小説本文



土曜日ーーー。


 堀田さんのお住まいのマンションは、その辺りではかなり高級な物でした。
 考えてみれば、堀田さんの勤め先は一流企業ですからおかしな事ではありません。しかし、こんなマンションに住む何処からどう見ても文句の付けようのない紳士と淑女の夫婦が、性の奴隷に堕ちているとは誰も想像つかないだろうと思うと、私の中に又違った興奮が湧いて来るようでした。


 しばらくそのマンションを見上げていますと「貴方…」と隣の妻から声が掛かりました。
 この一週間の妻は、特段に明るさを取り戻した訳ではありませんが、家では淡々と家事をこなし、口数が少なくなってはいますが体の中に“幹”と言いますか“芯”と言いますか“シッカリ”した物が芽生えたような気がしていました。それが“覚悟”なのかとも想うのですが….。
 又、職場の様子は心配ではありますから、悪い噂や評判が立っていないか、そして清水が現れていないか等は聞いておりましが、 妻もその後はミニスカートで出勤する事もなく、特に上司からの注意も無く普通に業務をこなせているとの事でした。


 「行きましょうか」
 私は妻の落ち着いた声に、ゆっくりとエントランスに向かいました。


 玄関口で私達を出迎えてくれた御夫婦の姿は、堀田さんは水色のシャツに下はジーンズで、紀美子さんは薄い緑のカットソーに下は同じくジーンズです。カジュアルっぽい二人の格好はとてもスマートで、改めて品の良さを感じました。又、自分の家だからでしょうが、二人の表情からは落ち着きが見てとれました。


 私達は軽く会釈をしてから、御夫婦の背中に付いて歩き、通されたのはユッタリとしたリビングでした。
 そこで「んっ」と、緊張に強張ったのは、初めて見る顔があったからです。
 

 (この人達がメールにあった“先輩奴隷”か…)
 そんな言葉が頭を過(よ)ぎった時です。
 「菊地さん、ご紹介します。川村光司(カワムラ コウジ)さんと奥様の雅代(マサヨ)さんです」


 堀田さんの言葉に、優しそうな眼をした御夫婦が軽く頭を下げられています。
 ご主人の川村光司さんは青っぽいブレザーを着た歳の感じは40後半位。奥様の雅代さんも同じ位で、薄いピンクっぽいワンピースを着ていらっしゃいます。


 「あ、あの…菊地です…」
 私は落ち着いているつもりでしたが、言葉は震えておりました。


 「じゃあ、菊地さんはこちらに座って下さい」
 堀田さんに川村さんの正面の席を勧められ、私と妻は腰をおろします。堀田さんは私達が腰を下ろすのを見て、御自身も座ります。私達と川村さんを横から見れる位置です。


 「菊地さん…」
 紀美子さんがお茶を置き、着座するのを待って、堀田さんが話し始めました。
 「メールにも書きましたが、こちらが“奴隷1号”の川村さん御夫婦です」
 「・・・・・・・・・」
 「実は、川村さんは我々奴隷夫婦の教育係と言いますか、リーダーなんですよ」
 「えっ、そ、そうなのですか!?」
 驚く私の前で、川村さんの表情(かお)が崩れます。


 「いえいえ、教育係とかリーダーっての言うのは大袈裟ですよ」
 そう言って川村さんが笑いました。隣でも雅代さんが笑みを浮かべています。


 「清水様の奴隷夫婦の第1号がたまたま私達で、長くいる分自然とそういう役回りになっただけですよ」
 「えっ、今はスタッフの一人みたいなものなのですか?」
 「はは、違いますよ。でも、菊地さんのところのように奴隷になって日が浅い御夫婦に色々と伝える役割をするようになりましてね。それも私達夫婦が奴隷としての時間が他の皆さんより長いからなのでしょうが」
 「・・・・・・・・」
 「菊地さん、私達も切っ掛けは皆さんと同じで、サイトで清水様に釣られて会うようになって、言葉巧みに引き込まれて。そして、人様に見せられない写真やビデオを撮られて、子供や職場の事まで調べられました」
 「川村さんの時は清水が直接出て来てたのですか?」
 「ええ、そうです。そしてイヤと言うほど調教を受けまして。その後は私がサイトで釣る側に回りまして、手引きというか教育というか…そう言ったものを新しい夫婦に行ってきました」
 「そうですね…釣られた者が釣る側に回るわけですね」
 もう、“からくり”も、うすうす気付いていた私でしたから驚きも無かったのですが、私達が“10番目”であるという事にちょっとした歴史のようなものを感じてしまいました。それは、川村さんが「奴隷」である身を自然に客観的に話している気がしたからだと思います。


 「それで川村さん、今日はリーダーとして私達を教育する為に呼んだのですか」
 「ははは…まぁ、そう言う事になるかも知れませんが、先ほど言いましたが御二人に伝えておきたい事がありまして…」
 川村さんはその後、長々と色んな事を話され、私達はその話に引き込まれていったのです….。


 川村さんは、まず、清水の言う事を聞いていれば、素性の公開や家族への嫌がらせが無い事を強調されました。言い換えれば服従を誓えと言う事だと理解しました。
 併せて“客”についても話されました。妻を凌辱し、あの集まりに来ていた男達の事ですが、彼らはその通り清水達の客で、あのホテルに来る際には参加費を払っているようでした。
 清水とその仲間の素性に関しては、川村さんも詳しくは知らないようでしたが、安易にその部分には触れられないと思いました。


 そして最後に、ここにいる3組を含む奴隷夫婦の“性癖”についての話しをされました。
 「実際のところ貴方はどうでしたか、その時」と、川村さんが自分自身をも振り返るように投げ掛けてくる言葉に、心の中に黒い炎が灯るような気がしました。
 川村さんが言った『その時』という言葉から、“堀田さん夫婦のセックスシーン”、“相互観賞”、“別室での交換”、“妻の輪姦”、そしてつい先日の“集い”、それらの場面が甦りました。私も妻の浩美も自分の深層心理を探りましたが、“その時”は欲望に血が上っていた事もあったと思いますし、妻の凌辱には写真や息子の事を言い訳にしていたと思いました。心の葛藤はいつでもあったはずですが、いかなる理由でも自分の中で“正当化”する勇気はまだ持てなかったと思います。
 しかし、“快楽”、“陶酔”、そんなギリギリの線の所を行ったり来たりする自分達のイメージが確かにありました。


 「菊地さん?」
 知らずに黙り込んでいた私の耳に、優しい声が聞こえてきました。


 「菊地さん、大丈夫ですよ、みんな一緒ですから。この場で“誓いの言葉”を言えとかいう事ではありませんし」
 そう言って川村さんが笑います。
 「徐々に、少しずつ、菊地さんも慣れていきますよ」
 「・・・・・・・」


 「では…」
 沈黙する私達に、川村さんがグッと乗り出しました。
 「今日は“指令”を伝えさせて頂きますね。明日の日曜日、私達奴隷夫婦の前で白黒ショーを見せて下さい」
 「えっ!!」
 「はい。明日は全員とはいきませんが5、6組の奴隷夫婦を呼んでいます。場所は都内のホテルのスイートルームです」
 「あ、あぁ…」
 私は小さな呻きを漏らしていました。それはテストなのだろうか…先輩奴隷が私達を審査でもするのだろうか…そんな緊張が湧いてきたのです。


 「大丈夫ですよ。私達との“相互観賞”を思い出して遣ればいいのですよ」
 隣りから堀田さんの優しそうな顔が覗いていました。紀美子さんも微笑みながら妻の背中に手を当てています。


 私達は無意識に頷いていました。
 その後は、川村さん夫婦と堀田さん達は世間話でもするように、猥談に花を咲かせておりました。
 そんな卑猥な会話を口にする4人を不思議な感じで、そしてどこか羨む気持ちで見ていたと思います。
 時折、堀田さんと紀美子さんが、私達にも加わらないかと目で誘って来ておりましたが、遠慮と言うか、まだ会話の中に溶け込める感じではありませんでした。
 しかし、「近いうちに我々も、こういう風になるのだろう……か」と漠然とそんな気持ちがあったのは確かです。


 堀田さんのお宅から帰った私達は、相変わらず会話は少ないものでした。
 間違いなく明日の“白黒ショー”の出来を心配する私がいて、頭の中で「心を解放しろ、解放しろ」と、まるで呪文のように自分に言い聞かせている私がいたのです。


 この日の夜、私はいつもより長い風呂に浸かりました。
 無意識に身体の隅から隅までを念入りに洗っていたのです。自分の愚息を洗いながら、妻の恥態を思い浮かべると“ソコ”が自然と硬くなるのですが、明日コレが役にたってくれるのか、そんな心配をする根性無しの私です。しかし、心のどこかでは妻には恥を描かせられないと思う私も…と考えて、妻の世話になろうと思う私も…と、結局のところ頼りない自分なのです。


 風呂から出ますと、廊下で着替えを手に持つ妻とすれ違いました。その瞬間「マンコも綺麗に洗っておけよ」と自分では思ってもいなかった言葉が口に付いたのです。
 一瞬、ビックリしたような表情(かお)をした妻でしたが、「はい。マンコもアナルも綺麗にしておきます」と、妻の口からそんな言葉が聞こえたのです。私は驚くと同時にアソコがキューンと硬くなりました。気がつけば妻を押し倒す勢いで抱き締めておりました。どちらからともなく、唇を貪り始めたのです。私のペニスが蜜壺を激しく求めたのですが、直ぐに自制心が働きました。
 荒い息を鼻から吐く私を見ながら、妻がウンウンと頷いておりました。目と目で確認し合うように身体を離し、妻は浴室へ、私は寝室へと向かったのでした。


 布団に横になっても、しばらくは落ち着かなかったのですが、心のどこかで明日は何とかなると、言い聞かせながら私は眠りについたのです。