 」
「そうかい。どうだったよ、生まれて初めての露出は」
「あ…いえ、運動公園では、あの…その…露出は車の中だけでして…それで…そこで…精飮を…。初めて男の方の精子を飲みました……」
その瞬間、又々男達の重い吐息が漏れました。
「はい。それで……初めて裸を曝しましたのは、どこかの飲み屋街でした」
妻の喋りは時系列になっていて、あの夜に聞かされた記憶が甦ってきます。そんな私の事などお構い無く、妻は自分の世界に入ったように続けました。
「その飲み屋街に行った日は、車の中で着ていた服を全部脱がされまして……。その上からコートを1枚だけ羽織って外に出て行きました……」
「・・・・・・・」
「“野外露出”の様子は、エッチなサイトで見た事がありました……けれど実際に野外で肌を見せますと……」
「肌!?…マンコだろ、マ・ン・コ。それに乳首と陰毛だろ」
「ああ……そう、そうなんです。飲み屋の前で脱ぎました時は、頭がボオっとしてまして……あまり覚えてないんです……」
「・・・・・・」
「ですが、確かその次の日には何処かの商店街に行きまして……。そこで4、5人の中学生の前でこう……バッとコートを開きました」
妻も手振りとまでは言いませんが、その時の様子を思い出すように喋っております。妻の瞳を横目に覗きますと、妖しい潤いで光って見えます。
「変態だなぁ奥さんは、中学生の前でなんてよう。それでどうだったんだい、その時の気持ちとかはよう」
「ああ……車の中で裸になりました時からもう、胸がドキドキしてまして……。けど、服を脱ぎますと何て言うのでしょう……そう……そうです、それまで纏っていた錘(おもり)を外すような感じが致しまして……」
「・・・・・・」
「外に出ました時はコートは着てましたが、風が身体に巻き付く感触がありまして……その通りを歩いていますと股間の辺りのスベスベする感じに、アタシは変態的な事をしてるんだって思えて、何だかモヤモヤしてくるのが分かりました」
「・・・・・・」
「買い物に来てる方が大勢いらっしゃったと思いますが、その人達がアタシの事をジロジロ見ている気が致しまして……なぜか、その人達に自分がどんな人間なのかを見て欲しくなったんです」
「クククッ…それであろう事か中学生にマンコを見せたのかよ」
男の言葉に流石の妻も苦い表情を致しました。けれど直ぐに、妻の瞳はトロ~ンとしていったのです。
もう私の考えてきた挨拶など役にたつ気配もなく、いつの間にか妻と男達の卑猥な会話が問答のように続いておりました。それを聞く私は、“情けない夫”としてそこに立ち竦んでいるのでした………。