小説本文



 頭の中がすっきりしたのは、どれ位経ってからでしょうか。私はどうやら眠ってしまっていたようでした。
 のっそり起き上がると、紀美子さんの優しそうな顔が見えました。


 「菊地さん頑張ったから、疲れちゃったのね」
 そう笑った紀美子さんは洋服に着替えています。
 私は思わず自分の股間に目をやります。その様子を見た紀美子さんがもう一度笑いました。


 「おこすのが悪いと思ったから、先にシャワーを浴びさせてもらいました。菊地さんもどうぞ」
 紀美子さんの優しい声に促され、私は浴室に向かいます。


 シャワーを浴びていますと、意識がハッキリとしてまいりました。すると別室の妻の事が気になり出します。
 部屋に入ってからの数時間、妻は……。


 紀美子さんの話では、御主人はSの気(け)を持っている……。
 と、言うことは妻はSMチックな責めを受けたのでしょうか? 確かに妻は、紀美子さんも言うとおり、どちらかと言うと“M”だと思っていました。堀田さんはそれを見抜いていて、それなりの責めをしたのでしょうか?
 私はそんな事を考えていると、一刻も早く妻の顔を見たいと思いました。


 シャワーを出ますと手早く着替えます。何時に待ち合わせとは決めていなかったと思いましたが、見れば紀美子さんが携帯で話しております。その横顔は清楚な感じです。先ほど自ら陰部を拡げて、挑発をしていたとはとても思えません。


 紀美子さんは2、3度頷き電話を切ります。そしてこちらを向き直ります。
 「菊地さん、あっちも終わったみたいですよ。…じゃあ出ましょうか…」
 またでした。紀美子さんの語尾に重い響きを感じたのです。


 外に出てみると、家(うち)の車の前で、妻が堀田さんに抱えられグッタリしているではありませんか。
 まさか堀田さんの“責め”がそんなにも激しかったのかと…、私は妻に駆け寄りながら一瞬そんな考えが頭をよぎりました。


 「菊地さん、すいません。奥様…実は…逝きまくりまして…」
 堀田さんが小さい声で囁きます。その声は、申し訳なさが半分、もう半分は呆れたといった感じでしょうか。
 私は、丁寧に妻の身体を受け取り声をかけます。
 「おい…浩美、大丈夫か?」 
 問いかけに妻の瞼が少し広がります。
 「あぁ…もうダメ…止めて…」
 「・・・・・・」
 「…もう堪忍して下さい…もう…」
 「・・・・・・」


 私は妻の小さな声に周りを見ます。屋外で人の目を気にした私は、普段の小狡い役人の顔に戻っておりました。


 堀田さん御夫婦には型通りの挨拶しか出来ず、私は妻を助手席に乗せるとすぐに車を走らせました。
 結局妻は家に着くまでの間、熱病にかかったように魘(うな)されておりました。何度も瞼を噛み締め、半開きの唇からは苦しそうに吐息を吐いていました。
 私はハンドルを握りながらも、頻繁に声をかけました。しかし返ってくる言葉は、『もうダメ』『そんなの、イヤ』『堪忍して』
 私は妻がこんな風に我を忘れるまで責めた事はありません。まして行為の後も、こんな状態になるまで……。


 家に着いた私は、妻の肩を抱きながら駐車場から中へと運び入れます。勿論、ご近所の目を気にしながらです。
 寝室のベッドに何とか寝かせると、ブラウスのボタンに指をかけます。妻はまだ朦朧とした感じです。
 ボタンを上から三つ外した時です。妻がブラジャーをしていない事に気づきました。そして顔を近づけると、赤い斑点が見えるではありませんか。
 (キスマーク!)
 瞬間、堀田さんの顔が浮かびます。紳士面でにこやかに笑っている顔です。その男の唇が妻の・・・と頭に浮かぶと私は残りのボタンを手荒く外しました。
 その瞬間、妻の目が見開き、そして…「イヤーー!」っと叫んだのです。
 見開いた妻の目は宙の一点を見入ってる感じでしたが、やがて目の前の私の存在を認識出来たのか、その目には落ち着きが戻ってきました。


 「浩美、大丈夫かい?…」


 妻は私の声に息を吐き出し、安堵の表情を見せていました。しかし、すぐに何かを思い出したようにくるりと背を向けたのです。
 「浩美、おい…」
 私の問いかけに「寝かせて…」とたった一言小さい声で答えて、妻はそのまま固まったように動かなくなってしまいました。私は仕方なしに毛布を掛けてやるだけです。
 実際のところ、妻が正気だったとしても堀田さんとの行為をどのように聞き出せばよいのか、検討もついていなかったのですが…。正直答えが怖くもあったので、とりあえず先送りにホッとしている自分がいたのも確かです。


 自分の布団に入った私の頭の中には、紀美子さんとの快美な交わりも浮かんでいましたが、それ以上に妻の姿体が浮かんで仕方ありませんでした。
 妻は間違いなく私には見せた事のない反応をしていた筈です。私に一度も聞かせた事のない声を発していた筈です。そして、今まで口にした事のない言葉も……。


 明日…妻の顔を見た時どう言う言葉を掛けようか?私はそんな事を考えながら、いつの間にか眠りについておりました。


 しかし…。
 次の日から妻は死んだように…。
 いえ、何と表現すればよいのか、魂が抜けたように表情がなくなっていたのです。
 とりあえず朝はいつも通りに起きて朝食も造ります。掃除もして時間が来れば仕事に出掛けます。私の問いかけには「はい」と「いいえ」だけで答え、時折「分かりません」などと短い言葉で返すだけです。勿論、あの日の事には触れる余裕などありませんでした。 そんな状態が一週間以上続きましたか。そういえば、あれ以来堀田さんからは何の連絡もありませんでした。当初の計画では、次は同室での交換プレーだったのですが…。


 そしてある日、妻の様子がおかしくなってから10日ほど経っていたでしょうか…。
 この日も早めの床に就いた妻を見届けて、私は自分の書斎におりました。目の前にはパソコンがあります。息子が寮に入ってからは、妻と一緒に卑猥なサイトを覗きまくるのに使ったパソコンです。そして巡り着いたのが“例”のサイトでした。
 昔なら信じられませんが、今では無修正の男女の局部を見る事も珍しくありません。このサイトも海外のサーバーを経由しているからでしょうが、無修正を売りの一つにしていました。いくつかの掲示板があり、素人夫婦・カップルの裸体(勿論無修正が可能です)を投稿する板。それと夫婦交換や乱交プレーの相手を探す【募集掲示板】(こちらも無修正写真の掲載が可能です)…私達が堀田さん御夫婦と知り合うきっかけになった募集掲示板です…。


 堀田さん達と出会ってからは、このサイトも覗く事はなくなっていたのですが、この夜は妻の容体を気にかけながらも無意識にこの掲示板を覗いていたのです。
 【募集掲示板】には夫婦やカップルが自分達の裸の写真を載せながら相手を募っています。
 私はスレッドを下って見ましたが、あの頃堀田さんが書いたものは削除されているようで目に付く事はありません。
 【投稿掲示板】の方には私達と同じ中年夫婦の無修正の写真もありました。


 その時ふと、一つのタイトルにマウスにかかる手が止まりました。


 『奴隷夫婦披露・・・我々がこちらの【募集掲示板】で釣った「奴隷夫婦5号」です。久しぶりにこちらの板で先日の様子を少しだけお見せしましょう。』
 見ると中年夫婦の写真が何枚か載っているようです。


 1枚目の写真。
 全裸の男女の直立の姿勢を正面から捉えています。
 二人の両目は黒い横棒で消され、表情は分かりませんが、女性の巨(おおき)く程よく垂れた乳房と、熟した下腹。それと男性のぽっこりした腹は中年のものです。そして二人とも股間の辺りは非常に毛深い感じです…。


 2枚目の写真。
 二人がそれぞれ裸の胸元で免許証を両手で持って、こちらに向けています。同じく目線は黒く消されていますが…。
 私の中にサワサワと湧き上がる奇妙な感覚がありました。息を飲みながら胸元を拡大します。免許証の氏名欄や住所の所も横棒が引かれ加工されています。勿論顔写真の部分も。


 この“奴隷”呼ばわりされた夫婦は、自分達の素性をスレ主に知られているのでしょう。だからこそ“奴隷”に成り下がったのでしょうか。そういえばスレ主は自らを[飼い主]と名乗っています。


 3枚目の写真。
 女性が犯されています。畳が敷かれた仄暗い部屋で、仰向けで両脚を広げた股間の間に、全裸の男の後ろ姿があります。男の肩越しには、唇を噛み締めた女の歪んだ顔があります。その横では“夫”である男が正座をして、傍観している感じです。男は妻が犯されているところを黙って見るしかないのでしょうか。そしてその周りには全裸の男が数人、腰を降ろし胡座をかいて、交わりの様子を見物しています。


 4枚目の写真。
 “夫”である男が跪(ひざまづ)き、なんと男のペニスを喰わえています。いえ、無理やり喰わえさせられているといった感じです。目元は黒い横線がひかれているため今一つ表情は分かりません。が、口元は苦しそうに歪んでいるのです。その向こう側では“妻”である女が四つん這いで突かれ、前の口は旦那と同じように別の男の物で犯されています。


 5枚目の写真。
 夫婦が並んで正座をしたまま、深くお辞儀をしています。膝元には2枚の免許証が、無造作に投げ捨てられています。その二人を、取り囲んだ男達がニヤつきながら見下ろしています。


 写真はこの5枚目が最後でした。その後には幾つものレスが書き込まれています。
 私はそれを一つづつ読む余裕がありませんでした。ここに晒された“夫婦”がこうなった経緯は? 初めてこのような行いを受けた時の心の中は? サイトでは目線が入っているとはいえ、身分をあからさまに提示して犯された時の心境は? 
 そして…写真から何となく分かる顔の輪郭と髪型。それと特徴…下腹から股間にかけて生い茂るような濃い毛並み。また、頭に浮かぶこの暗い和室の雰囲気。私は心臓の鼓動を感じながら、5枚の写真を繰り返し見ておりました…。